261 ヘイズに到着した話
「やっぱりこうなったか……」
「こうなりましたねえ」
オールオールとレンブンが沁々と呟くのを、俺は努めて聞こえない振りをした。
漸く到着したヘイズの門をくぐり抜け、街の中に1歩踏み出したところである。
正面に見えるのは天まで届こうかという1本の塔。
先端は青空の更に上、群青色の宇宙の彼方にまで至り、か細くなって視認することは出来ないようだ。
【鷹目】を使っても終点は全く分からない。
「先端は軌道衛星コントロールセンターにでも繋がってるのかな?」
「いや、ファンタジーにそんなもんあるかーい」
「まあ、そう思う気持ちは分からないでもありませんが。まずナナシさんは周りに目を向けましょうよ」
「やっぱ見ないとダメかー」
「がう」「メェ?」
「いやいや威嚇しないでいい、いい」
「コケッ!」
「ちー」
背後でツイナがふんすと力むのを感じ、のどを撫でて落ち着かせる。
同時にグリースが前に出て翼を広げ、その鶏冠にアスミが宙に浮きながらちょこんと乗ったことで、周囲にどよめきが走った。
チラリと視線を巡らす。
ヘイズの西の街門前広場で、こちらを窺っている者の大半はプレイヤーだろう。聞こえてくる途切れ途切れの会話の中で、共通する単語だけを抜き取ると「ビギナーさん」「来た」「ダンジョン攻略」「やってくれる」などだ。
一介のプレイヤーに掛けてくれる期待が重くないかなあ。
レンブンにペット同伴で泊まれる宿(高級宿しかない)に案内してもらう途中で余りに視線がウザくなったため、5割くらいの密度を込めた【威圧】を全方位に放射する。
途端に左右の道の端に寄っていたプレイヤーらしき連中が、バタバタバタとドミノのように倒れていった。
ただプレイヤーだけじゃなくて、ペットも混じっていたようだ。牛や兎や羊なんかも泡吹いてのびている。サモナー連中だったのか、あれ。
「ぶっ!?」
「ちょっ!? ナナシさん、何をやったんですか?」
「静かにさせただけだぞ」
同時に脳内にアナウンスが流れる。
━━1度に100人以上に【威圧】の効果を及ぼしたことにより【畏怖】スキルを手に入れました。
100人もいたのかよ。ストーカーして何が楽しいのかね?
煩わしい視線がなくなったことで、そわそわしていたツイナたちも大人しくなった。
俺が排除しなかったら、グリースたちが実力行使に出ていたかもしれん。阿鼻叫喚の地獄絵図にならなくてよかったー。
「いや、別の意味で掲示板が大混乱だぜ」
「書き込んでた人たちが、あの倒れた人たちのようですね。いきなり書き込みが消えたので、他の人たちがパニックになっています」
移動しながら掲示板見てるんじゃねーよ。道理で道中静かだと思ったわ。そういうことだったんかい。
俺もそんなに話題が豊富な訳じゃないから、助かっていたがね。
その日は宿を取って、飯を食って就寝した。あちこち行く用事は翌日に纏めて済まそう。
オールオールはとっととダンジョンに行きたがっていたが、もう目と鼻の先だし逃げやしないから数日くらい待ちましょうね、とレンブンが諭してくれた。
翌日に宿を出ると、10人程の見知った人たちが出待ちをしていた。
「来たかナナシ!」
「どうもお久しぶりです」
嵐絶のクランマスターのジョン・ドゥさんと、サブマスターのマイスさんと中核メンバーの人たちだった。
「来るなら来ると知らせろよ。ダンジョンに居たら、外待ちさせてたメンバーからお前がヘイズに来たって知らされて、慌てて出る羽目になったじゃねーか!」
「ああ、どうもお久しぶりです。その節は色々とお世話になりまして……」
ぺこぺこ頭を下げたらジョンさんに「固すぎる!?」と怒られてしまった。
マイスさんが苦笑いをしながらジョンさんを宥めてくれ、他の人たちからは肩や背中を叩かれて歓迎された。
ついでにクランメンバーとしてオールオールとレンブンを紹介したら、「なにぃぃぃっ!?」と驚かれる。何でだ……。
「お前なら絶対嵐絶に入ってくれると思ったのに!」
いやいや、抱えた秘密が多すぎて、他所のクランとかには危なくて入れないって。
「そういえば、赤玉ちゃんとアラクネちゃんはどうしたんですか?」
「ああ、2人はやることがあるからクランハウスで仕事してるな」
「「仕事ぉっ!?」」
歯軋りをして悔しがるジョンさんとは対照的に、マイスさんは俺の背後で大人しくしているツイナたちを見て首を傾げた。居ない理由を話したら他の人たちが驚いていたが、他のペットは仕事しないのか?
