48 強襲イベント開始の話
臭い所に詰めていたんで、ちとさっぱりしたい。
実のところ、ゾンビの飛び散った肉汁みたいなものは対象が倒れた時に消えた。アバター体の表面はアレキサンダーがむにむにと這い回って汚れを落とそうとしていたようだ。それでも綺麗になったかどうかがよく分からん。
外は昼間ではあるが、いったんログアウトしてリフレッシュしてこよう。
1時間程軽いジョギングとかで気分を一新させ、再びログイン。
宿を出ようとしたら宿屋のご主人に「外へ出るなら気を付けるんだよ!」と言われた。
何かあったんかね?
周囲を窺うと通り沿いにある店が次々に戸締まりをしていた。ゲーム内は夕方のような時間帯ではあるが、それにしては閉店には早いような?
そして街のあちこちから「カンカンカンッ!」と半鐘をがむしゃらに叩いてるような音が響いてる。
「火事じゃないようだが……?」
煙が何処からか立ち昇っているようには見えないしなあ。
不意に頭の上からアレキサンダーが降りて、東門の方へぽよんぽよんと進んでいく。何か感じたのかもしれないので、インベントリから武装を取り出して戦闘準備を整える。
それなりに速いスピードのアレキサンダーを追っていくと、東門の前に多くのプレイヤーがたむろしているのが見えた。アレキサンダーがその手前で立ち止まったので、追い付いて抱えあげる。
街壁の上には多くの兵士が槍か弓で武装し、壁の外側を警戒しているようだ。
「山賊でも攻めてきたのか?」
「モンスターの襲撃だとよ」
憶測を呟くと聞き覚えのある声が状況を教えてくれた。
「アサギリ?」
「よ、開祖殿!」
そこにはアサギリを含む10数人の集団がいた。
俺に手を上げて挨拶を送ってくるハイローがいるので、インフィニティ・ハートってクランだろう。
「襲撃なんかあるのかー」
「おいおい、ここは剣と魔法のファンタジー世界だぜ。プレイヤーがダンジョンに片寄ってたから、森から魔物が溢れ出たことがあっても不思議じゃねえだろ」
「魔物?」
森に魔物っていたか?
「どうした?」
首を傾げているとハイローがクランメイトと俺を囲んでいた。
ハイローは全身鎧に大剣持ち、どうやらポジションはアタッカーらしい。
「襲撃してくる奴って?」
「さっきお偉いさんが言ってたのはリンルフとかリングベアとか。あとは蛇がいるらしいな」
リングベアというのはヘーロンとの街道を塞ぐボスモンスターだ。ヒグマよりちょっと大きい月の輪熊だそうな。
「全部動物じゃねーか」
「は?」
ハイローのみならず、その他のインフィニティ・ハートのクランメンバーまでが目を点にする。
あ、やっぱり分かってねーなこいつら。
「話だけ聞くなら襲って来てるのはみんな動物だ。それなのにお偉いさんは魔物と言った。つまりこういった襲撃に前例があって、その時も動物をけしかけるか操るかした頭目である魔物がいたんじゃないかっつーことだろ」
「ええっ!? リングベアって魔物じゃないの?」
インフィニティ・ハートメンバーの数人がすっとんきょうな声を上げて驚く。おいおい……。
これは普通の人々が動物と触れ合った経験がないことからくる弊害だろう。
俺みたいに山の中に放り込まれるならともかく、動物なんて3D映像でしか見たことの無い人ばかりだしな。
ひと昔前は動物園や水族館という、動物や魚を観賞するための施設があったらしい。一部では残っているものの、そこにいる動植物はみんなクローンとして複製された人工物だ。
今の世界でオリジナルなどは、全て自然のまま隔離された地域で暮らしている筈である。
「人を上回るパワーとかスピードとか凶暴性を兼ね備えているからモンスターには違いないけどな、分類すんなら動物だろ」
俺はアレキサンダーとシラヒメをみんなの目の前にぶら下げて、「魔物はこんなんだ」と提示してやる。
アサギリがパンパンと手を叩き、皆の注目を集める。
ああいうのを見るとクランリーダーに見えなくもないから不思議だ。普段は柄の悪いおっちゃんなのに。
「おう、みんな開祖殿からのご高説は聞いたな? 森から出て来た奴は倒すが、あれらを操ってる奴を探すのを第1にしろ!」
一斉に「おーっ!」と鬨の声を上げる一同。
元気だねえ。他人事のようにそれを眺めていると、ハイローが俺の首に手を回して小声で聞いてくる。
「おいナナシ。あれ使うのか? 範囲攻撃なんだろ」
「タイミングが合えばな。あんまり俺が使えるって騒ぎになりたくねーからよ」
東の平原なら最大範囲で落っことしても大丈夫だろうが、問題は【城落とし】が“広範囲押し潰し”攻撃という点だ。おそらく敵味方の区別なく、範囲内にいたモノはダメージを受けることだろう。
あとでたくさんのプレイヤーに恨まれたくないから、開幕ブッパすんのが理想的だと思うのだが、どうだろうな?
なんか言い回しが浮かんでこないです。




