251 続々・気付かれない話
ヘーロンへ入ったが、オールオールはこの街の先に行く方法を理解していた。
「発信元はナナシじゃねーか。掲示板じゃあ周知の事実だぞ」
「まあ、そーな」
書いたのはアルヘナたちだけど。
ヘーロンから街道を北に行くためには印が必要だ。
街を出るだけなら問題ないのだが、北の国境を越えるためには印を3つ提示しないと通れないからだ。
他のプレイヤーからは「3種の神器」とか「3枚のお札」とか呼ばれているらしい。
「さて、3つの印とか言われても全く見当がつかんのだが。ナナシはどーやって集めたんだ?」
「俺? 俺はなー……」
「言ったら駄目だ、というなら聞かないが?」
辺りをぐるりと見渡したオールオールが一番の疑問点を聞いてくる。
攻略質問掲示板では「街の名士から認められれば貰える」だの、「困ってる人を助ける」だの、「冒険者ギルドの街中依頼をやってたら貯まった」だのが書いてあるらしい。
俺も餓死寸前だったセルテルさんを助けた他、人助けをやっていたらいつの間にか貯まった。というクチなので、アドバイスもクソもないのだが。
強いて言うなら……。
「人のためになることかなあ?」
「んー?」
「人助けだ、人助け。感謝の印に印が貰える」
「善行ってやつか? ダンジョンマスターが善行とか、笑い話にしかならんぞ全く……」
そんなこと言ったら俺は後付けの魔王軍四天王なんだが。
苦笑いしていたオールオールが「これの出番か」と取り出したのは、なんと冒険者ギルドカードである。
あれぇ!?
ダンジョンマスターってギルドに登録出来んの!? どうやって? 裏技??
━━ オールオール side
目を見開き驚くナナシの気持ちも分からんでもない。
俺が取り出したカードが、奴には冒険者ギルドのカードに見えていることだろう。
普通冒険者ギルドのカードを手に入れるには、戦士、魔法使い、神官、盗賊の基礎職となって登録する必要があるからだ。
俺のこのダンジョンマスター職は、アバター作成時の初期スキル選択で得た職業で、アップグレードすることはあっても変更することは不可能の特殊なものだ。
その特性上、ダンジョンの中でなら無類の強さ(ナナシのようなオカシイ奴を除く)を誇る。死んでもポイントさえあれば即座に復活が可能だ。
その反面、ダンジョンの外では戦うこともできん。
【剣】スキルがあっても、地上に出てしまえば文字が灰色になっていて、一切の戦闘行為を取ることができないというクソ職業である。
ただポイントを使用するだけなら何処でも可能だ。
そんでもって今回引き出したこの偽証カードは、どんなギルドでも1回だけなら誤魔化すことが可能な優れもの(使用するポイントを貯めるのに10日程かかるが)だ。
この偽証カードを使ってギルドからそれっぽい依頼を受けようと思ったのだが、その辺りを掻い摘んで説明したらナナシに呆れられた。
「いや、ギルドなんぞ行かんでも。その辺の人に聞けば、助けが欲しい人はすぐ見つかるだろうよ」
とか言って、丁度通りかかった2人組の衛兵の元へと行ってしまった。
口を挟む隙もないな!?
ナナシは衛兵と幾らかの受け答えを済ませ、戻ってくるなり開口一番「施療院行こうぜ」と誘ってきた。
「せりょういん?」
「いわゆる病院だな。大怪我をした住民が運びこまれる所」
「なるほど。怪我を無償で治して恩を売るということか」
「オールオールは理解力が高いから、説明が省けていいな」
ナナシは俺を先導しながら分かりやすく説明を入れてくる。
それはそれでいいんだが、やっぱりダンジョンでない場所で他者を癒すなんて俺には無理なんだがなあ……。
正直に俺の使える手札(というか無能さ)を提示すれば、「心配すんな」とサムズアップをしたナナシからポーションをどちゃっと渡された。
いや多いな!
「いいのか?」
「薬草が有り余ってるからなあ。アレキサンダーが道すがら拾ってくるせいで……」
アレキサンダーってあの赤玉だよな?
