281 お誘いの話
はてさて。
ヘイズでも「ビギナーさん」の知名度が爆上がりしたようで、街中を歩いているとプレイヤーの「おい、あれ」というひそひそ声とか「うわっ!? ひえぇ」などと言う恐れおののく声が聞こえてくるようになった。
俺、プレイヤーたち自体には何もしてないよね? 何で恐れられてるんだよ。知名度と言うよりは方向性が悪名寄りだというのが納得がいかん。
今回はログインしてから遠出の準備を整え、市場で香辛料などをしこたま買い込む。ついでに商業ギルドへ足を運び、誓いの槍を1本競売に出して来た。
「んじゃ行くかー」
ぽよんぽよん
「ちょっと待ったーー!!」
街から出て行こうとしたところで、聞き覚えのある声に呼び止められる。
振り向くとアニエラ、ツィー、デネボラ、エニフ、ついでにアルヘナといったクラン・エトワールの面々がこっちに向かって駆け寄って来るところだった。
先頭にいたツィーなんかツイナにダイブして毛皮に埋もれてるんだが、もふもふしに来ただけとか言うなよ?
「お久しぶりですナナシさん。お元気そうで何よりですわ」
「よう、エニフは随分久しぶりじゃんか。聖女業って忙しいのか?」
「困った方々が多くて大変です。常に忙しくしてますが、1番困った方は此処にいらっしゃいましたね」
「へ、へー。そりゃ大変だ。ちなみにその困った方を前にして、エニフはどうするつもりなのか聞いても?」
「説教を」
「ひぇっ!?」
俺がエニフから飛び退くと、彼女は吹き出してから肩を震わせて笑い出した。
「うふふふふ、冗談ですのよ。信者たちの争いが激化するようなことは致しませんから」
「怖えって。勘弁してくれよ。……ん? 信者たち?」
「兄さんも、いい加減ご自分の信者の皆さんを把握した方がいいんじゃないですか?」
胸を撫で下ろしたところでエニフの発言に眉をしかめる。そんでアルヘナに苦言を呈された。そんなこと言われても、目の前に現れない奴らに俺が何を言えって言うんだよ……。
「ぽー?」
「ふふふ、久しぶり。ヤトノちゃん」
デネボラはアレキサンダーの頭に乗っているヤトノに興味津々のようだ。
前回から葉っぱが増えているくらいしか変化はないんだが、慎重に撫でて愛でている。
「先日はうちのアニエラとデネボラが世話になったわね。ダンジョンについての情報も、こちらで有意義に活用させて頂くわ」
「別にツイナにもふもふしたままでも構わんぞ」
「うえっ!?」
ツィーがツイナから離れて俺にお礼を述べてくる。名残惜しそうにツイナをチラチラ見るならば、そっちに引っ付いたままでもいいのに。
そこを指摘してやれば面白いように動揺し始めた。
「もう! 兄さん! 女性に恥をかかせるのは止めて下さい!」
「分かった分かった。悪かった。済まないな、ツィー」
「あ、いえ、わ、私もつい、趣味に走っちゃったし……」
目を吊り上げたアルヘナに怒られた。ちょいちょい騒がしいなお前らは。
ちょんちょんと裾を突いたデネボラに目を向ければ「紹介する」と言って、水色の象のぬいぐるみを取り出してきた。
「使い魔作ったんだな」
「ん、鈴木。よろしく」
「……スズキ?」
「そう、鈴木と名付けた」
「「……」」
その場にいた全員の目が片手を上げて「やあ」とでも言っていそうな水色の象のぬいぐるみこと鈴木くん、に集中する。アニエラに目を向けると、肩をすくめて処置なしとでも言うように首を振っていた。
まあ、ぬいぐるみに何と名付けようが作り手の自由だしな。俺が気にすることでもないか。
「ナナシの使い魔は?」
「拠点にいるぞ。屋敷の手伝いやら何やらで4体が毎日わちゃわちゃしてるぞ」
「4体……」
デネボラの視線が羨望の眼差しに変化したように思う。
ツィーやエニフからは「何で連れてこなかったんだワレェ」と言うような視線に晒される。だから怖いんだよお前ら。
「そんなにぬいぐるみが欲しければデネボラに作ってもらえよなー」
「いえ、デネちゃんの独特な感性には、私たちでも戸惑うことがありまして……」
「だからって俺に期待するなよ。こっちはあっちこっち出向くから、使い魔を連れまくる訳にはいかないぞ」
「そこは仕方ありませんが、今回声を掛けたのはソコが重要でして」
「なに?」
嬉しそうなツィーが何かのチラシを取り出して、俺に差し出してくる。受け取ってよく見てみると、「プレイヤーズ魔女集会のお知らせ」とあった。
