55 実験台になる話
リアル回です。
翠の夕食当番ではあったが、足りない材料を買いに行ったり手伝ったりしたので半分くらいは合作と言えるだろう。お届けサービスを使えばすぐくるんだが、俺が走った方が速かったと。
夕食時には母親と牙兄貴とプチ姉の他、櫻姉さんもプラスされた。
会うのが凄い久しぶりなわりに、つい最近何処かで会った気がするのは気のせいか?
「2人共お久しぶりよね~。なんかゲームでブイブイ云わせてるようで安心したわ」
元気そうかどうかの基準がゲームだけというのはどーなのか?
もう少し普段の生活ぶりとかを見て判断して欲しい。
「私もゲームの構築には関わってるのよねえ。ギミックとか探して楽しんでくれればいいかな」
「何処にあるんだよ、それ……」
まだ第2の街だというのに、そこに辿り着くまでの中にあったんだろうかなあ。思い付く限り脳内に並べてみるが、この人が手掛けるとなると試練系か? そんなん経験した覚えは……無いな、おそらく。
櫻姉さんは牙兄貴の妹になる。
すらっとした長身の美人で、長い髪はたいていポニーテールにしてるのしか見たことがない。なんとかという剣術の師範代で、普段は警察庁や警備機構の指南役を務めている。
真剣帯刀許可証を所持しているため、サムライ女史とかいう渾名でマスコミには有名だ。そのひと振りは車を両断するとかなんとか。
「ああ、それに関係してだ」
今まさに思い出したとばかりに牙兄貴が話をこちらに振ってきた。
「お前たち明日ちょっと社まで来い」
「「はいぃ?」」
なんでいきなり呼び出しが?
母親に至ってはにこにこした顔で「大丈夫よぉ」としか言わないのだが、まるで理由がわからん。
「すみません、牙兄さん。ご要望が全く分からないので、私たちも頷いていいのか判断に困るのですけれど?」
手を上げた翠が質問すると牙兄貴は1度母親に視線を向ける。頷いたのを確認すると俺たちへの説明を始めた。
「ベッド型接続機器のテストをやってもらいたい。これにはあと1人、貴広君の参加も希望する。拘束時間は個人の判断に任せるので、自分のやれる程度で頼む。接続時間中は心音や脳波など、バイタル全ての計測を録ることを了承して欲しい。接続している時間はバイト扱いとするので、契約を交わす時にでも支払い方法を選べ。俺からは以上だ。質問はまた明日、社で聞く」
試作型のテストってことか。
たまーにこういった機器の使用具合をレポートにして出せ、という小さなバイトが回されてくる。高額の短期バイトとして、うちの兄妹内では割と重宝されているものだ。
「それ臨床試験って言わないかな~?」
それまで黙っていたプチ姉が、目が笑っていない笑顔を牙兄貴に向ける。
翠は気が付いてなさそうだが、一緒に背筋が凍りそうな殺気も飛んでった。
「臨床試験は既に終了している。後は年代と男女別のデーター取りくらいだ」
渋い顔のまま殺気をやり過ごした牙兄貴が説明する。
「ほんとに~?」
「そんなに心配するならお前も一緒にやるか?」
「え~。寝ているうちに闇に葬る気なんでしょう。信用ならないなあ~」
「お前は俺をどんな罪状で犯罪者にしたてあげたいんだ!!」
「ええ~。そんな恥ずかしいこと口では言えないなあ~」
「!!?!」
あーあ。
怒り心頭で声にならなくなった牙兄貴は、テーブルを殴ることで表現し始めたよ……。
みんな食事が終わってたからいいものの、食事中だったら確実に母親の雷が落ちてたな。櫻姉さんはケラケラ笑ってて止めてもくれないし。
翌朝に3人で母親の企業、というか都市の統制機構そのものへ向かう。
貴広には昨夜連絡を入れたが、即OKの返事が返ってきた。裏がないか少しは悩め。
統制機構の針山のような連結ビルの集合体は、かつては国の中枢を担っていたというエリアに建っている。周囲は堀となっているが、底にあるのは水じゃない。侵入者を捕らえて固める性質を持つ、砂のようなナノマシンらしい。普段は水面のように見えているだけだという。
出入り口は南北の2ヶ所だけで、ゲートを抜けて橋を渡らなければ中に入ることはできない。
世間一般に流れている噂では、災害時にはここまるごとが宇宙に飛び出せるようになっている。だとか、実はここだけ独立国家になっているだとか、と揶揄されている。
俺も実際のところはよく知らないのでなんとも言えない。
ただ母親は、俺たちを無理に後継者に指名することはないようだ。
貴広だけは事前に渡されていた仮通行証でゲートを通る。俺と翠は端末に統制機構関連の施設へのフリーパス証があるので、顔見知りの警備員に挨拶をしてゲートを通り抜ける。
橋を渡って建物内に入り、受付に足を向けたところで声を掛けられた。
