276 6階層の話
「スケルトンはいないがゾンビはいると……」
「下にいたゾンビとは身なりが違うわね」
6階層に上がってきたはいいものの、エレベーターシャフトの隣に下る階段はあるが上る階段はなかった。
各階層の中ボスは廃止されてるので、おそらく何かキーアイテムを手に入れるか、一定時間経たないと7階層への階段は出現しないんだろう。
試しにオールオールへフレンドメッセージで問い合わせてみたが、「自分で考えろ!」という答えが返ってきた。カンニングは許しませんよとな。
下にいたゾンビは粗末なボロを着た平民風の様相だったが、この階層のゾンビは原住民風な? 羽飾りを頭に、顔にペイントを塗りたくった系の風景とマッチした感じだ。
まあゾンビなので軽快に走り回ったりはしないで、「あー」とか「うー」とか言いながら千鳥足でよたよたふらふらしている。
ただ俺の見る限りでは、顔面や胸が陥没していたりするのが多い。死因なのかは分からないが、そういった攻撃をしてくる別の何かがいるのかな?
「っ!」
「なっ!?」
勘に従い咄嗟にアニエラをこちら側へ引っ張ると、何だか顔を赤らめながら口を開きかけた。
しかし間髪入れずにドゴッ! という鈍い音と共に、今までアニエラが居た場所にラグビーボール大の石が突き刺さる。
サーッと顔色が白くなるアニエラは置いといて、続いて飛来した石を回し蹴りで弾く。視界の端でシラヒメが木を伝って上に走っていくのが見えた。
「「ギギャギャギャギャ!」」
愉悦混じりの甲高い鳴き声に見上げると、テナガザルみたいな魔物が3匹、手を叩いて高い枝の上で跳ねている姿が確認出来る。頭と肩首回りが銀色でその他が真っ黒な毛皮を持つサルだ。シルバーモンキーという名前しか分からんな。
落としてきたのは石じゃなくて、ドガの実という果実らしい。殻は石並みに硬く、中身は酸っぱすぎて人の舌には厳しいみたいだけど。
「があああっ!」「メェッ!」
ツイナが飛び上がりサルに向かって突っ込んで行った。
シルバーモンキー3匹は長い腕を使って枝から枝へ跳び移ろうとしたみたいだが、掴もうとした枝が不自然に動いたため、猿も木から落ちるの諺みたいに2匹がボトボトと落ちてきた。
1匹は空中でシラヒメの粘着糸に捕まって、逆さに宙ぶらりん。そこに突っ込んだツイナによって頭を噛み砕かれる。
落ちてきたシルバーモンキーは、片方をアグリが、片方をグリースが迎撃に向かう。
1匹はアグリの両手フルスイング殴打によって地面にめり込んで絶命する。もう1匹はグリースの腐蝕の視線で全身が崩れかけたところを、蹴爪に顔面を切り裂かれて倒れた。
つーか、手を出す暇がなかったなあ。
「シラヒメもツイナもありがとうな。グリースもヤトノもご苦労さん」
「がう」「メェ」
「♪」
「コケケ」
「ぽー」
上の対応をしてくれた4人を褒めて労う。ツイナはタテガミを。シラヒメは蜘蛛頭を。グリースは背中を。ヤトノは軽く葉を触るだけにしとこう。小葉がポロっといきそうで慎重になるわな。
「その小さいの何かしたの?」
「サルが飛び移る先の枝を動かしたから、アイツら落ちてきたんだぜ」
「そんなこと出来るの!?」
「びっくり」
まあ、ヤトノのスキルまでを知っている訳でもないから分からないだろうしな。それとデネボラは無表情で「びっくり」とか言うな。
「しかしここのサルは、イビスの西の街道の奴らより恐ろしい攻撃をして来やがるなあ」
「これが実!? もう凶器じゃない!」
「カチカチ……」
地面に半分めり込んだドガの実を持ち上げてみると5~6キログラムくらいはありそうだ。殻の表面は石みたいで、こんなもんが当たったんじゃ、タダでは済むまい。
