264 情報提供の話
マジで使いづらい……。
嵐絶の指定してきた宿は5階建ての大きなホテルだった。
嵐絶のクランメンバーの人数は、あるブイ内で1位2位を争うくらいには多いらしい。
ヘイズに駐留しているのは中核メンバーを含む本隊だという。普段はレベル帯に別れ、各地に散っているそうだ。
まあ、ホテルまで辿り着く道中が1番騒がしかったけどな。原因は聖霊ちゃんだとは思う。
擦れ違う人たちの大半がふよふよ浮いている聖霊ちゃんを見てギョッとし、2度見してまたギョッとするを繰り返していた。
特に住人のエルフの反応がヤバかった。
目を丸く見開いて、わなわなと震えながら聖霊ちゃんを指差し、膝から崩れ落ちる。まるでこの世の絶望を全て背負っているような影を纏わせていたが、大丈夫かあれ。息してる?
ホテルの1階にある酒場の中は天井が低く、ウチのペットはシラヒメとツイナが入れない。
2体だけは仕方なく外に出て、食い物だけを提供してもらうことになった。
巨体だからしょうがないね。
通りを行き交う人々の注目を集めているが、プレイヤーの大半は俺のペットだと知ってる筈だ。
住人はどうだか知らないが、見た目猛獣に手を出す奴はほぼいないだろう。それにアレキサンダーも気を使ったのか、グリースとアスミを連れて外へ出てしまった。
嵐絶メンバーの中でアレキサンダーを撫でたかった人たちが、残念そうな顔をして彼らを見送っている。
いやそれ以上に聖霊のことについて誰もが何か聞きたそうだったな。
聖霊ちゃんはスキルに紐付いているため、俺からあまり離れられない。レンブンにも言われたが、エルフ以外に視認出来る精霊種ってだけで相当にオカシイ存在らしいからなあ。
「改めて久しぶりだなあナナシ!」
ジョンさんが盃を掲げながら上機嫌で背中を叩いてくる。防御力を上げておいたほうがいいかね。
一応クランマスターということで、改めてメンバーであるレンブンとオールオールを皆に紹介する。
レンブンは冷血の魔術士として有名で、嵐絶のメンバーの幾人かは信じられないという顔をしていた。
オールオールは生産職という肩書きで通す。
ジョンさんが眉をピクッとさせていたが、見なかったことにしよう。
視界の端でルビーさんが今か今かと自分の出番を待っている。すっげー何か聞きたそうな顔をしてるよ……。
「これでちったあ攻略が進めばいーんだがなあ」
「あー。レンブンに聞きましたが、とっかかりがアンデッドだらけだと。それなら俺でもなんとかなりそうだ」
「お? まだ行ってもいないのに大きく出たなあ。それなりに頼りにさせてもらってもよさそうだな、ははは」
ジョンさんは大機嫌だ。
いや、大言壮語は出任せなんかじゃないんだけど。【死霊術】を持つ俺ならばアンデッド相手は脅威ではないからだ。
パーティメンバー内であればアンデッドに襲われない効果が作用するのが分かっている。
クランで行動するなら大丈夫だと思うが、複数パーティリンクだとどうなるかが分からん。
「神出鬼没のシャークレイスがネックなんですよねぇ。壁や床から突然出て来て、HPを削って行くから」
「あれ1匹いなくなれば塔までは楽になるんですよね」
サブクランマスターのマイスさんとルビーさんが眉間にシワを寄せて愚痴っている。
シャークレイスというのがレンブンの言っていた頭の痛い原因となるモンスターだろう。
レイス系なら障害物を物ともしないため、壁や床を透過して現れての攻撃が可能だ。
HPやMPを削ったり、異常状態を与えるなんてお手の物だから、始末に負えないんだろう。
「あんたにはちょいちょい世話になったが、まさかうちよりナナシの方を選ぶとはなあ」
「ええ、その節は申し訳ありませんでした。ナナシさんには個人的に色々と借りを重ねていまして。こうでも致しませんと返せる場がないのですよ」
ジョンさんがレンブンに向ける目付きは剣呑だ。その視線をのらりくらりかわしながら、こっちに責任転嫁しないで欲しい。
俺はレンブンにそんな貸し借りはないと思うが、ジョンさんの勧誘をはね除ける要因を勝手に作られてる気がする。
「で、あんたは生産職か?」
「ああ」
ジョンさんの訝しげな視線にも全く動じないオールオール。相変わらず肝が据わってんなあ。
「ナナシさんの下で何を作ってるのかチョー気になるんですがー?」
ここぞとばかりにルビーさんが身を乗り出してくる。
それよりうちのクランに上も下もねーから!
