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272 閑話 ~やらかすものたち~

「おや」

「……おう」


 商業ギルドにある各クランハウスに繋ぐ扉の前で、レンブンとオールオールはバッタリと出会った。

 レンブンはここで会うとは思っていなかったことで少しの驚きを隠さず、オールオールは少しの気恥ずかしさを感じてそっぽを向いて頬をかく。

 2人とも示し会わせた訳でもない、ただタイミングが噛み合っただけの偶然である。


 話をしようとは思ったがこの場で話すとヤバい単語も含まれることから、手早くクランハウスへの扉を開く。

 2人は薄暗い廊下から、暖かみのある玄関ホールへの移動を果たしていた。


「お二方とも、お帰りなさいまし」


 嬉しそうな涼やかな声が2人を出迎える。

 何時の間に現れたのか、目の前にはメイド姿の少女がお辞儀をして2人を歓迎してくれていた。

 その周りにはぬいぐるみが4体。ぴょんぴょん跳ねて嬉しさを表現している。


「あ、ええと?」

「確か、ルレイさんでしたね」

「はい、ルレイと申します。お二方もご主人様同様、私に敬語は不要ですよ」


 ルレイは軽く一礼して笑顔を浮かべる。その後ろからはぽいんぽいんと跳ねてきたアレキサンダーが、「どうしたの?」とでもいうようにレンブンとオールオールを見つめていた。


「アレキサンダーさんもこちらにいらっしゃったのですね」

「はい。お兄様たちは昨夜からこちらに。ご主人様はお休みになられています」


 つまり、ナナシはログアウトついでにクランハウスへ戻り、ペットたちを置いて行ったということなのだろう。

 アレキサンダーの後ろからツイナとグリースもやって来て、2人を不思議そうに眺めている。


 ルレイとぬいぐるみとアレキサンダーとツイナとグリース、全部で18の目に気圧されたものの、オールオールはこっちに来た理由を口にする。


「あ、えーと、部屋を確認しに来たんだ、が……」


 ふと視線を感じて下を見れば、足元にはパンダのぬいぐるみのバターが近付いて来ていた。オールオールを見上げているバターはクイクイとズボンを摘み、付いてこいと言っているようだ。


「案内をお願い致しますね、バターさん」

こくこく


 ルレイの言葉に大きく頷いたバターは先導するようにちょこちょこ歩き始める。オールオールとレンブンにはその歩みに「キュッポキュッポ」という幻聴が聞こえてくるようであった。

 バターはロビーの突き当たりにある幅の広いの階段を上り、東側の廊下へ2人を案内する。

 大きな窓の続く廊下を進み、突き当たりを右に曲がる。その先には左側に扉が3つ、右側に2つ並ぶ廊下が続いていた。

 突き当たりには殊更(ことさら)大きな窓があり、道路を挟んだ対面の大きな屋敷の一部が見えている。

 バターは左側に並ぶ3つの扉をポンポンポンと叩き(実際には扉と扉の間が広いので、ポン、たったかたー、ポン、たったかたー、ポンという感じだが)2人の前へ戻ってきて、両手を上に上げてから扉を示した。

