273 お使いの話
リアル回です。
「ええと?」
渡された紙を隅から隅までじっと見る。
や、メールやなにやら飛ばせば済む時代に手書きの紙とな……。
朝方に母親に「はい」と渡されたB5サイズ紙には、びっしりと細かく地図が書き込まれていた。
一緒に「これも」と渡されたのは青いカードキー。つまりは地図に描かれた場所に行って、このカードキーを使えということなんだろう。何に対してなのかさっぱり分からんが。
詳細もなくいきなりはやめて欲しい。
それにポイもコイも連れていけないし、単独で行くようにとのお達しである。
道中の安全は確保されてるか、危険が迫ったら実力行使で排除して構わないのかのどちらかだろう。念の為、武装して行くとしよう。
「陰から着いていきましょうか?」とか言っていた翠も、隠れていた場所からベリッと剥がされ、訓練メニューを言い渡されていた。
「ひえええっ!?」という悲鳴が聞こえたが、俺には何も出来ん。強く生きろ義妹よ……。
昨日は1度ログアウトした後にゲーム内にトンボ帰りして、聖霊ちゃんに名前を付けてきた。
後から加わったヤトノを先に名付けて、聖霊ちゃんが最後というのは申し訳ないやら何やらで心苦しいものがある。
最初は水の聖霊だから「ミレイ」にしようと思ったが、それだと「ルレイ」と被りそうだったのでちょっと捻って「ミミレレ」にしてみた。
名付けた途端にピカッと光って、手乗りサイズだった背丈が倍くらいになったのはびびったが。ステータスをロクに確認しないでゲームを出てきたから、次にログインしたらよく見ておかなくては。
さて紙に描かれた地図によれば、右下の端の方に「大岩橋」の文字がある。これは都市の西側の駅名だったか?
朱鷺城駅に行って路線図を確認してみれば、西の端の終点である。ここって確か重要研究所やらを内包した倉庫群があったような……。
都市の外郭に近い場所だから、警備のサイバーノイド以外にはあんまり人もいない筈だ。
軍の任務でも行ったことはないが、幼少の頃に外部見学で足を運んだ程度かなあ。
西に向かう路線に乗ると、7つ目の馬真路駅でゴッソリ人が降りて行って、この車輌には俺だけになる。前と後ろの車輌に数人だけで、全部で10人もいねーな。
もし、襲撃してくるならこの時点で絶好の機会の筈。
緊張しながら油断無く気配を探っていたが。駅ごとに1人減り、2人減り、大岩橋駅に着く前には誰も居なくなっていた。
何だこれ、構えていた自分が馬鹿みてーじゃん。緊張を返せ、全く。
大岩橋駅の周辺は西側に高い白い壁。あれから外側はエネルギーシールドがあって、この前警備に駆り出された「黒い棒」の領域だ。
近辺には10階建て程度の建物が数棟と、人工林や人工湖などが広がっていてピクニックにはもってこいの立地である。桜と桃と金木犀が満開となっていた。季節ごっちゃにしすぎだろう!
ただ「黒い棒」様のせいで誰も寄り付かんがな!
駅のゲートを出たところには製図人形が立っていた。バイザーを着け、青いジャケットを羽織った身長190センチメートルくらいの顔がのっぺらぼうの人型である。
案内用のサイバーノイドかな?
「ヨウコソ、イラッシャイマシタ。ワタシハ、コノサキヲアンナイヲスルPPS0856971ト、モウシマス」
「はあ、お手数をお掛けします……?」
シラヒメより片言な人形だった。
P型は旧式だった筈だが、まだ稼働してるやつがいるとは驚きである。
この辺に配置するならこの程度のサイバーノイドで足りるんかな。
PPSくんはこちらですというジェスチャーをして、先導するように歩き出す。
念の為、渡された地図の通りに進んでるか確認しながらPPSくんに着いていく。
もしこいつが狂っていて、襲ってこないとも限らんしなあ。
最終的に予想は杞憂に終わり、塗装剥がれと錆びに覆われたシャッター前へと辿り着いた。
渡された地図通りであるんだが、これならこんな細かい書き込みはいらなかったんじゃあないかな……。
しかし道中は建物の裏に回り込んだり、体を横にしないと通れない狭い道を抜けたり、廃材の置かれた倉庫の中をジグザグに進んだりする迷路状の経路だった。
何を考えてこんな所に目的地を設定したのかなあ。
というか、そういう所を指定した母親も何の意図なんだ、何の?
PPSくんはシャッターを指して「コチラデス」と言うと、踵を返して来た道を戻っていく。ホントこれだけのために待っていたのかい。ご苦労なことだよ。
ざっと見て、使われなくなって10年以上20年未満といったところだろうか?
