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(上)

 今年の夏は異常とも思えるほど暑い日が続いている。メディアでも連日、熱中症で何人もの人が病院に運ばれたというニュースを取り上げている。そして、こんな暑い夏の日にはあの時の出来事を思い出す。あの年も異常に暑かった…。




 大学が夏休みに入って間もない頃だった。親友の宏樹からメールがあった。

『肝試しやろうぜ』

 聞けば、宏樹が親戚の別荘を一泊二日で借りられることになったという。以前、聞いたことがあったが、そこは都内でありながら自然豊かな山間部にある集落の外れで避暑地としても最高の場所なのだという。宏樹自身も子供の頃から何度もそこで夏休みを過ごしたことがあるのだと。

『乗った!』

 僕は即答で宏樹の提案に乗った。他にも何人かに声を掛けたというので、一泊二日ではあるけれど、楽しい夏休みを過ごせそうだ。


 当日。僕が集合場所である大学の校門前に行くと既にお馴染みのワンボックスが止まっていた。紀之の車だ。車の窓から宏樹が顔を出して言った。

「遅いぞ、大輔。もうみんな揃っているんだから」

 僕は思わず、スマホで時間を確認した。約束の時間まではまだ10分あった。

「お前ら、早すぎなんだよ」

 メンバーは全部で6人。僕の他には宏樹、恭子、美咲、真由美。そして、紀之だ。お馴染みのメンバーだ。そして、この6人で出掛ける時にはいつも紀之が車を提供してくれる。

「さあ、乗った、乗った」

 紀之が助手席のドアを開けた。


 出発してすぐに高速道路に入る。1時間ほど走って山間の出口手前のサービスエリアで休憩することにした。

「ここを降りてからはコンビニも何もないからな。ま、用を足すくらいなら道端でやっても誰にも見られないけどな」

 宏樹が言う。

「冗談はやめてよ」

 恭子はそう言って宏樹の腹に軽くパンチを当てると、美咲と真由美を伴ってトイレの方へ歩いて行った。そして、僕たち男三人は喫煙所へ。

「相変わらず仲がいいな」

 僕が言うと、宏樹は照れ臭そうに頷いた。

「全くだ。俺も美咲とそういう仲になりてえよ」

 宏樹と恭子は付き合っている。紀之は美咲のことを好きなのだけれど、美咲は宏樹のことが好きなようだ。僕からすると、面倒くさい四角関係なのだけれど、今のところ、誰も傷つくこともなく良い関係を保っている。

