259 クランメンバーと初めての野営の話
「細波」
レンブンが唱えた聞き慣れない魔法が発動。途端に敵の進行方向の地形が砂地と流れる水に変わる。強いて言うなら、波打ち際を横に切り取ったような感じ。
地を蹴立てて豪快に突進して来た太い角を持つ牛の魔物が、不安定な足元を掬われて横倒しになる。
その勢いを維持した巨体が錐揉みしながら波打ち際を滑って行き、待ち構えていたツイナが前足を振って体に大きな爪痕を刻む。
ツイナのパワーで弾き飛ばされた魔物は、【空間魔法】で設置した小さな四角い魔力体に食い込んで止まる。
腹側から俺の放った槍貫が、分厚い筋肉を抜いて心臓に到達したことでトドメとなった。
「グレートホーンがこうも簡単に討伐出来るとは。ナナシさんたちの火力があると楽ですねえ」
「確かに凄い角だったな。ドロップ品は肉と角と……槍?」
「「槍っ!?」」
ガッシリとした肩幅をゆうに越える角を思い出しつつインベントリを確認する。牛肉の塊と、生きてた頃まんまの角と、太い角をそのまま加工したような槍が入っていた。
どちらかというと、手に持って振り回すより騎馬に乗って使う突撃槍の形状だ。
レンブンは革と肉、オールオールは角と肉がドロップしていたそう。
「さすがの引き、ですねー」
「ナナシのドロップ率は掲示板でよく噂されてたけど、おかしいだろーがよ」
取り出した槍を掲げて見せるとレンブンが嬉しそうに、オールオールが首を捻りながら感心していた。
【アイテム知識】によると……。
「グレートランス、突進距離が長いほど威力倍増。乗馬推奨で、騎士系か戦士系のみ使用可。だな」
「……ふーむ。ややずんぐりした形状ですねえ。格好いい騎士を目指す方などからは嫌われそうな?」
「じゃ、オールオール行きだ」
「何で俺!?」
上から下まで舐め回すように観察したレンブンの評価を元に、突撃槍をオールオールに投げ渡す。慌てて受け取ったオールオールは、意味が分からないと目を白黒させていた。
「俺やレンブンの職じゃ使えない」
「ダンっ……、俺にも使えないどころか扱うスキルもないぞ」
ダンジョンマスターと言いかけて、言い直したオールオール。街道のド真ん中で、誰に聞かれてるかも分からん情報を漏らすなよ。
「いえ、使う使わないではなく。オールオールさんが商業ギルドで競売に出して下さればいいんですよ」
「へ?」
「顔を売り出すくらいはしとくにこしたことはないだろう。定期的に出す足掛かり代わりに」
「ああ。な、なるほど」
「ちゃんと一般の異なる彼方の人として、街にもきちんと顔を出すんですよ。時々ふらりとやって来ては見たこともないドロップ品を売るだけの商人とか、怪しい以外の何者でもないですからね」
「俺がヘイズにいる間なら、プレイヤーの目はこっちに向くだろうが。俺のパーティメンバーとして目撃されれば、痛くもない腹を探られかねんしなあ」
「あー……」
「ツイナさんを連れていれば「ビギナーさんヘイズ入り!」と掲示板が騒ぐでしょうから。私はまあそこそこ顔が売れてますが、オールオールさんはほぼ新参者と思われそうですね」
初期勢であれば名前が売れてたり、クランで有名だったりするらしい。
アルヘナだったらクラン・エトワールのメンバーとして。ハイローだったらクラン・インフィニティハートの前衛として。等々。
ダンジョンに引き込もっていたオールオールは「初期勢の誰ソレ」なんて名前売れしてないからなあ。
レンブンと一緒にちょいちょい外へ出ることを忠告しておいた。
「それにしても今のグレートホーンは楽に転びましたね」
前回同じ道を臨時パーティで通った時に遭遇した牛は、倒すまで凄い時間がかかったらしい。森の中に突っ込んだり、倒れて来た木に邪魔されたりで決定打を与えるまでが大変だったとか。
ちなみにレンブンが使った魔法は【海魔法】というらしい。
海の現象を操る魔法ということらしいが、まだレベルが低いため使える種類はそんなにないのだとか。
「先にブラインド掛けて、目潰ししたからな。目が見えなきゃ平衡感覚は取り辛いだろ」
「攻撃やらデバフやら、ナナシは1人で何役こなしてんだよ?」
「ブラインド、ですか? 神聖魔法のフラッシュとはまた違うのですね」
フラッシュは確か、その場の全域に掛かる激しい光の明滅によるフラッシュグレネードみたいな魔法だろ。事前に宣言して目を瞑っていないと味方も目潰しされるという。
俺の使った魔法に興味ありありなレンブンと、手数の多さに呆れるオールオール。
俺は出番のなかったグリースとアスミを撫でて機嫌をとっておく。
とはいってもここに至るまでに出てきた魔物は牛が初めてではない。
徒党を組んで襲いかかってきたオーク共は、レンブンの放った【溶岩魔法】のバーストボール(対象に命中した途端、激しく燃える粘液質の物体を広範囲にバラ撒く)とグリースの腐蝕の魔眼によって瞬殺された。
