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(下)

 夕食はテラスでバーベキューだった。その最中に宏樹が肝試しの概要を話して聞かせた。

「なんだ、一人ずつじゃないの?」

 不満の声を上げたのは恭子だった。恭子はお化け屋敷やホラー映画が大好きだった。

「肝試しと言ったら男女ペアだと決まっているだろう」

「そうだよ。恭子だって宏樹と一緒なら文句はないだろう?」

 紀之がそう言うと恭子も照れ隠しをするようにニタッと笑った。

「恭子はいいよね。私も…」

「大輔君、ヨロシクね。私、怖いのは苦手だから」

 美咲の言葉を打ち消す様に真由美が僕の腕にしがみついてきた。この6人の中でいちばん冷静なのが真由美だ。真由美は美咲の想いにも紀之の想いにも気が付いている。だから美咲が言おうとした言葉が場の雰囲気を盛り下げることを予測して、敢えて僕に甘えるような仕草をして見せたのだろう。

「紀之、私もどちらかというと苦手だから」

 美咲は仕方なく紀之に微笑みかけた。

「任せろ! 俺とペアになったことを後悔させないぜ」

 紀之は少し酒に酔っているようだった。

 6人とも、満腹になると、テラスを片付けてから、肝試しの順番をジャンケンで決めた。僕と真由美がトップバッターで、次に宏樹と恭子。最後に紀之と美咲の順になった。

「大輔、チャンスだぞ」

 紀之がそう言って背中を押した。

「行って来る」

 僕は紀之の言葉には耳を貸さずに真由美と共に出発した。何もなければ、20分程度で戻ってこられる。


 祠までの道は真っ暗だった。懐中電灯の灯りだけが頼りだった。もう少しで祠だというところで真由美が悲鳴を上げた。

「大輔君、あれ…」

 真由美が指した方を見るとポツンと一つだけ灯りがゆらゆらしながら近づいて来る。

「ねえ、あれって人魂?」

「まさか…」

 そんな演出があるとは聞いていない。灯りが近づいて来るにつれてその正体が明らかになった。

「お前ら、あの別荘に来ている連中か?」

 人魂の正体は老婆の持つ提灯だった。

「ええ、そうですけど…」

 僕が答える。真由美は僕の後ろに隠れている。

「こんな時間にどこへ行く?」

「祠まで。肝試しで」

「よせ! 暗くなったらあそこへは行ってはならねえ」

「どうしてですか?」

「あれは山神様の祠じゃ。夜、山神様は休んでおられる。それを邪魔したら(わざわい)が及ぶぞ」

「でも…」

「命が惜しくないのか!」

 老婆に気圧されて僕たちは祠へ行かずに引き返した。別荘に戻ると、次にスタートする宏樹と恭子が待機していた。

「早かったじゃないか。お札を見せろ」

「いや、祠までは行ってないんだ」

「なんだよ。ビビッて途中で帰って来たのか? 帰りの運転は大輔に決まりだな」

 ラストスタートの紀之が嬉しそうに口を挟んできた。そこで僕は老婆が言っていたことを話して聞かせた。

「そんなの、迷信だよ。いまどき、禍だとか祟りだとかあるもんか。さあ、恭子、行こう」

 宏樹は恭子の手を引いて行ってしまった。


 20分ほどで宏樹と恭子は戻って来た。

「何もおこらなかったぜ」

 そう言って宏樹はお札を見せた。

「よし、俺たちはもっと早く戻って来るぞ」

 紀之と美咲がスタートした。二人を見送って、僕はもう一度宏樹が取って来たお札に目を移した。

「あれ…」

 昼間宏樹が隠すときに見せたお札とは違うように思えた。

「なあ、宏樹。このお札、お前が用意したのと違うんじゃないか?」

 すると改めて宏樹がお札を見た。

「ん? 本当だ…。なんでだ?」

「これ、もしかしたら元々あった本物のお札なんじゃない?」

 真由美が言った。

「おい! それヤバいんじゃないか?」

「どおってことねえよ。明日にでも戻しておくよ。あーあ、これで俺も帰りの運転か…」


 それからしばらく時間が立った。

「美咲たち遅いわね」

 真由美が心配そうに言った。

「まさか、山神様の禍…」

「バカ言うな。おい、大輔。ちょっと様子を見に行こう」

