257 紹介の話
魔王城まではうちの屋敷から角を1つ曲がって大通りへ出て、真っ直ぐ行けば着く。
イビスで言うところの貴族が住む一角のように、辺りには大きな屋敷が立ち並んでいるため迷うほど複雑な道はない。
門番が立ってる所もある。それも厳ついオーガだったり、鎧をガチガチに着込んだオークだったり、リザードマンだったりと種族は様々だ。
城に近付くにつれ人通りは少なくなっていき、城の前はほぼゼロである。
いくら対勇者用にオープンだからって、城の前に誰か人を置いてくれないかなあ。
このまま訪ねていいものか、さっぱり分からないだろう。
仕方なく、家一軒分と同じ大きさの扉をゴーンゴーンと叩くと、上から「誰~?」って声が降ってきた。
見上げると腕が翼になった女性が、バサバサと羽ばたきながら下りてくる。
首から下が鳥の女性に「殿下に呼び出された者で、ナナシと申します」と告げると、にこやかに「ああ、はいはい」と頷いて「少し待っていて」と言って城の幾つかある尖塔の1つへ飛び去っていった。
所在なさげに待つこと5分くらいしてから、「おう! 呼びつけて悪かったな」と、シェルバサルバその人が現れた。
スーツをビシッと着こなした執事っぽい羊の獣人を連れている。
「うーん。この場合、四天王としては畏まった方がいいか?」
「いらんいらん」
ゲラゲラ笑いながらシェルバサルバは「こっちだ」と城の壁に沿ってぐるりと回り、庭園の方へと歩いていく。
案内された先には、絡まりながらうねうねしている薔薇なんだか魔物なんだかの植物(?)に囲まれた東屋があり、テーブルの上にはお茶の仕度が整えられていた。
シェルバサルバの背後に控えていた羊の執事さんが、どこからともなく俺の分をスッと置き、一礼して去っていく。
「おう、待たせたな」
「…………」
「おお、殿下。そいつが新しく四天王となった者か!」
いや、チクハグな待ち人だな!?
沈黙の副音声みたいなのを発生した人物の方は、頭から真っ赤な布を被っていて人なのか何なのかさっぱり分からない。
ローブならまだ口元が覗くんで人か獣人か分かりそうなものだが、二等辺三角形みたいな山となった真っ赤な布って何なんだよ!?
もう片方のハキハキとしたバリトン声の方は灰色の熊の獣人だった。
肩と胸だけを覆う銀色の鎧だけを纏い、犬がお座りをする姿勢で東屋の屋根を越える背丈を持つ灰色の4本腕の熊の人。
「紹介するぜ! こっちの赤いのが俺の妹のルクナセリア」
「…………」
赤い布ってことは説明なしかーい!
「そっちのデッカイのがロンガランガだ」
「殿下。オレを体格で区別しないでくれと、何時も言っているだろう。すまぬな客人よ。剣士のロンガランガだ。困ったことがあれば、何時でも訪ねて来てくれて構わん。特に殿下の我が儘に付き合わされるようなことがあれば、いの一番に申し出てくれ」
「……オイ」
苦労人のようなことを言うロンガランガさんに、シェルバサルバが文句アリアリな視線を向けている。
それを片手2本を振って散らしてるところをみるに、シェルバサルバの扱いに慣れているのだろう。
前にシェルバサルバから悪友と聞いたが、今の会話を聞く限りお目付け役みたいなものか?
で、真っ赤な布の山がシェルバサルバの妹で、王女のルクナセリアさんだと。
魔族の人でいいんだよな?
気が小さいだか恥ずかしがり屋なんだかと聞いたが、布を被らないと人前に出られないのか?
「この人族が快く四天王を引き受けてくれた、ナナシだ!」
「あ」
「殿下?」
「……?」
シェルバサルバが俺の紹介をしながら気配を消しつつルクナセリアさんの背後に忍び寄り、「オラアッ!」と勢いよく布を剥ぎ取った。
「…………!?」
布の下には、やたらと尖りが強調された赤いドレスに身を包んだ美少女がいた。美人度で言えば翠よりは上だな。
見た目は赤い薔薇だかダリアを彷彿とさせる逆立った赤い髪に、見たものを凍えさせるような冷たさを印象付ける赤い瞳。
角は指一本くらい短いのが左側頭部に2本ある。背丈はシェルバサルバより頭二つ分くらい低い。
涙目になって、シェルバサルバから布を取り返そうとぴょんぴょん跳ねている。
布を適当に丸めて妹から遠ざけていたシェルバサルバを、溜め息を吐いたロンガランガさんがのそりと近付き頭をひっぱたいた。
ベキィ、といい音がして、首が90度くらい傾いたぞ。大丈夫かあれ。
「いてーじゃねーか!」
「人の嫌がることをするなと、何時も言っているだろうが! ほれ、姫さんも。嫌なら嫌と攻撃魔法の1つでもぶつけてやれ」
ロンガランガさんはシェルバサルバから真っ赤な布を奪い取ると、ルクナセリアさんを覆い隠すように被せる。
突っ込みが攻撃魔法なのか。ここはそれでいいのか……。
しかし布を剥ぎ取られてから被せるまで、ルクナセリアさんと全く視線が合わなかったんだが。もしかすると視線恐怖症かもしれんから、直視するのは止めておこう。
あちらのいざこざが沈静化するのを待ってから、改めて自己紹介をする。
「異なる彼方の民、ナナシと申します。この度は殿下の推薦により四天王に就任させて……」
「堅っ苦しすぎるわっ!」
会釈しながらの口上の途中でシェルバサルバに遮られた。
「いや初対面なんだから礼儀はいるだろうよ」
「お前にはそんなん求めてねーって。四天王なんだからもっと尊大にいっとけ!」
「いまいち四天王がどーゆー立場なんだか分からんのよな」
「まあ、外から来た者はよく分からんとは思うが、殿下の言い分も間違えてはおらんな」
首を捻りつつ疑問を口にすると、ロンガランガさんが軽く説明を入れてくれた。
「魔族は個人の実力が飛び抜けている者が多いが、纏まって行動することは不得手だ。兵を引き連れたとして、反発して牙を向けてくる者は遠慮なく叩き潰せばいい」
「人族が四天王って名乗ったら恨まれるのか?」
「都市内で名が知られているなら兎も角、見知らぬ人族ではなあ」
いやいや、それって街中で名乗ったら絡まれまくったんじゃねーか?