「だからギルドに扉を開通させて、今から迎えに行く予定なんだけど……」
「おうナナシ! それなら客として俺らを招待してくれよ!」
ジョンさんが強引過ぎて、真実を語るのが辛い。
「すみません。ちょっと特殊な場所にクランハウスがあって、メンバー以外は入れないんですよ」
「はー、さすがナナシさんのクラン。そっちも規格外なんですねー」
「何だよぅ、ツマンネェなあ」
嵐絶の情報担当であるルビーさんが目を輝かせて、特殊な場所という単語に食い付いてきた。
ジョンさんは頬を膨らませてふて腐れモードだ。アナタ一応いい大人でしょーに。
皆でゾロゾロと冒険者ギルドへ移動する。入り口付近にたむろする人たちが、ツイナたちを見るなり蜘蛛の子を散らすように逃げ出して行った。
「はははっ、怖がられてやんの」
「昨日にナナシさんがたくさんのプレイヤーを昏倒させた結果でしょー。あれ一体何をやったんですぅー?」
「視線が煩かったから、つい」
「「つい」でやる惨劇じゃねーだろうよ。ヘイズにいるプレイヤーの過半数がビギナー恐怖症を発症しかけてるぞ」
「あと、なんかさっきからナナシさんの近くにいると鳥肌が立つんですけど、何かしてますか?」
マイスさんの鳥肌の原因は、昨日得た【畏怖】のスキルの効果だろう。パッシブなので、常時周囲に畏れをばらまくスキルだ。
恐怖か精神系の耐性があれば多少軽減されるようなので、俺の周囲にいればそのうち耐性スキルが生えるだろう。
鳥肌で済むマイスさんは何か耐性スキルを持っていそうだ。それ以外の人は、我慢してもらうしかない。
ギルドでクランに繋ぐための扉代に、こちらでも50万ギルかかった。
とりあえずルレイにレンブンを紹介するため、2人だけで扉をくぐる。
ツイナたちは外で待機させておく。オールオールは俺がパーティに加えてイビスから連れてきたことがジョンさんにバレて、どういう関係か問い詰められている最中だ。
ダンジョンマスターということがバレそうになったら、ツイナたちに会話を邪魔してやれと言い含めておいたので、たぶん大丈夫だろう。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ああ、ただいまルレイ。留守中に変わったこととかなかったか?」
「いいえ、特には。そちらはもしかして新しい住人の方ですか?」
扉の先にはホールの真ん中に、俺が来るのが分かっていたかのようにルレイが佇んでいた。
足元にはびしっと敬礼したぬいぐるみが4体揃っている。
最近判明したんだが、使い魔たちはクランハウス内であれば無補給で活動が可能らしい。
ルレイにレンブンを紹介し、部屋の準備だけしてもらう。
「暇な時に来て、好きなように模様替えしといてくれ」
「成る程、自分の部屋がカスタマイズ出来るというのはわくわくしますね」
「それでルレイ。アレキサンダーたちは?」
「お兄様たちでしたらこちらに」
休眠状態の種を2つ渡された。
だからここで待っていたのか。つーか、俺が居なくても休眠状態になるのは可能なんだな。
「また近いうちに戻るが、王子さんや魔王様からの伝言とかが来たら、用事を聞いておいてくれ」
「はい。分かりました。ご主人様もレンブン様もお気をつけて行ってらっしゃいませ」
ギルド側に出たところでレンブンが青い顔をしながら「今、魔王様って言いませんでしたか?」と震える声で尋ねてくる。
「ああ、クランハウスがある場所が魔族の街なんだ。まあ、詳しいことは後でなー」
「…………え゛?」
冒険者ギルドの外に出て、アレキサンダーとシラヒメを起こす。
「やーやー、待たせ……た?」
ギルド前の通りには恐ろしいほどの静寂が漂っていた。
こちらからはツイナがお座りをした背中と広げた羽根が視界の大半を占め、その向こうにドン引きしているジョンさんたち、嵐絶メンバーがいる。
住人の人たちも驚愕の表情だったり、頬を引きつらせていたりで硬直しているようだ。
その視線が悉くツイナの方を向いているので、何かをやらかしたらしい。
俺に気付いたマイスさんが、わたわたと身ぶり手振りしながら「たっ、たた大変です! ききキマイラちゃんが、キマイラちゃんが!」としどろもどろに伝えてきた。
「ツイナが何かをやったんですか?」
「ナナシさんのお友だちを食べちゃいました!」
「……は?」
「ぐるるる」「メエェ~」
振り向いたツイナの口は堅く閉じられていて、オールオールの胸から下がぶらーんと垂れ下がっていた。
「お、オールオールううぅっ!?」
「し、しぬかとおもった……」
オールオールは気絶しているだけで、死んではいなかった。メチャクチャビックリしたわ!
シラヒメがツイナを殴ってオールオールを吐き出させ、アレキサンダーが唾液でベットベトになったオールオールを取り込んで、ぬるぬると綺麗にする。
マイスさんたちに聞き取り調査をしたところ、ジョンさんが強引にオールオールの詳しい事情を聞き出そうとしたらしい。
そこを俺の命令で控えていたツイナが、それ以上口を開かせないように噛み付いてオールオールを封じたようだ。
最初はアスミが凍結させようとしたらしいが、死亡する危険性があったのでツイナの行為となったとか。
いや、もっと他にやりようがあっただろう?
2人の間に体を割り込ませるとかさあ。
「オールオールさん、大丈夫ですか?」
「おおおお……、おれのじょうはんしんとかはんしんってくっついてるよな??」
「ええ、問題なく人の形をしていますからご安心下さい」
「めのまえがいきなりまっくらになって……まっくらになって……」
「ええ、ええ、大丈夫です。大丈夫ですから、落ち着きましょう」
レンブンが慰めてくれているが、錯乱しかけているみたいでしばらくは駄目そうだ。
アレキサンダーはびょんぴょん飛び上がりながら、ツイナとグリースとアスミにお説教。
嵐絶側ではジョンさんを道に正座させ、マイスさんがお説教をしている。
こりゃあ、今日の予定はここまでかな?
お読み頂きありがとうございます。
最近は博物館とか行ってないなあ……。