カードリーダー的な物がないので、シャッターは手動か何かかねえ。
試しにカードをシャッターの前でヒラヒラ振ってみたら、何やらロックが解除された「ガシャン」と音がして、シャッターが開き始める。
「キイキイギリギリゴリュゴリュガリャガリャ」という軋み4重奏と共に。残っていた塗装と一緒に錆びもバラバラと剥がれ落ちていく。
使ってないにも程があんだろうよ、これ。くそ喧しいわ!
結局、シャッターは全開放する前に5分の4程度開いたところで動かなくなった。整備してなさ過ぎだろう。
中は真っ暗だったが、足を踏み入れると天井全体がオレンジ色に点灯する。真っ直ぐ伸びる通路になっていて、そう遠くない所に突き当たりがあるようだ。
突き当たりは何の変哲もない無骨な扉だった。
これは左端にスリットがあったので、カードを通すと簡単に開く。
「うわ……」
開いた扉の向こうにはだだっ広い部屋があり、中央に真っ黒い何かが宙に浮いていた。
部屋の中央に制御盤らしきパネルが付いた四角柱が突き出ていて、それを覆うような感じで黒い外套みたいな物がある。
糸か何かで天井から吊り下げてるようには見えてないので、本当に浮いているらしい。
後ろから覆い被さるように形成する生体装甲みたいなもんかな?
軍の参考資料で閲覧したことがあるが、これがそれとは限らない。
やはりこれを受領してこいってことなんだろうなあ。パネルには生体認証するために手を置く所と、カードを差し込むスリットがある。
やってる最中に背を向けたら、絶対にこの黒いのがガバァっと来るな。被さるだけならまだいいが、モシャモシャと喰われたりしないだろうな……?
一応黒い外套の周りをグルリと回って観察してみる。
表面上の面積だけならば上半身を覆って余りあるくらいか。表面には無数の刺が突き出ている。一際長いのが背中から2本と腰の辺りから1本あるが、触手にしては太い。一般的な触手がどれだけのモノかは全く知らないが。
内側は吸い込まれそうなくらい真っ黒である。
闇が押し込まれているような気がしてならない。端末に付属しているライトで照らしてみたが、奥面に辿り着く前に闇に喰われてってるみたいに光量が乏しくなってる気がする。なんだこりゃ……。
触れたら即時消滅しちゃわないかな。
1分後の俺は生きているのだろうか。
「どちらにしろここまで来たからには、受領しないという選択肢はないんだよなあ」
手ぶらで帰ったら家から叩き出されそう……。
ええいままよ!
足踏みするより、よりよい未来を目指して進むしかあるまい。真っ暗だが。
黒い外套を背に、パネルに左手を叩きつけてカードキーをスリットに叩き込む。
「ピピッ」と音がしてパネルの内部で「ヴォン」と何かが鳴動し、背面の外套の気配が増大した。
増大するって生きてんのかコイツ!?
と思ったのと外套が降ってくるのが同時だった。頭の中で何かの声がした瞬間、激痛が全身を襲う。
「ぎっっっっ!?!?」
例えるなら毛細血管の先端から何かが潜り込んでくるような、体が真っ二つに裂かれて大きな力で握りつぶされるような。激痛か、苦痛か、何なのか分からんありとあらゆる痛覚に対抗するように吠えて対抗したような気もするんだけど、途中で意識も何も闇に覆い尽くされた。
「……はっ!?」
気が付くとパネルに覆い被さっている自分に気が付いた。
パネルだった物は光が消え、背にあった外套すらもその形は消え失せている。
体の各部をゆっくり動かし、不具合がないことを確認した。痛みも嘘のように消え失せている。
だだっ広い部屋は最初より光量の落ちた灯りでやや薄暗く、天井の一部ではショートしているのか火花が散っていた。さっきよりみすぼらしくなったか?
端末で時間を確認したが、部屋に入ってから20分くらいしか経過してない。
「なんか狐狸にでも化かされたみたいだなあ……」
部屋を出て通路を抜け外に出たところで、内部の灯りが「バツン」と落ちた。もう用済みの施設となったんだろう。別の意味で気味が悪いな。
駅まで戻る途中、錆だらけのコンテナに寄りかかって機能停止しているPPSくんを発見した。
「こっちもか……」
PPSくんに手を合わせ、黙祷を捧げる。お疲れ様だよ。案内をありがとうな。
駅で帰りの車両を待つ間、黒い外套が覆い被さった時に聞こえた声を思い出す。
「『けんのうをおかえしします』ってどういう意味なんだろうな?」
きっと家に帰ったところで誰も教えてくれないんだろうなあ。
端末に届いていた翠からのメッセージには「タスケテ……」と書かれていた。
とりあえず3時間待ってて貰うしかない。
ゲームみたいにポータルとか使って帰れたりはしないからな、うん。
お読み頂きありがとうございます。
毎回誤字報告してくださる皆さまも、ありがとうございます。
仕事の暇な時間とかに執筆している携帯(誤字にあらず)がそろそろ限界です。PPSくんみたいにある日いきなり機能停止しかねない。15年くらい愛用してるんですがねえ。