「しかし、お前は本当に女に興味がないな。せっかくのイケメンなのに。もしかしてこっちか?」

 紀之がオカマを連想させるポーズをして僕をからかった。

「面倒くさいのはごめんだよ。さ、そろそろ行こうか」

 トイレから恭子たちが出て来たのを確認して、僕たちは車の方へ歩き出した。


 高速道路を降りてからは山間の細い道を進んで行った。約二時間、ようやく別荘がある集落までやって来た。道中、一台の車どころか歩いている人さえ見ることが無かった。

 この集落で唯一の食料品店で昼と夕食用の食材を調達して別荘へ向かった。別荘は更にそこから車で30分走った場所にあった。

「素敵なところね」

 軽井沢辺りのペンション風の建物を見て恭子が言った。

「本当。素敵」

 美咲と真由美もうっとりしている。そんな女性陣をよそに男たちは荷物を別荘に運び入れた。

 宏樹の話だと、しばらく使われていなかったらしいが、中は掃除も行き届いていてきれいだった。

「さっきの村の人間に管理を頼んでいるからな。取り敢えず、昼飯の支度をはじめよう」

 宏樹が言うと、手分けして食事の支度を始めた。


 キッチンはレストランの厨房並みの設備があった。宏樹曰く、ホームパーティーをやるときにはプロの料理人を連れて来ることもあるのだそうだ。

「なんだか、プロの料理人になったみたいね」

 美咲が言う。

「それじゃあ、プロのカレーがどんな味か楽しみだ」

 紀之はそう言いながら、すっと美咲のそばで彼女がじゃがいもの皮をむいているのを眺めている。

「紀之、見てるだけじゃなくて、あなたも手伝ってよ」

 そう言って美咲は紀之に玉ねぎを手渡した。

「俺を泣かそうって言うんだな」

 玉ねぎを刻み始めた紀之は言っているそばから大粒の涙を量産した。

「大袈裟ね」

 それを見た美咲と恭子は二人で笑いながら下ごしらえを続けた。


 僕は宏樹と近くの渓流に来ていた。おかずをもう一品調達するためだ。

「澄んだ水だな」

「おう、ここに来ると、いつもここで釣った魚を食ってたんだ」

「ところで、肝試しのことなんだけど…」

「おい! 引いてるぞ」

 話しかけた瞬間、僕の竿が大きくしなった。僕は慎重にかかった獲物を釣り上げた。手ごろなサイズのニジマスだった。

「それで? 肝試しがなんだって? もしかしてビビってるのか?」

「いや、そうじゃなくて、ペアでやるつもりか?」

「当り前じゃねえか。まあ、俺は恭子と組むけどな。お前は美咲と真由美のどっちがいい?」

「お前と恭子はいいよ。あとは残りの4人でって、いうわけにはいかないか?」

「なんだよそれ?」

「いや、女の子と二人っきりっていうのはちょっと…」

「お前、本当にこっちじゃねえよな?」

「まさか」

「まあ、いい。紀之たちにも聞いてみるさ…。おっ! こりゃ、でかいぞ」


 僕と宏樹が別荘に戻ると、カレーのスパイシーな香りが鼻をくすぐった。同時に腹の虫が騒ぎ出した。

「いいにおいだな」

「おう。急に腹が減ってきた」

 僕たちは揃ってキッチンに顔を出した。

「お帰りなさい。そっちの成果はどうだった?」

 真由美が声を掛けてきた。

「この通り」

 宏樹はクラ―ボックスを開けて見せた。

「うわあ! 美味しそう」

 女の子たち三人が揃って声を上げた。ニジマスが5尾とイワナが1尾入っていた。

「このイワナは恭子にやるよ」

「えーっ、私、ニジマスの方がいいよ」

「じゃあ、私が貰ってもいい?」

 恭子のためだとは言え、宏樹が釣って来たイワナだ。恭子がいらないのならと、美咲が手を挙げた。

「あ、いいけど…」

 宏樹はチラッと恭子を見た。恭子は美咲に「ラッキーだったね」とハイタッチしている。紀之はそんな様子を苦笑しながら、宏樹に言った。

「自分が釣ったんだから自分で食えばよかったんじゃないのか?」

「そうだな…」

 ばつが悪そうに宏樹は答えた。


 昼食を済ませると、僕ら男三人で夜にやる肝試しのコースを下見に出かけた。歩きながら紀之が口を開いた。

「先に下見したんじゃ肝試しの意味ないんじゃないか?」

「バカ、昼と夜とじゃ全く違うから」

 宏樹が答えると、紀之は本題に踏み込んだ。

「それもそうだな。それより、肝試しはペアでやるだろう?」

「いや、その事なんだが…」

「俺は美咲と一緒がいい」

 宏樹の言葉を遮るように紀之が言葉を続けた。宏樹は僕の方を見て首を振った。

「決まりだな。不本意だろうが、大輔は真由美とペアを組んでくれ」

「不本意ってなんだ? まさか大輔も美咲のことを?」

 釣りの時に僕が宏樹に話したことを知らない紀之は今の宏樹の話を誤解したようだ。僕が事情を説明すると納得したようだ。

「なんだ、そんなことか。大輔、これを機にお前も真由美と付き合っちゃえよ」

「余計なお世話だ」

 僕は紀之に念押しするように言った。

「おい、見えて来たぞ。あそこにある祠にこいつを隠しておくから、これをちゃんと取ってきたら合格だ」

 そう言って、宏樹は事前に用意しておいたお札を三枚見せた。それらしい文字の様なものが朱墨で書かれていた。

「OK! じゃあ、取ってこ来られなかったら、明日の帰りの運転を替わってもらおうかな」

 紀之がそう言って、ニカッと笑った。「OK!」宏樹は頷きながら三枚のお札を祠の奥に隠した。


 









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