鎧と槍で武装した兵士崩れの山賊たちは、アスミの産み出した円柱形のプールによって溺死となった。
アジトの場所を吐かせる暇もなかったと、レンブンが残念がっていた。
全長10mの大蛇は俺が胴体をブツ切りにし、頭部をツイナがムシャムシャして終了。
アレキサンダーとシラヒメがいたら、俺の出番がなかったな、こりゃ。
「歯応えのない奴らばっかだったなあ。つまらん」
「いやいや、普通のプレイヤーでしたら苦労する相手ばかりなんですけれど……」
「殲滅力高すぎだろ……」
外野2人の意見は聞こえなかったことにして、赤と黒に染まってきた空を見上げる。
「今日はこの辺で1泊だな」
「ヘイズまでは徒歩5日というところなんですが……」
「レンブンが言葉を濁すってことは、想定外の早いペースで進んでるか、遅いかのどっちかだな?」
困惑するレンブンの表情を見たオールオールが不安そうに眉をしかめる。
「いえ、どちらかと言えば早い方ですね。本来なら1回の戦闘につき、後処理や個別に回復やケアなどの手間を入れてから移動します。が、ナナシさんが一緒だと……」
「ほぼ通りすがりみたいな流れだったな……」
「シンプルに越したことはないだろうに」
「普通、賊の死体は穴を掘って埋めたりするんですよ。アンデッド対策に」
「死体同士で穴掘って埋まったりしないわな」
【死霊術】で試しに死体に命令したら自動的にアンデッドになって、自分たちで穴を掘り始めたので放置してきたんだ。
あの時は2人とも死んだような目になっていたな。自分のスキルを都合いいように使っているんだから問題なかろう。
さて、野営となると久々にこいつの出番か。
プレハブ(ログハウス)をドーンと設置すると「「えええええ━━━っ!?」」という絶叫が二重奏で轟いた。
「おいおいなんだよこれ……」
「家まで作ったのですか。さすがですねー」
「プレハブもいいところだろうよ。まだ隙間も目立つしな」
「コケケ」
厳密には対爆シェルターなんだがなあ。
他のプレイヤーに見せる訳にはいかなかったが、クランのメンバーなら大丈夫か。
グリースがクチバシと首を使って扉をガラガラと開けると、ツイナが体を捻り入れてから羽根で大きく開け放った。
俺は魔導コンロやフライパンや鍋、食材をインベントリから取り出して料理を始める。
オールオールは壁を凝視して額にシワを寄せているし、レンブンは小屋の周りをぐるぐる回りながらブツブツ呟きつつ、何かを考え込んでいるようだ。
「……おい、これ、材質哭銅じゃね?」
「えっ、そうなんですか!?」
「そうだよ」
「…………」
「…………」
「いや、そうだよ、って、ええええ……」
「哭銅をこんな風に加工出来るんですか……?」
2人して舐め回すように壁を見ている。街中だったら不審者極まりないな。
「加護まで付加されていますね」
「そうだ。獅子が付けていった」
「…………」
「……しし?」
「大地と獣の神のマルクトだな。サーベルライオンだった」
「……神にも逢ってんのかよ」
「ええと……」
2人して目を見開いて固まっている。なんかおかしなこと言ったかね?
オーク肉は一口大に切って串に刺す。味付けは塩と胡椒のみ。
鍋のスープは塩と野菜と山菜と、シロノオタケもスライスして入れちまえ。
人を招くなんてあんまりないしな。サービスサービス!
2人が宵闇を切り裂く絶叫を轟かせたせいで、飯前にもう2回戦闘をするはめになった。
巨大なクワガタムシと蛾だったからよかったものの。出来れば食える奴が出てくると嬉しいんだが。
毒の鱗粉のマントというのがドロップしたから、まあまあな結果だったかもしれん。
マントは話し合いの末、レンブンが使うことになった。
ツイナには肉の塊。グリースには穀物、豆類も含む。アスミは水と串焼きから少量。
アスミは本当にそんなんで足りるのか? お父さんは心配だよ。
オールオールとレンブンは俺が作った料理を一心不乱に貪り食っている。欠食児童みたいなんだが、普段何を食ってるのか心配になるわ。
2人はおかわりを何度か重ねてスープ鍋を空にした。
「旨かったぜー」
「美味な食事でした。ごちそうさまです」
「今まで何度かプレイヤーや住民に振る舞ったが、みんな鬼気迫る勢いで食べるんだよな。この世界の食糧事情はともかくとして、お前らの普段の食事はどーなってんだ?」
「プライベートなことは黙秘しますよ」
「男の独り暮らしの食事なんて、宅配か外食しかないだろ」
レンブンは口が堅かったが、目が泳いでいた。逆にオールオールは素直だった。
両者ともおそらく自炊という選択肢はないんだなあ。
ゲームの中ではあるが、美味いものくらいは俺が供給してやるか。
お読み頂きありがとうございます。
今年の花粉症は目の方が軽度で助かっております。




