88 オアシスの夜の話
シラヒメだけは足の先に少量の水を付けてから、体表面に塗りたくっている。
体温を下げているのか?
第2陣と共に行われるバージョンアップは、空腹度の実装と温度差の体感が付加されると聞く。
おそらくは砂漠方面も気軽にこれなくなりそうだ。今でさえ痛覚解放の関連だと思うけど、じっとり汗ばむ感覚がある。
【生活魔法】の清浄をかけても一時的なものだ。直射日光にジリジリ焼かれてる気がするんだよな。
こんな中で鎧着て戦闘なんて気が遠くなりそうだ。でもそれはそれで精神修練の一環としては有効な気がするが。
「アレキサンダーたちは、暑さ大丈夫か?」
ペットたちを見渡して聞いてみると、アレキサンダーはつぶらな目をしばたかせてから体ごと頷いた。
グリースは首を縦に振り、シラヒメは寄り合わせた太い糸で丸を作る。段々器用になってきたなお前。
貴広のいうところによると、ここはセーフティエリアだが安全ではないということか。
もう夕方だし、夜営するには警戒は欠かせないようだ。
今度は焚き火用の木材とかも探してこよう。よく聞くのは乾燥すれば燃料になるっつー動物の糞だが、こっちにもあるのかねえ。
シラヒメはオアシス周りに糸を張り巡らして、一時的な警戒網とするようだ。
砂漠の夜とか何が出るのか、冒険者ギルドか何かで聞いてくればよかったなあ。
ううむ、準備不足過ぎる。
くるまって寝る用の毛布とかリンルフとリングベアの毛皮ならいっぱいあるんだが……。
調理用の魔導コンロを灯り代わりに置いとこう。魔石はいっぱいあるしな。
あと夜になる前にステータスのチェックだけしておく。
ここに来るまでの戦闘で格闘と蹴りが上昇。水魔法がちょっぴりアップ。あとは観察とかカウンターとか諸々。
ビギナーレベルが16と、SPが12か。城落としは再使用まであと10時間は必要だ。
グリースはコカトリス(雛)14レベル。シラヒメはアラクネ(幼体)17レベル。
アレキサンダーはエルダーレッドスライム2レベル。進化後のレベル上昇が、アレキサンダーだけ格段にゆっくりだな。
暗視と称号の効果で夜間の戦闘は問題ないと思うが、何が出てくるか分からないところがちょっとなあ……。
ポーションを何個かアレキサンダーに渡し、シラヒメが幾つかの投げ網を作っていると、ヘーロン側の方から微かに人の声が聞こえてきた。
PKのお礼参りかなとも思ったが、それにしてはワイワイガヤガヤと騒がしい。
よく見てみると、プレイヤーらしき20人くらいの一団がこちらにやって来るのが分かった。
アレキサンダーやシラヒメが戦闘体勢をとるのを押し留める。
「あれ?」
目的は解らないが、まさかこんな夜の境に移動するプレイヤーがいるとは思わなかった。
それと何か忘れてる気がする……。
横にいるシラヒメを見て気が付くのと、やって来た一団の先頭がオアシス圏内に足を踏み入れて「あ、いたいた。おーうわあああああっ!?」と悲鳴を上げるのが同時だった。
「あー、シラヒメの罠があったんだった」
申し訳なさそうに「チー……」と鳴いて、シラヒメはしょんぼりする。彼女は限りなく細いベタベタな糸で、巣型の罠を作っておいたのだ。
哀れ声を掛けようとしていた人は、後続にいた人を巻き込んで絡まり、砂地に突っ伏していた。
「あー、すみません。大丈夫ですか?」
聞いてみたところ、小声で「なんだーこれはー」と呟く声が聞こえる。
うあー、悪いことしたなあ。
「あっはっはっは!」
絡まったままもがいてる2人をそのままに、赤毛で、腰に剣2本を差した20代後半くらいの男性が笑いながら前に出てきた。
「こんなとこで1人で夜を越すなら、周囲に罠を張るのは当たり前だな! 無警戒で近寄って引っ掛かったダーツらが悪い。よってアンタは気にしないでいい!」
「いえ、こちらも注意するのが遅かったもので」
アレキサンダーに「頼むね」とお願いすると、絡まった2人の上をずーりずーりと通ってこっちへ戻ってくる。ベタベタ糸を食べて貰ったのだ。
解放された2人は赤毛さんがいい笑顔をしてるのを見て、肩を落としている。
こっちに文句を言って来る気はないようだ。
「アンタがビギナーさんだな? 俺はクラン・嵐絶のボスのジョン・ドゥだ。よろしく頼む」
「通称ビギナーで通ってますが、ナナシと言います。そこら辺あたりはよろしくして貰いたいですね」
もう呼ばれる時はどっちでもいいけどな。名前交換した人に通称で呼ばれるのは勘弁して貰いたい。
一団の中から神官ぽい女性が出てきて頭を下げた。
「嵐絶のサブリーダーのマイスです。うちのメンバーがご迷惑を」
「ああ、いえ」
しかし、ここに来るってことは、掲示板を見たのか?
貴広が即書き込んだなら、あれから1時間と少しくらいだが。
20人くらいならあの行程を1時間くらいで突破もするかもしれないな。
嵐絶って攻略組らしいし。
マイスさんが他の団員の人に指示を出して、野営の準備が進められていく。無策無謀の俺とは大違いだ。忙しく動き回っている嵐絶の団員を眺めていると、ジョンさんが近付いてきた。
「ナナシはまだ槍を持っているよな? PKに奪われたりしてないよな?」
「もしかして槍を求めてここまで来たのですか?」
「ああ、敬語なんかいらん。ゲームの中まで敬語なんか聞きたくねえからな!」
顔の前で手を振ってジョンさんはニカッと笑う。
俺がインベントリから槍を取り出すと「それだっ!」と言って手を叩いた。
槍のためにこんなに引き連れてここまで来るものかあ?