 この3つの内から選べということらしい。


「ありがとうございます、バターさん」

「おう、サンキューな」


 レンブンとオールオールが礼を述べると、バターはぴょんぴょんと跳ねて喜びを表す。

 そして2人にばいばいと手を振って、仲間の元へと戻っていった。


「…………」

「どうしました、オールオールさん?」


 バターの後姿を劇画調の強張った表情で見送るオールオールに、レンブンが首を傾げる。


「……アレ、ナナシが作ったってのは、マジで?」

「ああ、魔女の使い魔らしいですね。4体ともナナシさん作だそうですよ」


 ルレイの周りに固まっていた羊と牛とクマとパンダを思い浮かべたレンブンが頷く。

 4体揃っていると実にファンシーな空間が出来上がっていて、心がほっこりするとレンブンは思っている。


「アイツがどういう顔であんなファンシーなぬいぐるみを作っているのかが想像できねえ」

「そこを考えたら負けなような……」


 オールオールの疑問はもっともだが、やること成すこと騒動に発展するナナシの所業に今更突っ込むのも(はなは)だ疑問だ。

 身内のような仲間となった今では、笑って受け流した方が心穏やかに過ごせるのではないかと考えている。


 とりあえず、曲がり角に近い方の部屋をレンブンが選び、その隣をオールオールが使うことにした。

 内装には最低限のベッドや衣装棚など、1人使い用のテーブルに椅子が揃っており、床にはふわふわな感触のカーペットも敷かれている。改めて揃える物など何もないようだ。


「これでこの支度金をどうしろと……?」

「天蓋付きのベッドなどを改めて購入するとか、ですかねえ」

「逆に落ち着かなくて眠れねーよ!」


 ベランダも広く、3部屋分が繋がっていた。数家族でバーベキューでも行えそうな広さだ。

 途方に暮れて部屋の外へ出てみたが、ベランダなら遮られることはなかった。

 ただベランダの欄干の外は手を伸ばすことは不可能で、視認出来ない壁で遮られている。

 壁を叩いてみたが音はなく、オールオールが困惑しているところでレンブンが合流した。

 彼の方も部屋の家具は揃っているらしく、文句の付け所はないそうだ。


「正規の方法でこの街に入らなければ、屋敷の外に出ることは叶わないということですが……」

「狂暴な魔物が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する森の中を抜ける他、何か条件があるとか言ってたな」

「ナナシさんの保有する戦力であれば、森を横断するのは苦労しなさそうですね。しかし、それ以外の条件の具体例がないというのは、特殊な状況下でないとダメなのか、それか危険な物事に抵触するものなのでしょうか?」

「俺もそこまでは聞いてねぇな」


 オールオールは考えながら、好奇心の目は隣の屋敷の門番へ向かっている。それは頭部が丸々青い羽毛で覆われた鳥の獣人である。

 プレイヤーのキャラクタークリエイトであれば、絶対に選択出来ない容姿だ。質問しに行こうとして、屋敷の玄関口で見えない壁に激突して引っくり返ったのは苦い思い出である。


「そういえば掲示板で話題に上がっていましたが、ダンジョンの構造を変えられたのですか?」

「ああ、あれか。そうだな。混ぜ込み過ぎのコスト掛かり過ぎなんだよ。色々とコストカットしといたから、プレイヤーでももうちっと楽になるだろうよ」


 何かを思い出しながら苦い顔をするオールオールの苦労が(しの)ばれる。

 とはいってもその結果はダンジョンの快適性(?)に繋がることなので、手放しで喜ぶわけにはいかないが。


「あのシャークレイスが出現しなくなったりするのですか?」

「あー、あれなあ……」


 ガリガリと頭を掻き毟るオールオールは言葉を濁すが、他に聴衆もいないこともあって「ここだけの話だが……」と続けることにした。


「あいつダンジョンの湧きモンスターに入ってなかったぞ」

「はあっ!?」


 言葉を待つレンブンの反応を窺いながら、オールオールがボソッと呟いた発言は驚愕の一言だった。

 その話が真実ならば、あのプレイヤーを悩ませるボスクラスのシャークレイスは純粋なノーマルモンスターということになるのかもしれない。


「どういうことですか? シャークレイスはボス敵ではなく、モブ敵だったと?」

「たぶん、放置されまくった結果、育ったというか進化したというか。プレイヤーが来るまでダンジョンに殆ど地元民が入り込まなかったことも相まって、アンデッドエリアという食事場で急成長を遂げたんだろうな。似たような事例で通路の一角を占拠したゴブリン共が、キングを発生させないように調整した状態で、ゴブリンシャーマンが群れを率いている。ありゃ、相当頭いい奴らだぞ」