 僕と宏樹は二人を探しながら祠への道を進んだ。すぐに祠に着いた。宏樹は自分が隠したお札を確かめる。三枚あった。

「あいつら、未だここには来ていないみたいだ…」

 そう言って僕の方を見た宏樹の顔が恐怖に満ち溢れている。そして、僕の後ろを指さした。その瞬間、宏樹は何かに吸い込まれるように消えて行った。僕は何が起こったのか判らず、その場にへたり込んだ。すると、宏樹が消えたところに例のお札が落ちていた。僕は急いでそのお札を拾って祠に備えた。そして、宏樹が隠した三枚のお札を回収して別荘に引き上げた。引き揚げる途中、あの老婆に会った。

「まだ居たのか! 早く帰れ。そうでないと消えてなくなるぞ」

「おばあさん、何か知っているんですか? 山神様の禍って…」

「その姿を見たものは消されてしまうんじゃ」

「消される…」

「ただ消されるだけじゃねえ。存在そのものが無かったことになってしまうのじゃ。昔はこの辺りにも多くの村人が居った。じゃが、山神様を蔑ろにしよった奴らはみんな消されてしもうた。今ではわしだけになってしもうた…」

「おばあさんは消えた人のことを覚えているんですか?」

「ああ。わしにはこのお札があるからの」

「それは?」

「隠れ蓑じゃ。これを持っておれば山神様には見えん。山神様の禍も効かん」

 僕はそのお札をよく見た。見たことのない文字が黒い墨で書かれていた。宏樹が間違えて持ち帰ったものには朱墨で同じような文字が書かれていた。

「それって、赤い文字のものもあるんですか?」

 僕がそう尋ねると老婆の顔つきが変わった。

「お前さん、どうしてそれを…。まさか!」

 そう言って老婆は走り出した。年寄りとは思えない速さで。僕は必死に後を追った。祠の前で老婆は立ち止まった。祠の周囲は異様な空気に満ち溢れていた。

「お前は来るんじゃない!」

 老婆が叫んだ。しかし、その時、既に僕は体が宙に浮かび始めていた。

「くっ…」

 それを見た老婆は自分が持っていたお札を僕に向かって投げつけた。僕はすんでのところで地面に落下した。けれど、老婆の姿はどこにもなかった。


 別荘に戻ると恭子と真由美が待っていた。

「あら、どこに行っていたの? ほら、花火を始めるわよ」

 恭子が花火セットを掲げて見せた。真由美はその横でバケツとライターを持って微笑んでいる。

「なあ、紀之と美咲は戻って来たのか?」

「ノリユキ? ミサキ? 誰、それ」

 恭子が素っ気なく聞き返してきた。僕はハッとした。老婆の話を思い出した。

『ただ消されるだけじゃねえ。存在そのものが無かったことになってしまうのじゃ』

 まさか…。僕は二人に確かめた。

「なあ、ここへは僕たち三人で来たんだよな?」

「今更、何バカなことを言っているの?」

「宏樹はどうしてこなかったんだ?」

「だから、さっきから知らない名前ばかり。そのヒロキって誰?」

 恭子と真由美が呆れた顔をしている。間違いない。紀之と美咲と宏樹はもう存在していない。駐車場を見た。そこに泊まっていたのは紀之のワンボックスではなく、僕の4WDだった。別荘の表札には『杉田』とあった。僕の名字だ。

「あっ…」

 急に僕の頭の中に新しい記憶が詰め込まれてくる。三人が居ない世界の記憶…。だけど、三人の記憶も残っている。

「ほら! 大輔、花火始めるわよ」

「恭子…」

 驚いた。恭子は僕の彼女だ。




 二年後、僕は恭子と結婚した。そして今では三人の子供が居る。二男一女。子供たちが大きくなるにつれて僕はあの夏の記憶を否応なく思い出してしまう。三人の子供たちは宏樹、紀之、美咲にだんだん似て来るのだ。

 ある日、恭子が出掛けている間、僕が子守りを任された。遊び疲れた三人を寝かしつけた僕は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。その時、長男が寝言を言った。

「帰りはお前が運転しろよ」







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