日時と時間と場所が記してあり、必須の持ち物が使い魔と。なるほど。
「そうまでしてぬいぐるみに埋もれたいのか、ツィー?」
「わ、わ、私が主催する訳じゃないじゃない!? プレイヤーズ魔女さんたちは、先駆者で伝道師のナナシさんに出てもらいたいと思ってるワケよ」
「ん、でもナナシの予定は尊重する」
日時的にはまだ当分先ではある。
今からちょっと武者修行に出ようとしてたからなあ。帰還が未定なんだよなー。
「うーん。これから山籠りでもしようと思ってたんだ」
「「えーっ!?」」
ツィーとデネボラとエニフから非難の声が上がる。そんなにぬいぐるみともちもちしたいのかお前たちは……。
終いにはアルヘナでさえも「兄さん」と言いながら手を組んで、上目遣いで訴えてくる。お前のそれは計算済みだろ。あざとすぎるから止めろ。
「はー。分かった分かった。それに間に合うように帰還出来るよう調整はしてみる」
「ほんと?」
「やったー!」
「ありがとうございますわ」
「あくまで「してみる」だからな、間に合わなくても文句を言うなよ」
「そこは間に合わせて」
「一生のお願い!!」
「信者の方々に捜索させましょう」
「絶対全滅すっから、説教教の組織力を当てにすんのは止めんか!」
これから俺が何処に踏み込むと思ってんだ。他のプレイヤーが着いて来れば死屍累々になるのが目に見えてるだろ。
「全滅って……。兄さんは何処に行く気なんですか?」
「そりゃあもう、ここから北の森の奥の奥」
遠くに山脈がそびえ立つ森。リーディア同様、ヘイズの北側にもっさりと広がる森林を指差す。
随分前に目的地にしていた貴重な花の蜜が採取出来る山脈付近まで踏み込んでみるつもりだった。
まあ、このプレイヤーズ魔女会に間に合うようにするならば、魔王の街近辺で引き返すことになりそうだけど。
山籠りで修行ならこんなもんだろ、と思っていたら、アルヘナを除く他の面々の顔色がサーっと青くなる。
「え、えーと……。バスより大きい虎がいると聞いたけど?」
「ああ、6本足のな。毛皮にしてやったけど。見るか?」
「え!? ……遠慮シマス」
「プレイヤーの探索隊を蹴散らした蟹がいるって話ですわよ?」
「グランドクラブのことか? 次こそは蟹鍋にしてやる。多めに獲れたら、エトワールにもお裾分けするからな! ……探索隊?」
「いえ、価値が分からないので遠慮させて頂きマスワ」
ツィーとエニフの質問に当時のことを思い出しつつ答えたんだが、二人とも死んだ目で無言になってしまった。探索隊と聞こえたが、有志で北の森に突っ込んで行ったりしたんだろう。結果を聞くのが怖いが、その反応だと大丈夫じゃなかったようだ。
アニエラはアルヘナとコソコソ話してるし、デネボラはアグリを上から下までジーッと見ていた。
「ねえ?」
「アグリがどうかしたか?」
「この前よりデザイン変わってる?」
「ああ。哭銅で全身を作り直して、頭も付けたんだぜ」
「そう」
「「ぶっ!?」」
デネボラ以外が噴き出した。
哭銅って聞くと誰も彼もがそういう反応になるのな。そんなに驚くようなもんかね?
神器の大工道具を使っている俺が言うことじゃないが。
「ナナシさんだったら万が一のこともないだろうけど気をつけて」
「おう! なんか手軽に食えそうなものがあったら土産にしてやっから楽しみにしとけ!」
「北の森産って時点で手軽を飛び越えてると思うのですけれどねえ……」
ぽよんぽよん!
「シツレイしマス」
「コケケ」
「がう!」「メェ~」
「ちー!」
「ぴゃあ!」
「ぽー」
アレキサンダーたちはそれぞれが尾なり翼なりをエトワールらに振ってヘイズの街を出る。門番さんたちが慌てて端に寄るのが見えた。怖くねーっての。
「また妙なワールドアナウンスを響かせないで下さいね、兄さん」
「あんなもん不可抗力だろ。俺のせいじゃねーよ。じゃ、行ってくるな。なんかあったらリアルで言え」
「そこで現実味のあることを言うと、プレイヤーさんたちに嫌われますから気を付けて下さいね!」
「ふーん。こういうのはNGワードなのか。分かった」
街を出た先で待っていたアレキサンダーたちに合流すると、そのまま街道の北に広がる森の中へ踏み込んだ。
さてさて、魔王の街まで強い奴に出逢えるか否か。少々楽しみではあるなー。
お読み頂きありがとうございます。
毎回誤字報告もありがとうございます。
過去何度か、水色の象には色々と大変な目に遭いました(遠い目