「そちらもダンジョンの管理下でないと?」

「アンデッドの群れをけしかけてもいいが、ダンジョンから外に出られないからな。通路に撤退されたら手も足も出ねえよ。コストも度外視できねえし」

「ダンジョンも蓋を開ければ世知辛いですね」


 どちらにしても双方ともプレイヤーにどうにかしてもらわないといけない訳だ。ナナシに依頼すればゴブリン側くらいはさっさと壊滅させてきそうではあるが。


「ぴゃあ!」

「ぽー」

「ちー!」


「ああ? なんだありゃ?」


 ベランダの下から聞こえた声を頼りに下を見れば、辛うじて視認出来る位置に小さな3体の姿が見えた。

 レンブンもそっちに目をやって「ナナシさんのペットですね」と呟く。


 全長30センチメートルくらいの白蛇と背丈20センチメートルくらいの半透明の少女はまだいいが、その2体に挟まれる間にいる15センチメートルくらいの先端に葉が1枚付いた「人」型の何かはオールオールの記憶にはない。


「ああその方は、先日オールオールさんと別れた後に生まれたばかりの、ヤトノさんでしたかね。たしかトレントだとか」

「はあっ!? またペットを増やしたのかよアイツ!」


 オールオールが呆れるのも無理はない。これでナナシが所有するのはペット6体、使い魔6体(内ぬいぐるみ4体)の大所帯となる。しかし他のプレイヤーには全部纏めてペットだと思われている節があるのだ。

 ルレイだけは人の目に触れることはないので、ペット7体という前代未聞のテイマー扱いとなっているのを、本人だけが知らない。


「ちー」

「ぴゃああ」

「ぽー」


「何であんなんで会話になってんだ……」

「シラヒメさんがいれば通訳が可能だとは思いますね」

「居たとしても、俺らの頼みを聞いてくれるもんかね?」


 逆に会話を理解するのが怖くて、オールオールとしては率先して聞きたくはない。飼い主自体が非常識の塊なのだ。ペットもその恩恵を受けていたとしても驚かない。


「ちー」

「ぴゃああ」


 白蛇ことケツァルコアトルであるアスミと、半透明の少女こと水の聖霊(・・)であるところの聖霊ちゃんが、木の苗みたいなヤトノを挟んで言い合いをしているように見える。


「ちー!」

「ぴゃあ!」


 聖霊ちゃんが手を大きく振ると、ヤトノを囲むように極小さな範囲に霧雨のようなものが発生した。

 オールオールたちから見るとキラキラと輝く、銀糸のような雨じゃない別のもののようだ。


「ちー」

「ぽー?」


 対するアスミはそれを見て呆れたように尾の先を垂らし、よく分かってない風のヤトノはキラキラの雨を浴びた瞬間に光輝く。


「なんだありゃ!?」

「ペットも無自覚にやらかすものなんですねえ」


 上から見てるだけのオールオールは驚愕するが、嫌な予感しかしないレンブンは溜め息を吐いて肩をすくめた。


「ぴゃあ!?」

「ちー……」


 輝きが治まった後に現れたヤトノではあったが、頭の上の葉が1枚から2枚に増えていた。それに心なしか2枚とも朝露に濡れたようにキラキラが増している。

 アスミも無言になっているし、聖霊ちゃんも「やっちゃった……」というような表情で唖然としている。


 上から見ていただけのオールオールとレンブンではあったが、視線を合わせて頷く。


「「よし、見なかったことにしよう」しましょう」

 お読み頂きありがとうございます。

 前話(掲示板)を少し足しました。

 ハイポーションの件はオールオールさんのやらかしです。

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― 新着の感想 ―
聖霊ちゃんと神霊属性の蛇が互いに水あげたらもっと成長しそうだな
成長しちゃったのは想定外だけど結果オーライって奴じゃない?たぶん(苦笑)
可愛いなぁ。ヤトノちゃん成長した?
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