258 合流の話
魔王城から屋敷に戻る前に下町の方に寄って行こう。手持ちの金が使えるかくらいは確認しなければ。
屋台が多い場所で、美味そうな匂いを漂わせている串焼きを1本買ってみた。
まあ、手持ちの金が使えるには使えたのだが、人類圏とは少々硬貨が違っていた。
あっちは銅貨、銀貨、金貨だけで済んでいたが、こっちは小銀貨、銀貨、大銀貨、小金貨、金貨、大金貨となっているようだ。それぞれ10枚ごとに硬貨が変わっていく。
こっちの方が少し物価が安いかもしれないが、高額の買い物をしてみないと詳しくは分からないな。
ルレイの屋敷に戻ると、玄関側の大ホールでオールオールが膝を突いて四つん這いになって、うちひしがれていた。
何やってんの?
「どうしたんだ?」
「あ、ああ、ナナシか。いや、屋敷から外に出られなくてな……」
「屋敷から?」
一応、庭も込みでクランハウスだった筈だが、外から門を通って街に入らないと屋敷の外にも出られないのかね。
オールオールの話によると、見えない壁に阻まれて玄関から外に出ることは叶わないのだそうだ。
【暗黒術】を持たない者は街を認識することが出来ないということが、屋敷から出られない理由かな?
「まず外から街に入らないと無理じゃねえの」
「やはりそうか……」
掲示板なんかでクランハウスから外へ出る条件は知っていたようだが、俺のクランだから他と違うんじゃないかと思っていたみたいだ。
「そんなシステムをねじ曲げるようなことが出来るかーい!」
「お前ならば、と思ったんだけどなあ」
「買いかぶり過ぎってもんだ」
「残念だ。隣の人? に話を聞いてみたかったんだが」
「隣ィ?」
何でも2階の窓から見た時に、隣の屋敷の門番が見慣れぬ種族だったとか。なので近くで見て、話をしてみたかったらしい。
隣の門番って、鷹だか何だかの鳥の獣人だったなあ。
プレイヤーが初期選択で選べない種族な上、こっちの獣人は頭部が獣のままだからな。
興味津々なオールオールからしたら、気にならない訳がないか。
「この街ってリーディアから近いのか?」
「リーディアからだと……、森の中を突っ切って数日くらいだったか。途中に凶悪な魔物がわんさかいたから、オールオール1人だと無理じゃね」
「やっぱりそうかー」
あと必要なスキルがないからなあ。DPを使えば手に入れられるというなら話は別だが。
「それはそうと、アレキサンダーたちを集めてリーディアに戻ったら、ヘイズに向かって出発するぜ」
「もう行くのかよ」
「護衛対象のお前がここまででいいと言うなら、リーディアで終わりにするが?」
「あー、いや。ヘイズにはダンジョンがあるっていうし、そこまでは行きたいかなあ」
行く気はあるようだ。
ダンジョンマスターであるオールオールが行きたいというならば、連れていくしかない。イビスの時のようにダンジョンを支配下に置くつもりだろう。
「そこもイビスみたいに乗っ取れるのか?」
「別にダンジョンマスターがいなければな。だが多分放置してあるんじゃないかと思うぜ。イビスのダンジョンも、お膳立てしてから放置してあるみたいだったからなあ」
「自信があるんならいいが。ミスっても骨は拾ってやれんぞ」
「それは元より承知の上だ」
まあ、オールオールの職が活かせるのなら構わんな。
ついでにヘイズにもクランハウスの扉を作ればいいだろう。
アレキサンダーたちを集めてヘイズまでの行程を伝えたところ、一緒に行くと言ったのはアスミとグリースとツイナだけだった。
シラヒメはまだまだ屋敷内の補修をしたいとのことで、アレキサンダーは屋敷の庭に薬草園を作りたいとのことだ。
何でも以前、アナイス師匠に薬草を育てるコツを教えて貰ったらしい。
師匠もそんなことをいつの間に……。
ルレイは屋敷から出られないので満面の笑みで見送ってくれた。
今まで寂れた屋敷に人の出入りがあるのが嬉しいんだそう。俺がいない間にシェルバサルバや王妃などの客も迎えられたというし。
ツイナたちを一旦スリープモードにし、ギルドに繋げた扉をくぐってリーディア側に出てから元に戻す。
途端に周囲が騒がしくなって、通りから人が消えた。
恐れおののいた人々が建物の影に隠れ、こちらを見ている。その視線には怯えがかなり含まれているようだ。
やはり1度街を困窮に落とした原因(甚だ不本意だが)に思うところもあるんだろう。
「うーん、この反応が何故か懐かしい」
「絶対慣れちゃいけないシチュエーションだろーが」
オールオールも呆れ顔だ。
たがしかし、今現在となってはキミも周囲から恐れられてる側なんだがなあ。
元々はこっちの意向を汲んだ気になった信者が、リーディアにしかけた経済戦争のせいなんだ。おのれ信者の奴等め!