そう思いながら2人を見るが、レンブンとオールオールも「そのように」とばかりに頷いてる。クランマスターだからって俺は偉ぶる気はないからな!
「例えばこんな物とかな」
オールオールが無造作に取り出した瓶をテーブルに置く。ってもう出すのか。
「手に取ってもいいですか?」
「構わんぞ」
マイスさんが慎重に瓶を手に取り、鑑定スキルか何かをかけて息を呑む。横から顔を出したルビーさんも同様だ。
その結果をこっそりとクラン会話か何かでジョンさんに伝えたんだろう。
「なんだと!?」と声をあげたジョンさんに酒場の皆の視線が向く。
「どーかしましたかクラマス~?」
「ビギナーさんと揉めるのだけは勘弁してくださいよ~」
「穏便に、穏便にお願いしますね~」
「悪いことをしたら謝ってくださいね、クラマスー」
「誰も彼も保身に走ってて草」
外野からジョンさんにかけられる声は、最後の一言が全てを纏めていた。アットホーム的な辛辣さだ。 というかむしろ俺が恐れられてて草、と言いたいんだが……。
「お前らなー!」
「「キャークラマスが怒ったー!?」」
楽しそうな会話を嵐絶のクランメンバーと繰り広げた後で、「ちょっと来い」と引っ張られて個室に押し込まれた。
「何だこれは! 上級ポーションだと!? どうやって作りやがった!?」
「それはもうオールオールが作ったとしか、なー?」
「ええ、オールオールさんが苦労に苦労を重ねて、試行錯誤を繰り返した挙げ句、素材を大量に消費して漸く完成させた1品ですよ。凄いと思いませんか?」
実体験のように気持ちを込めて語るレンブン。お前詐欺スキルとか持ってるんじゃないか?
嘘出任せだと分かってる俺も信じそうになるぞ。
レンブンは俺の視線に気付くとニヤリと笑う。確信犯か。
「今はまだ偶然に出来たような代物だから、安定供給なんぞ当分先だ。だから現物はそれ1つだけだな」
「へ、へー」
ルビーさんがおっかなびっくりで上級ポーションをオールオールに返却する。
実はそれ、ダンジョンマスターの半日分くらいの稼ぎなんだぜ。コストパフォーマンス的に言うとまだ安い方らしい。
詳しく聞いた訳ではないが、ダンジョン内にモンスターを配置するよりはまだ安上がりなんだとか。
「これを提示するってこたぁ、共同開発に協力しろということか? それとも別の狙いがあったりするのか?」
「まぁ、今言った通り偶然の産物に近いからねえ。まだ生産性の見通しは全くたっていないし、引き続きオールオールには継続して開発を進めてもらうだけだなあ」
ついでにとばかりトレントの実を取り出してマイスさんに渡しておく。
「これは?」
「ある薬の材料の1つ。広めるも、秘匿するも好きにしてください。こっちはレンブンに掲示板に出してもらうけど。いいよな?」
「ええ。ナナシさんからの品物は前から掲示板には出していますからね。今回もそのように」
事後承諾になるがレンブンに話を振るとにこやかに頷き、早速ウインドウを開きポチポチと書き込んでいく。
その向こうでは嵐絶の3人がトレントの実を鑑定したらしく、盛大に噴き出していた。
「ナナシイイイぃーッ!? こんな重要アイテムをポンと渡すなああっ!?」
「ととトレントの実って、実って!? 今初めて聞いたんですけどっ!? それにエリクサーの材料!? 実在するんですねエリクサーって!」
「これってヘイズに来る途中に出るトレントから採れるんですよね? 新発見ですね」