ナナシのペットは戦闘だけじゃなくて、採取もこなすのかよ。
「よく仕込んだなあ」
「いや、教えた記憶はないんだが」
「は?」
「どうも俺が薬草を摘んだりしてるのを見て、勝手に覚えたみたいでなあ。助かってるから文句もないんだが、ゲームのペットたちって学習能力高いよな」
「そんな話、掲示板でも聞いたことないぞ……」
「そうなのか? 育て方の違いかね」
相変わらずナナシからポロッと出てくる情報は驚くことばかりだ。
きっと本人はそれが重要な情報だとは思ってないんだろうなあ。困ったものだ。
施療院は教会のすぐ隣にある小さな、といっても教室2つ分くらいある平屋の建物だった。
見た目から清潔感のある真っ白な壁が、遠くからでもよく目立つ。
誰でも利用可能なのか、開放されたままの入り口に近付く。
……と中から怒号と、小さな悲鳴が聞こえてきた。
「あん?」
「なんだ?」
「痛みに弱い頑固爺が治療を拒んだとかかな?」
「微妙にありそうでなさそうな例を出すな……」
ナナシの冗談混じりな例え話に呆れて返し、入り口をくぐった俺たちは中の惨状に足を止める。
「……へえ」
「っ!?」
ボソッと呟いたナナシの声色に俺の【危険察知】スキルが悲鳴をあげた。
全身がぞわっと総毛立ったともいう。
どんだけ恐ろしい存在感を放つんだ、こいつは。
ベッドに横たわった傷病者を除き、室内に居たのは6名。
3名は傷病者を守るようにベッド脇に立つ女性たち。修道女の格好から、教会にも勤めるシスターなのだろう。
まあ、守るというより固まって震えながら壁になっているだけのようだ。
それに相対するのは3名のチンピラらしき強面の野郎共だ。
先頭に立つ奴はナイフを片手に振り回している、たぶん脅しているのだろう。
数多のプレイヤーと相対した俺からすると、ナメクジ以下の雑魚のような動きだけれどもな。
「大人しく渡していりゃあ痛い目に遇わずとも済んだんだろうに! 自業自得とはよく言ったもんだな!」
「くっ、よくもあの人を!」
チンピラとシスターの会話から察するに、既に凶刃に倒れた者がいたようだ。ベッドやらなんやらでよく見えなかった。
3人のうち2人は瓶やら袋やらを大事そうに抱えている。渡すだの何だの言っていたところからすると、薬と金を強奪したんだろう。つまりは強盗か。
「血の臭いがするな」と呟いたナナシが室内に足を踏み入れた。
「あ、おい、ナナシ?」
「オールオールは倒れている人を頼む。アスミも行ってくれ」
「ちー!」
「あ、ああ。分かった」
ナナシが室内に踏み込むと、チンピラたちの視線がそちらに向けられる。
ずかずかと近付いていく異様な雰囲気を纏わせたナナシに対して、チンピラたちは怯えの表情をにじませて後ずさった。
俺と1匹はその隙に壁沿いに回り込み、抱き合ってへたりこんでいるシスターたちに「大丈夫か?」と声をかけた。
「あ、は、はい」
「わ、私たちより、あの人を……」
「あの人?」
震える手で指差されたベッドの影には、血塗れの男が倒れていた。白い服装から察するに、ここに入院していた傷病者だったようだ。
ポーションで助かるのか?
訝しげに近付く俺よりも早く、ナナシのペットのケツァルコアトルが「ちー!」と鳴いた。
と同時に霧雨のエフェクトが怪我人に降り注ぐ。
【水魔法】スキルの数少ない回復手段、ヒールレインだろう。
倒れている男の真っ青だった顔色がみるみるうちに回復していき、呼吸が穏やかになったところでシスターたちがベッドに寝かせていた。
まだ人の掌にのるくらい小さいのに、ケツァルコアトルすげーな。
さて、ナナシの方は? と意識を向ける。
「つまり、あなた方はポーション中毒者だということですね?」
「「「はぁ!?」」」
「……は?」
なにやらよくわからない方角に話が飛んでいた。
いつもお読み頂きありがとうございます。
引っ越しが無事終わって安堵していたところ、今度は私が病床についてしまいました。
皆様も健康には十分気を付けましょう(力説




