260 試食の話
「そういやヘイズってどういう感じの街なんだ? ダンジョンがあるとしか知らないんだが」
「掲示板に色々情報が載ってたりするんだが。ナナシみたいに見ない奴は、ホント見ないからなあ」
俺がレンブンに尋ねる横で、オールオールが呆れたように呟いていた。
別にいいだろうよ。今のところ、俺は必要としてないんだからさあ。
「まあ、ダンジョン中心の冒険者のために栄えた、という主旨の街ですね。街のど真ん中に大きな穴がありまして、そこに塔が建っているんですよ。そこに行くためには街壁付近から地下道を下って行き、穴の底から塔に入って後は登るだけですね」
「へー。レンブンは入ったのか?」
「臨時パーティや嵐絶に誘われて何度か。とはいっても今のところ、最高到達階層は5階層、6階層というところですね」
「嵐絶でも進めないのか? ジョンさんの性格なら、強引に突き破って行きそうだけど」
笑いながら何でもかんでも食い破るって感じのジョンさんを思い浮かべる。
うん、しっくり来るな。
「掲示板じゃあ、アンデッドの巣窟という話だぜ。鮫のゴーストが手強いとかなんとか」
「そのうちオールオールがそいつらを管理するんだろ? 厭らしい戦い方を今の内に体で学んでおいた方がいいんじゃね」
「肉壁にされそうな気がする……」
「ダンジョンマスターシールドはダンジョンの敵に有効かどうか?」
「ぐるる」「メェ」
「ヒェッ!?」
俺の冗談を実行するように、ツイナがオールオールの襟首をくわえて持ち上げる。吊り下げられ、ビシッと固まったオールオールの顔色がみるみる青くなっていった。
「というのは勿論冗談だ」
「がぅ」「メ~」
「冗談の度合いじゃなかったぞ! 今のは!」
俺のアイコンタクトでツイナがオールオールを放す。
涙目で必死な顔のオールオールからは非難轟々で文句を言われた。
「大人数で突入しても、だいたい3階層までで半分に減ったりしますね。途中のモンスターやら罠やらが中々凶悪でして」
「よし、オールオール! ダンジョンを掌握し次第、初期の罠を減らすんだ! 皆に感謝されるぞ!」
「まだダンジョンが掌握出来るかどうかも分からないだろーが! 楽観的な提案を嬉々として決定すんじゃねーよ!」
「ちー!」
「あ、アスミ終わったか?」
もう少しでヘイズに着くという街道で騒がしいよなあ、俺たちは。
実は街道の南側の森から4体のトレントが現れ、俺とレンブンとアスミとグリースで戦闘をしていた。
出現したトレントの大きさは高さと枝の広がった幅が4メートル×4メートルくらいで、幹が大人1人分くらいの太さだ。これでもまだ小さい方らしく、レンブンが今まで見掛けた物で1番大きい奴は、この倍はあったのだそうだ。
そいつらが無数の根っこを、ヤスデかムカデのようにうぞぞぞぞと動かしながら向かってきた姿は背筋が幾らか寒くなったなあ。
まずレンブンがホーミングミサイルのような10数発の火焔弾で1体を仕留め、俺が身体強化を使った上で闘気を乗せた格闘戦で1体をへし折る。後になって【プラントスレイヤー】が効果を及ぼしていたと判明した。
そして残りをアスミとグリースに任せたのだ。
2人は特に怪我をした様子もなく戦闘を終えていた。トレントたちは輪切りの木材に変えられていたり、腐ってボロボロになっていたりだ。
ドロップ品はトレントの枝とトレントの実。
トレントの枝は魔法職や神官職の、魔法行使補助を担う杖の材料になるようだ。
トレントの実はレンブンも初めて見る品物だという。
見た目は真っ赤な林檎だが、リアルの市販品と違い、大きさが人の頭くらいある。
もしかして大味だったりするんかな?
試しに1つを輪切りにしてみたところ、アボカドのように真ん中に大きめの種があった。これだけでも手の平大だ。
植えたらここからトレントが生えてくるのかね?