ジョンさんとルビーさんは取り乱していたが、マイスさんは冷静だった。他の2人の慌てっぷりに1周回って感情が落ち着いたらしい。
「これはこれ! それはそれ! 今最大の疑問ポイントはそれです! 何なんですかそれは!?」
錯乱ついでに、すびしぃっ、とルビーさんが俺の隣にふよふよ浮いている聖霊ちゃんを指差す。
指差された聖霊ちゃんはというと、俺のコップから少量の果実水を珠にして空中に浮かべながら味わっていた。
軌道衛星コントロールセンターに初めて行った観光客が、必ず受けなきゃならない無重力体験教室の一例みたいだなあ。
「そうだ! なんでエルフじゃない俺たちにも見える精霊なんて連れてんだよ!?」
「水の精霊だという話ですが、クランメンバーの精霊使いの方によると少し違うらしいんですよね?」
テーブルをバンバンと叩きながらジョンさんが声を大にする。
マイスさんは聖霊ちゃんをじーっと見つめて考え込んでしまった。
とりあえず簡潔に聖霊ちゃんが手元に来た経緯を説明するか。
「砂漠でアスミが水の精霊の核を拾ってー……」
「何で砂漠に精霊の核なんか落ちてんだよ?」
「よく見つけましたね。あんな砂だらけの地帯で」
「アスミさんってケツァルコアトルでしたよね! 何かの因果関係があるんでしょうか!?」
「スフィンクスに対処法を聞きに寄って……」
「そう言えばアレに製造法を聞きに行けばいい話だよな?」
「とは言え、聞けそうなメンバーは全員ここに固まっていますから。そうなると、あちらに行く用事を作らなければなりませんね」
「いいなー。私もアレコレと聞きに行きたいです、クラマス~?」
「……また今度な……」
ジョンさんはルビーさんのおねだりに弱いようだ。
「手持ちにどうにか出来る手段があったんで、それを行使した結果がこのように……」
「このように、が何がどうしてどうなったら万人に視認出来る形になるんだよ?」
「ということは、ナナシさんは精霊使いのスキルを手に入れたんですか?」
「ああ、うん。聖霊使いのスキルを取得したな」
「そのどうにか出来る手段というところを詳しくっ!」
「色々とヤバいと思いますので、秘匿した方がいいかと具申しますね」
「そんなああああああっ!?」
割り込んだレンブンのニッコリ笑いを伴う拒否に、ルビーさんが絶望の悲鳴を上げる。
神器を使用した聖霊の進化方法なんて開示するもんじゃないわな。……たらいの形をした神器だったとしても。他に大工道具の神器もあるが。
「まあ、その辺を根掘り葉掘り聞きだす気はねエよ。また他に金になりそうな情報があるんだったら売ってくれ」
「んー、情報かー」
「あるんですか!!」
「ルビー。あなた、しつこい女は嫌われるわよ……」
オールオール拾ったろ。
そんでイビスからヘーロンと砂漠越えてリーディア行って、ギルドでクランの扉開いたと。
ヘイズでも扉を開通させて、ジョンさんたち嵐絶と合流したくらいか。
特に売り払うような情報はないな、うん。
「今のところはこれと言ってないですね」
(なあ、あれはマジで言ってんのか?)
(ナナシさんの中ではどれも取るに足らない出来事なんですよ。なので私たちも見なかったことにしておきましょう。その方がいいと思いますよ)
だから聞こえてるんだって。
お読み頂きありがとうございます。
ここまでのステータスを載せようと思ったんですが、投稿フォームに置いておいたもので処理が追い付いておりません。