この階層にいるゾンビの凹凸はたぶんこれのせいだろう。
的当ての遊びか何かでやってるのかねえ。どちらにしろクソザル認定だが。
その後も当てもなく彷徨いてるとシルバーモンキーが度々、襲ってきた。
【無属性魔法】で小さな足場を作って空を駆け上がり、奴らを木からひっぺがしてからイズナ落としで地面に叩き付ける。
ずる賢そうな割りに攻撃は引っ掻きか、抱え込んでかじりつくかくらいなので、片手を極めてしまえば対処は可能だ。
ドロップ品は魔石の他、縦横1メートルくらいの銀の毛皮を落とした。
「生産職は毛皮をどう加工して防具を作ってんのかねえ? チクチク縫い合わせる?」
「【錬金術】で複数くっ付けて大きな毛皮にする。そういった術がある」
「ほほう、なるほど。そういうスキルがあるのかー」
正方形の銀の毛皮をぷらぷらさせて疑問を口にすれば、デネボラが回答をくれた。
スキル取得可能リスト一覧を表示すると、【錬金術】はあるにはあるがSP8が必要だ。近くて遠いなあ。
SPを稼ぐには低いスキルを重点的に育てるか、PK狩りを続けるかだな。
「どうしたの?」
「いや、うーん。ちょっと別行動で効率を試してみる」
「「は?」」
「30分くらいで戻る。アレキサンダー、2人のことは頼んだぞ」
「ちょっとナナシ!? どういうことよ!?」
ぽよんぽよん
「ワカリまシタワ、おトウサま」
「コケケ」
「がう」「メエ」
「ちー」
「ぽー」
コクコク
ミミレレ以外をアニエラとデネボラの護衛に残し、【無属性魔法】【軽業】【隠れる】【忍び足】を同時に使いつつ樹上へ駆け上がる。離れていてもパーティは継続されるから、2人がアンデッドたちに襲われることはないだろう。
下では見当違いの方向に金切り声をあげるアニエラがいるが、30分程度では危機に陥るものでもなし。アレキサンダーたちが居れば死にゃあしねえな。
すぐ近くにいたシルバーモンキーの首をサクッと飛ばし、俺は獲物を探して樹上を駆け回ることにした。
30分と言ったな。あれは嘘だ。
いや、嘘でも冗談でもないんが。やむを得ない事情により、俺は20分くらいで皆の所へ戻る羽目になってしまった。
原因はシルバーモンキーを15匹狩ったところでトランプカードのような物が3枚ドロップしたことだ。片面には「六」とあり、裏面にはヘイズの街を簡略化したような模様がある。
【アイテム知識】にはない物だが、インベントリに入れると「6階層通行証」と出た。これを持っていけば階段が見えるようになるんだろう。
後は【隠れる】【忍び足】【軽業】のスキル3つがいつの間にか統合して【忍】ってスキルになっていた。
スキルレベルを上げてSPを手に入れる算段がなくなったじゃないか。【忍】スキルも一応レベル表記ではあるんだが、1つと3つでは効率性がなあ……。統合してしまったのは仕方がない。気長に伸ばすとするか。
今まで使っていても統合する様子がなかったのは個別に使用していたからか?
今回の結果を見るに同時に複数のスキルを使用すれば、統合する可能性があるということかなあ。
しかし、忍者でないのは職業かスキルかという違いからかねえ?
良く分からんが、こういった分析は俺の仕事じゃないな。
アニエラたちは何故か俺と別れた場所に留まっていた。
心なしか疲れきっているようにも見える。
「ただいま。ここでじっとしてたのか?」
「おかえり」
「……随分早いお帰りじゃない?」
アニエラさんや。なんだか目が死んでないか?
別行動で何があったというんだ?