【アイテム知識】の情報では天上なる甘露を誇る食材であり、エリクサーを作る材料の1つであると……。
「はいぃっ!?」
「何だ何だっ!?」
「どうしましたか、ナナシさん?」
「……いや、とりあえず食ってみ?」
「すっとんきょうな声上げといて、その繋ぎは無理がないか?」
「ナナシさんが驚くのって珍しいですね」
林檎のように切り分けてから、皿に並べてレンブンとオールオールに勧めてみた。
ペットたちにも勧めたが、アスミだけが端っこにかじりつく。
「ちー!!」と鳴いて、体をブルブル震わせ感動している。
お気に召したようだ。
俺たちはというと、それぞれが果肉のひと切れを手に持ち、「せーの!」で口に放り込んでみる。
「んむ!?」
「んなっ!?」
「むぅむむっ!?」
食感は梨のような桃のような。歯応えがあって柔らかく、細かく砕いた端から口の中で溶けてなくなる。
今まで感じたことのない甘さで、しかもくどくなく。後味は清涼感があったと思ったら、静かに消えていくような感じだった。
一言で表すなら「美味」になる。
この美味しさがすーっと抜けていく感じが1番の感動かもしれない。
しばし俺たちはその場に立ち尽くして、余韻に浸っていた。
「ヤバくないか、これ?」
「確かに。とにかくヤバい代物ですよこれは!」
「ヤバいヤバい。美味さで死ねるかと思うなんて初めてだ……」
「ちょっと待て! オールオールの普段の食生活はホントどーなってんだよ?」
「本当に外食と宅配なんですかそれは?」
「ええい俺のことはいいんだよ! リアルのことなんだから詮索無用だ! ほっといてくれ! それよりさっきナナシがすっとんきょうな声を上げた件の方はどーなんだよ。何だったんだ?」
俺たちのジト目な視線を振り払うように腕をバタバタさせたオールオールは、改めて俺に向き直った。
まあここで誤魔化したとしても、オールオールやレンブンなら掲示板とかで知ることになるかもしれないから、いいか。
「エリクサーの材料の1つ」
「は?」
「え?」
「だから、エリクサーを作る材料の内の1つなんだとよ」
「はああああああっっ!?」
「えええええええっ!?」
何でも、ハイポーションを作ることにも至ってないのに、エリクサーを作る材料なんて危なくて外に出せないそうだ。
「もうこれはナナシさんたちで死蔵するか、食べちゃってください!」
「3個出て、1個食った(半分残ってるが)から、1人1個ずつ……」
「こんな危ない物が持てるかあああああっ!!」
1番死ぬ可能性が低い人が持つべきだと押し付けられた。
いや、俺だって死ぬ時は死ぬからな!
「ナナシさんは未だにビギナー職ですからねえ。倒されたとしてもシステムの救済処置で所持アイテムが落ちたりしませんから」
「それを考えるとナナシがビギナーのままというのは計算ずくのような気がしないでもない」
「別に計算高いとか企んだとかでもないんだが。ギルド側が個人の望む職を用意出来ないのが悪い」
「ビギナー職のデスペナルティはステータスの低下だけですからね。さすがに運営もビギナー職が転職しない素のままで、攻略最前線に食い込むとは思わなかったでしょうに」
夜遅くに帰宅した牙兄貴が、たまーに俺の方を恨めしそうに見ていた時があったが、そんな理由だったのか。こんな所であの視線の意味が分かることになろうとは。
「コケッ!」
「ん、どうしたグリース? これじゃない? ああ、種が欲しいのか? ほれ」
グリースが服の裾を引っ張って何かを訴えてきたので、凝視している先を確認したら半分にしたトレントの実だった。
果肉を切り分けようとしたら首を横に振ったので、種をくり抜いて与えてやると、それを首から下げた小袋に入れてしまった。
ぽっこり膨らんだ小袋を誇らしげに見せつけてくる。
種を卵にする気なのか。
卵から生まれるトレントって何だろうな?
余ったトレントの実はインベントリに放り込む。
ここまで効果が高いとすれば、化粧品に加工しても良さそうだ。ポーションにしたら、何が出来るんだろうな。
料理に使っても良さそうだし、デザートにも適用できるだろう。
出来上がったものが、どういう効果を及ぼすものになるのかが想像つかないが。
まあ、なるようになるだろう。
「このまま行けば、ヘイズ手前の村で1泊出来そうですね」
「俺としては安宿の雑魚寝でいいよ。そっちのほうが気楽だし」
「む。シラヒメ謹製の布団は駄目だと言うのか……」
「ナナシの持ち運ぶ家は色々怖くてゆっくり眠れんわっ!!」
「あれはあれで快適ですが、人前に出せないものだというところがネックですよね」
「飯もうまいんだが、慣れると他のが口にできなくなりそうだ」
「ええ。日本人の口にはやはり醤油があってこそですしね」
「お前ら……。結局感謝してるのか、貶してるのか、どっちだ?」
「出来ればもう少しグレードを落としてくれ……」
「あとポロッと世に出せない情報を零さないで頂けると、心の平穏に役立ちます」
「……考えておこう」
お読み頂きありがとうございます。
ヘイズに着く予定だったのに話が明後日の方向にw