「こんにちは。大気くん、翠さん、貴広くん」
「椿さん?」
頬笑みながらそこに居たのは羽原椿さんという名の女性である。髪は肩くらいまでのボブでスーツ姿。美人とまではいかないが目鼻立ちははっきりしている人で、親しみやすい顔といえるだろう。
「なんで総帥の付き人である椿さんがここにいるんですか?」
椿さんが「うっ」とたじろぐ。
そうなのだ。この人はここで1番偉い人である総帥の付き人なのである。秘書ではなく付き人。その辺の違いは天と地くらいの差があるそうで、詳しくは聞いていない。
「そうよね。おかしいとおもうわよね! でも私も良く分からないの。いきなり第3企画室へ向かえと言われていったら牙先輩に取っ捕まって会議があるから大気くんたちを研究課まで連れていけと言われて今にいたるんだけどこれ付き人の仕事じゃなくない? 何時も周りの人に言ってるんだけど私は付き人として雇われたのであって秘書とか何でも屋じゃないのよ! だいたい牙先輩も昔から人を使い走りのように利用してばかりでたまには私を労ってもいーんじゃないかしら! この前だって…………ブツブツ」
握りこぶし抱えたまま、ドン底落ち込みモードへ入っちゃったよ椿さん。ありゃあしばらく帰ってこないかな。
ちなみに牙兄貴が先輩と呼ばれるのは、椿さんが櫻姉さんの幼馴染である理由からだ。牙兄貴曰く「頼みやすい顔をしていたから」とのこと。
櫻姉さんは昔から2人のやり取りをケラケラ笑いながら見ていたらしい。だから今、椿さんの性格があんなんになってるんだろう。
ちなみに貴広は2番目くらいに櫻姉さんのことが苦手なので、椿さんの惨状からそっと目をそらした。
「時間かけちゃってごめんね。これから研究課まで案内するよ」
たっぷり5分ほど呟いてた椿さんは、さっきまでの落ち込みモードが嘘のような晴れやかな笑顔で俺たちを先導する。
研究課に着くまで警戒の厳重なゲートを2つ通った。
本当は目の角膜と指紋認証のゲートもあったんだけど、椿さんがカードをかざしたら4人が何もしないで通行可である。これほどの権限を持っているくせに、ただの付き人だと主張するのだから良くわからない。
ゲートの先からは研究課の職員だという2名の白衣を着た女性に案内される。そこは高い所からガラス窓で覗かれるような広いスペースで、室内にはポツンと2台の細長いカプセルが設置してあった。
「なんかこんなシチュエーション何処かで見たことあるぞ」
ボソッと呟いた貴広だが、俺はバイト先のセットで似たようなものを見たから分かってるぜ。
「悪の秘密結社の改造室そのものだな」
この部屋に入る前に研究課の担当者から説明があった。
聞いたのは昨日の牙兄貴がいったことに少し付け加えたことである。
接続中はバイタル全ての計測をすること。接続計測時間は最低限でも50時間は欲しいということで、10日ほど通うことが決定した。それに伴い、研究課まで直通のパスを渡された。
あと接続中はほぼ全裸でということだ。
「ええっ!?」
「もちろん女性は別室です。男女とも、肌に密着して電気信号を受ける素材の水着を着用してもらいます」
銀色でボクサータイプの水着を渡された。
その後で部屋を薄暗くされ、上にある窓にはシャッターが降ろされる。研究課の人が退出して行き、翠は別室へ移動する。
その際に「兄さん! ちゃんと待ってて下さいね!」と念を押していった。
いや、ゲーム前に学業が先だろう。そのためにこんな早朝から来たんだし。
「なんだ?」
「ヘーロンを探索する約束をなー」
「探索する意味あるのか、あそこ?」
「だから探索するんじゃないか。アレキサンダーに弟分が出来るかもしれねえし」
「そーかそーか。なんかあったら教えてくれ」
手を振って興味無さそうな貴広は着替えてからカプセルを開け、「うわあ……」と呟いた。俺もその反応が気になり、開けてそれを目にすることになる。うん、これはちょっとげんなりするわな。
カプセルベッド内は薄いレモン色のジェルで満たされていたからだ。なるほど、だから裸になれかー。
潜り込んでみればぬるぬるはするものの、まとわりつく感じはしない。手触りのいいシリコンに埋もれるような感触だ。他にも寝台部分が自動で変形し、俺に最適な深さを設定してくれる。
寝転んだあとは音声入力で済むという。「接続準備」と言えば、頭側から蛇腹のようなヘッドセットが展開する。あとは本人認証コード諸々を機械側が確認すれば、接続準備が完了する。
目を閉じて「リンクスタート」と言えば光のトンネルをぶち抜いたような感覚と共に何処かに落ちていく浮遊感が。
このふわっとする感覚だけはなんか怖い感じがするなぁ……。
 