ため息を吐くアニエラに代わりデネボラが代弁してくれた。
「ペット無双」
つまりは張り切りすぎたアレキサンダーたちが近付いてくる敵を千切っては投げ、千切っては投げしたらしい。2人の出る幕は全くなかったと。
ただアニエラは騎士職であるため、樹上から遠距離で襲撃してくるシルバーモンキーに対抗する術はなく。デネボラも火力に自信があっても連射性はないので、複数で魔法攻撃が連携出来るうちのペットたちには敵わないのだとか。
「ちょっと見ない間に凶悪になったわよね。アンタのペットたちって」
「ん、掲示板が阿鼻叫喚になるのも分かる気がする」
「阿鼻叫喚を目指して集めたわけではないんだが。気が付いたらこうなっていたとしか言えんな」
デネボラさんや。「謙遜乙」じゃないんだよ。
俺も意図してる訳じゃねーんだから。そこは勘違いしないでくれよ。
3人で遠距離からの対処法などを話し合っていると、樹上から降りてきたシラヒメが数本の棒のような物を抱えて戻ってきた。どうやら付近の樹木から垂れ下がった蔓をぶった切って持って来たらしい。
「おトウサま、コレ」
「うん? お! 水蔓じゃないか! でかした!」
「ハイ!」
魔の森産のよりは長さが半分くらいだったが、確かに水蔓だ。これらは内部が空洞でそこに水を蓄えているので、長期の野営などで重宝する。
その他にも調薬で重宝するので、これがあればここでも質の良いポーションが作れるだろう。
「なにそれ?」
「水蔓だな。ほれ、ちょっと傾けてみ?」
「わっ!? 水が溢れて来たわ! 飲めるの?」
「料理に良し、ポーションに良し。万能だぞ」
「「えっ、ポーション!?」」
なんかポーションに食い付いてきた?
その後、デネボラに色々と説明されたところによると、プレイヤー産ポーションの材料である水の質が問題になっていると聞いた。井戸水を使ったり、聖水を使ったりして色々試してはいるものの、ポーションの段階が上に進まないらしい。
「とは言え、水蔓なら魔の森にいた頃、嵐絶が俺から聞きだした魔の森産有用アイテムについて掲示板に大放出したと聞いたぞ。その中に水蔓もあったはずだが、どういう説明になってたりするんだ?」
「え、そうなの? ちょっと調べてみるわ」
「……あった水蔓。でも水を内包、としか書いてない」
「は? そうなのか。魔の森の物は1本5万Gで売れたのになあ」
「「高っ!?」」
そりゃ、水を内包って説明じゃあプレイヤーもわざわざ取ってきたりはしないか。【水魔法】でもあれば水の確保は出来るもんな。つかそっから進歩してないって、魔の森行ったのって何か月前だったけ?
「これ掲示板に載せていい?」
「いいぞ。なんか生産職が可哀想になってきた。どんだけ進捗が阻害されてたんだよ。それでも色々採取してみるとか、未知の場所に踏み込んでみるとかあるだろうに」
「いやいや、誰もがナナシみたいにぶっ飛んだ強さを持っている訳じゃないわよ。生産職がノコノコとそんな場所に行こうものなら、すぐお陀仏になるから」
「ん、イイ鴨にしかならない」
あー、そうか。他のプレイヤーたちは、俺の半分くらいしかスキルを持ってないってオールオールが言ってたな。戦う生産職とかはいないのかねえ。
「まあ、生産職にはその情報で頑張ってもらうとして。それと後はコレを渡しておく」
「何このカード?」
「鑑定できない?」
シルバーモンキーからドロップした6階層の通行証を二人に手渡す。不思議そうにしている2人にインベントリに入れるように指示する。入れないと何だか分からないからなあ。
「ええっ! 通行証ですって!? もしかしてこの先もコレを手に入れれば、上に上がっていけるってこと?」
「ああ、たぶん。そうなんじゃねーの」
「ん、ナナシ。情報感謝」
「ありがとう。コレも周知しちゃって大丈夫かしら?」
「隠すようなもんじゃねーし、いいんじゃないか。ついでにゾンビやらクソザルについても広めとけば? プレイヤーが撲殺されずに済むかどうかは分からんが」
「ん、了解。ゾンビは分からないけど、何かギミックはありそう」
アニエラたちは通行証と情報さえあれば満足したようだ。あんまり他のクランメンバーと攻略状況が離れるのは良しとしないとのことで、そこで別れることになった。
お読み頂きありがとうございます。
少々アップするのを忘れていました。
定年退職者が出て人が更に減り、超極な仕事が地獄になったんだが。