「コケケ!」
「グルル」「メェェ」
「ちー」
「いやいや、目くじら立てんでいいから。これ以上の騒ぎにならんうちにさっさと旅立つぞ」
遠巻きにしている住民を見回し、翼を広げて威嚇しようとするグリースたちを撫でて落ち着かせる。
街長から話が回っている兵士たちは、まあまあ普通の対応で助かるくらいか。
街から出ていく分には問題がない。
ヘイズまでは西へ真っ直ぐで良いということなので、途中に何もなければ大丈夫だろう。
「ぐるっ!」「メェッ!」
「ちー?」
「コケッ?」
「あー、分かってる分かってる。今は放置で」
「何のことだ?」
「小さい懸念事項だ。気にすんな」
ツイナたちが気付いたことをどうするか聞いてきたので、とりあえず様子見だと伝えておいた。
「アイツはクランに入れるのか?」
のんべんだらりと歩き始めたところで、オールオールが話しかけてきた。
隣のことかな? と思ったが、そっちは気付いてないようだ。
俺以外との交流をどう築けているか分からないが、話に出すならユニークスキル仲間のことだろう。
「レンブンのことかー」
「ああ」
「ここ最近は会えてないからなあ。会えたら誘う予定ではある」
「チャット繋げて呼んだ方が早いだろうよ」
「あっちの都合もあるかもしれないじゃないか?」
「すっ飛んで来ると思うぞ」
「ふむ。オールオールはそう言うが、本人はそこんとこどうなんだ?」
「……は?」
「もちろん。すっ飛んで来ますよ」
「どわああああああっっ!?」
街を出た時からオールオールの横に気配があるんで、もしかしたらと思ったらやっぱりレンブンだったか。
翠とは気配の質が違うし、ツイナたちが問答無用で襲わないなら知り合いだろうと思ったんだ。
真横からのしれっとした回答に、オールオールは腰を抜かさんばかりに驚いていた。
「いっ、いいい何時から!?」
「ギルドを出た時から尾行してきたろ?」
「はい。お2人が揃っていたので。オールオールさんが外に出るなんて珍しい事じゃないですか。これは何かあると勘繰りまして」
「それなら普通に声をかけろよ! 死ぬほどびっくりしただろうが!」
「いやあ、それでは面白くないじゃないですか。しかしペットさん方とナナシさんの目を欺くのは、中々難しいですねえ」
「姿と足音消しただけじゃあなあ。ツイナたちは匂いで、俺は気配とだだ漏れ魔力で丸見えだ」
魔法使い職ほど【魔力視】スキルに引っ掛かる。
レンブンのそれはエニフに匹敵するからなあ。
「【魔女見習い】はその辺恐ろしいですねぇ」
「レンブンならもう習得したんじゃないのか?」
「いえいえ。私は私で極めることが多いので、そちらの習得は今のところ後回しにしておりますがね。それより、ナナシさんが作ったというクラン。私も入れて頂けますか?」
レンブンから加入申請メールが飛んできたんで、即了承する。
「クラン『我が家』へよーこそー」
「って、プレイヤーがこの3人以外はナナシさんのペットじゃないですか……」
メンバーリストを確認したのだろう。レンブンも目を丸くしている。
「それにこのクランハウスの所在地が『■■■の街』って何ですか?」
「そこはメンバーだとしても、個別に辿り着かないと表示されないんじゃないかな」
「相変わらず、ナナシさんは謎が多いことで。益々楽しくなってきますねえ」
心底楽しそうな笑みを浮かべたレンブンが納得するように頷く。
オールオールはそれを見て「ヒエッ!?」と顔を青くしていた。お前たちの間でいったい何の惨劇が繰り広げられたんだよ?
お読み頂きありがとうございます。
ユニークスキルが三人漸く揃いました。ここまで長かった……( ノД`)