迂闊に口にしなくてよかったわ……。
「おい、シェルバサルバ。そんなのは聞いてないんだが」
「いや、お前なら反発する奴等を悉くブチのめすかなー、と」
「ただの危ない奴じゃねーか!」
「この街に長居するなら、予め危ない奴だと知らしめていた方がよいだろう。喧嘩っ早い奴も多いからな」
ロンガランガさんもシェルバサルバに同調するように頷く。
「最初の頃に戦闘する要員は少ないって聞いたんだが、街中を歩いているだけでいちゃもんを付けてくる連中なんているのか?」
「何処にでも身の程知らずな奴ってのはいるだろう。そこは人族も魔族も変わらんと思うぜ」
「あー」
俺が以前ぶっ飛ばした奴みたいなのが、ここにもいると……。
まだシェルバサルバの案内以外で街中を歩いたことがないんだが、絡んでくるかもしれない連中を炙り出すための散策をする暇はないなあ。
やるとしたらオールオールを案内した後だな。
「とりあえず炙り出しはまた今度で」
「なんだよ。つまらねえなあ」
「……殿下。無理やりやらせることでもないだろう。誰しも都合の悪い時はある」
「…………………………?」
「ああ、そうか。そうだったな」
ルクナセリアさんに指摘されて、ポンと手を打ったシェルバサルバが「ナナシ、これを」と投げて寄越したのは銀褐色の腕輪だった。
青い宝石のようなものが2つ嵌っている他は何の飾りもないシンプルなデザインだ。
【アイテム知識】に該当する物がないので、全くのオリジナルか?
「人族の世界で四天王として活動するために、そのままだと支障が出るだろう?」
「ああ、まあな。最悪着ぐるみでも被ろうかと思っていたんだが……」
「その腕輪の効果で2種類の幻術を纏うことが出来るぞ」
「……………………」
「ほー、そんな物があるのかー」
ルクナセリアさんの説明によると【幻魔法】でも代用できるそうだが、レベルが40くらいは必要だそうで。まだ12レベルしかない俺では到底使えんな。
腕輪での変身は少ない魔力で2~3日は維持が可能だそうな。
ただ見た目を変えるだけなので、内側にそれだけのボリュームを用意しないと、体格を倍にしても触られたらすぐバレてしまうとのことだ。
バレたからと言って解除されたりはしないらしいが。
うーむ。それだと内側にアレキサンダーやアスミでも纏っておけばどうにでもなるか?
「どうだ、使えそうか?」
「まあ、なんとか。ちょっといろいろ検討してみるよ。ありがとうな」
「礼は俺よりもルクナセリアに言ってやってくれ。用意したのもコイツだしな」
「そうなのか。ありがとうございます、ルクナセリアさん」
「………………っ!?」
姿勢を正して九十度頭を下げるお辞儀をすると、赤い布が波打つようにキョドっていた。
それを見てシェルバサルバもロンガランガさんも肩を震わせて笑っている。
シェルバサルバが言うには、お礼を言われるのに慣れてないとのことだ。
「いやいや、こんないいものを貰ったんだからそれ相応の感謝を捧げないとダメだろう。この借りは必ず返しますので」
「義理固い奴だなあ。こんなの「ありがとうよ」とだけで充分だろうよ」
「………………、………………」
赤い布の山の端が固く絞った雑巾のように形を変えて棒状になり、問答無用とばかりにシェルバサルバへ襲い掛かった。
ひらりと躱したシェルバサルバは「お、なんだ? 恥ずかしがってるのか?」とニヤニヤしている。
雑巾絞り棒が4本に増え、ニヤニヤ顔のシェルバサルバへ次々に振り下ろされる。
が、どれも躱されるばかり。
いや、一撃が石畳を無残にも粉砕しているから、じゃれ合いという威力じゃねーだろう。
やがて追われるシェルバサルバが振り下ろされる凶器を避けつつ逃げて行き、追う赤い布の山とともに何処かへ行ってしまった。
唖然として見送ると肩を竦めたロンガランガさんが「うむ、今日はここまでだな」と頷き、「またな」と言って手を振りながらその場を後にした。
ぽつんと一人残された俺は、温くなった紅茶だけを飲んで帰ることにした。
うん。自由奔放すぎるだろうここは……。
お読み頂きありがとうございます。
ルビに四苦八苦しました(苦笑




