275 すり合わせの話
「警戒するのはアンデッド以外でいいの?」
「ああ。通路で敵になるのは暗殺人形ぐらいだろうしな」
「見つけるの困難……」
ヘイズダンジョンへ向かう通路は、前回と同じ所を使う。アニエラたちには、アンデッドへの警戒は無用だと伝えておく。
「2人は知ってる筈だから言っておくけど、初期の頃に手に入れた【死霊術】な。レベル上げてたら、途中からアンデッドから攻撃されなくなったんだ。これはリンクしたクランもパーティも含まれる。嵐絶で試したから大丈夫だ。だからと言って、殴ったら敵とみなされるんでそこは注意してくれ」
「嵐絶で試した、なんて言えるのはアナタくらいなものよねー」
「【死霊術】有用。手に入れるのは少し難しい」
アニエラは俺の発言に呆れて苦笑い。デネボラは興味深そうに考えて、「止めなさいよね」とアニエラに突っ込まれていた。
「あとシャークレイスは攻撃しなきゃ、素通りしてくから放置でよろしく」
「ホントに!?」
「益々、【死霊術】研究してみたい」
突然飛び出してくる暗殺人形・小はグリースとアグリが対応している。グリースの腐食視線を食らってボロボロになったところを、アグリが獄卒の棍棒で完膚なきまでに叩き潰すまでが1セットだ。
アニエラは散歩してるみたいで落ち着かないとは言っていた。ゾンビやスケルトンは襲って来ないのを確認しながら、避けて通っている。
魔石は前回でそれなりに取れたから、全部無視して行っても構わんしな。
今回はシャークレイスに遭遇することはなく塔まで 辿り着いた。
「じやあ5階までエレベーターだな」
「あー、ごめん。私たちは無理ね。大スケルトンの所で詰まってるから。階段を使う必要があるわ」
エトワールは4階で詰まったらしいが、俺は2人をエレベーターへ誘う。
何故ならば、オールオールが各階層の細かいリソースを整理して、中ボスを5階層毎に出現するようにと変更したからだ。
まだ誰にも知られてない情報なので、アニエラたちに知ってもらえれば他に伝わるよな、という目論みも込みだ。レンブンも知ってることなので、あちらでも野良パーティ組んだ時に広めてもらう予定である。
ちなみに大スケルトンは5階層のボスに配置替えとなり、リッチ軍は幾らかパワーアップして10階層へ移動になったとか。ダンジョンマスターの権限恐るべしである。
納得してないアニエラとデネボラをエレベーターに押し込み、5階層に降り立つと2人は目を丸くして驚いていた。
本来ならば2人は4階までしか来られない筈なのだが、オールオールが「初回特典サービスだ。次に入る時は誰が一緒でも5階層に行けるようにしとくぜ」と許可を出してくれたからだ。
持つべき者は融通の効くクランメンバーだねえ。
エレベーターよりそこそこ遠い位置に大スケルトンが突っ立っているのが見えた。
それがいきなり首をぐりんと回し眼窩に赤い光が灯る。人の気配を感じたのかこちらに向かって移動を始めたようだ。
その足元には剣や槍で武装した無数のスケルトンたちが、列を成して向かって来ていた。
構成がえらい変わってるな。
大ボスプラス群れ、みたいな感じの混成軍でプレイヤーに対抗するようだ。たぶんオールオールが組み替えたのだろう。
これだと1パーティで攻略という訳には行かないなあ。攻略組が大混乱になるんじゃね?
「ちょっと! 何なのアレ!?」
「前回来た時より全然違う」
アニエラなんかは顔が引きつっている。デネボラは難しい顔をしているし。エトワールじゃあ、あんまり大群を相手にした経験はないのかねえ?
「とりあえず俺たちが盾になる。足元の細かいのは適当にぶっ潰すから、2人は隙を見て大スケルトンの方へダメージを与えてくれ」
「ん、了解」
「ちょっと! そっちにばっかり負担が掛かるじゃない! 大丈夫なの?」
「即席パーティだからなあ。連携すんのも難しいだろ。そっちはアレキサンダーやアグリを盾にしていいから、魔法や斬撃で援護を頼む。無理に前に出なくていいからな!」
アレキサンダーとアグリに2人の護衛を任せる。ツイナとアスミには初回の大規模魔法を行使して数を減らしてもらう。
シラヒメは周囲の警戒に回し、他に近寄ってきたアンデッドを適当に糸でグルグル巻きに纏めて、ヤトノのレベル上げ用の餌に回してもらう予定だ。ヤトノはというとグリースの頭の上に鎮座している。あのちまっとした脚(根?)だと回避に難があるからなあ。
俺は【黒の権能】の試運転である。権能というか外套がどういう風に使えるのか分かってないと、色々とマズいからな。
ツイナが直径3メートルの放電する球、ライトニングボールを打ち出してスケルトン軍の前衛を一瞬にして壊滅させた後に、アスミとミミレレが前回やったガトリングウォーターランスで残りの半数を粉々にする。
あんまり殺りすぎるなとは言ったんだがなあ。あっという間に武装スケルトンたちの数は4分の1くらいに減った。戦闘開始数秒でこれだよ。ゲスト2人の出番あるかな?
デネボラが顎が落ちるんじゃないかってくらい口を開けて唖然としてるじゃないか。アニエラが彼女の頭を叩いて正気に返らせていたが。
とりあえず俺は真っ向から残った武装スケルトンたちに突っ込んで行って、砕いて砕いて砕いて砕く!
ちょろっと体を動かして気付いたんだが、意識すれば外套を腕のように伸ばして扱うことが出来るようになっていた。形状は鉤爪のある熊の腕ぽいけど。
何で現実の外套がゲーム内にあるのかはさて置いて。あるんだから仕方がないと割りきることにした。ゲーム内でのことは、リアルの試運転だと思えばいいさ。
スケルトンたちの振り回す剣や槍を外套の変化した腕でいなし、頭と胴体を殴って砕く。集中して戦ってりゃ、高揚感とともにボルテージも上がっていって、自分の2本の腕と外套から形成された4本の腕とでオラオラオラオラ! と漫画ばりのマシンガンパンチを繰り出すことも可能だ。
の途中で殴る相手が居なくなったんだが。やはり減らしすぎだっつーの。
シラヒメは周囲から近寄って来たゾンビなどを捕獲している。ヤトノは身動きの出来ないゾンビを地中から飛び出した木の根を操って殴っていた。
たぶんその辺で枯れている木の根だと思うんだが、根っ子までカスカスなのでゾンビが砕けるより前に根の方がボキボキ折れていってる。
埒があかないと判断したのか、ヤトノは途中から小さな種子を産み出して、それをゾンビの口に放り込む。それがあっという間に成長してゾンビの体を突き破り、ウネウネと蠢く根が大量に生えてきた。キモっ!?
よく分からんが今度はそれを操って身動きの出来ないゾンビをベキベキと壊し始めた。なんちゅー戦い方か。ある意味不気味な感じが否めないと言うか、なんというか……。
アニエラたちの方を窺うと攻撃が始まったばかりだった。
デネボラが大スケルトンの足元を凍らせて動きを阻害すると、アニエラが輝く十字の斬撃を飛ばして攻撃している。
大スケルトンが攻撃を受けようとして伸ばした左腕を、一撃で消し飛ばしてるんだが。何であんなことが出来てて攻略止まってるのかが分からんなあ。
「おー、やるじゃん」
「ちょっと待って? 前回、あんな威力出なかったんだけど……」
「はい?」
「前は腕を弾くことくらいしか出来なかったわ。あんな消し飛ばす威力なんて……」
「私の氷魔法もあんな拘束力なかった……」
2人とも自分の攻撃の効果に驚いていた。俺は2人と大スケルトンとの間で視線を行き来し、何となく思い当たったその原因に、隣でふよふよ浮いている者へ目を向ける。
「ぴゃあ?」
「たぶんこれだな……」
周囲に【真聖】を振りまいているであろうミミレレは「なにー?」とでも言う様に首を傾げて、にぱーと無邪気に笑っていた。ただのパッシブぽいんだよな、これ。自覚してやってるわけじゃねーな。
とりあえずアニエラたちには攻撃の続きを促す。
納得してないような表情だったが、大スケルトンは左腕を失っただけでまだまだ動く。
デネボラの【氷魔法】の阻害を無理やり突破して一歩を踏み出し、アニエラに右腕を伸ばしたところでアレキサンダーが火炎放射を浴びせた。怯んだ大スケルトンへ、アニエラが再び輝く十字の斬撃を放つ。
騎士の特殊な技かと思って後で聞いたら、ただの十字斬りだそうな。ミミレレのスキルの付加で輝いてる上にダメージも乗ってるみたいだな。
アニエラの攻撃は胸に命中して正面の肋骨の大半を削り取る。開いた穴へデネボラの放った燃える岩が通過して背骨に命中して大爆発。胸から腹にかけての背骨を吹っ飛ばす。
上半身を支えられなくなった大スケルトンはあっけなく崩れ落ちる。腰から下の部分はしばらくゆらゆらと立っていたが、それも数秒のこと。ガラガラと崩れた端から黒い粒子になって消えていった。
肩と鎖骨と首と頭が顎を震わせてまだ動いていたので、殴って頭蓋骨に大穴を開けると漸く停止した。
今回はボーングレートソードは出なかったな。魔石は山のように出たが。
「おー、お疲れー」
「いやお疲れじゃないでしょ! さっきからダメージがおかしいんだけど!」
「何かした?」
戦闘脳を解除すると【形態変化】していた外套がするすると引っ込む。
慣れさせないと着ぐるみのように広げるのも一苦労だなあ。
アニエラたちは真っ先に詰め寄って来て疑問を投げかけてきた。別にこっちの手の内を逐一ベラベラと喋る必要性はないよな。
「まあ、色々と嚙み合った結果、ということでよろしく」
「ん、了解」
「いや了解で済ませていい案件な訳!?」
「ナナシが全てを開示する必要はない。階層進めたんだから儲けもの」
「う……。ディーがそう言うんだったら。分かったわよ、詮索しない! それでいいでしょ!」
「ん、清濁併せ吞むのも、時には必要」
ほほう、デネボラの方が力関係が上なのか。
しかし俺らは濁のみのような気がしないでもないが、混ぜっ返すのは藪蛇になるから止めておこう。
ドロップ品の魔石は半分こして休憩を入れ、6階へ向かう。
嵐絶からは6階はジャングルだとは聞いていたから驚かないが、高温多湿まで再現されてるとは思わなかった。
ペットたちはツイナが不快そうに身を震わせていて、他は平気そうだ。
ただアニエラとデネボラが「「げ」」とか呟いて、足を止めていた。
あー、女性は嫌がる気候かもしれんなあ。
お読み頂きありがとうございます。
誤字報告してくださる方もお手数をお掛けします。
全然城落ちてないな。ダンジョンだと高さ足りないので仕方ないんですけどねー。




