249 気付かれない話
羊のブラウとパンダのバターをルレイに紹介すると、目を潤ませて喜んでいた。
「まあ、これがご主人様の使い魔でいらっしゃいますのね。わたくしはルレイと申します。宜しくお願い致しますね」
いや、2体に挨拶するのはいいとして、その後に手を組んで膝を突いて微笑みながら俺を拝むのは止めろ止めろ。
「俺たちはここを留守にすることが多いからな。2体とは仲良くやっててくれ」
「分かりましたわ、ご主人様。このお2人は飲食をなさらないのですよね?」
「合成魔石で動いてるから、魔力切れはあるかもしれない。その時は教えてくれ。可能な限り戻ってくる」
テイム状態であれば、遠距離での簡単な意思疎通は可能だ。救難信号か、それに類似した感情をこちらに飛ばすことはできんだろう。
ブラウとバターはシラヒメが繕い終わったカーテンをぴっこぴっこと畳み、元あった窓のところへと運ぶ。
2体で協力して梯子(新しく作った)をよいしょよいしょと持っていき、窓にかけてカーテンを外している。
使っていて判明したことなのだが、使い魔はスキルのあるなしに関わらず一通りの作業はできるようだ。
持っているスキルを使った場合の仕事ぶりは、人でいうところの「良」レベル。
スキルを持たない仕事の場合は「可もなく不可もなく」レベルの出来映えらしい。
何事もこなせるちょっと器用な人、だと思えばいいんじゃないかな。
活動時間が短いだとか、重いものは持てないだとかの制約はあるものの、働き者なのは間違いない。
こっちが何も指示してないのに、シラヒメやルレイの仕事を手伝っている。
俺も【裁縫術】があるし手伝おうと腕まくりをしたその瞬間、脳裏に「ポーン」と音がしてメールの着信を示すウインドウが目の前に開いた。
「なんだいったい。誰からだ?」
画面に指を滑らせ発信者を確認する。知人の誰かだろうと思ったところ、意外にもオールオールだった。
いや、新しいダンジョンボスを配備したら知らせると言っていたんで、その連絡か?
と、思ったが、文面を確認してみたところ、全く違う個人的な頼みごとだった。
「護衛ィ?」
「ダンジョンの外に出たいから護衛をお願いできないか?」ということらしい。
ダンジョンマスターって護衛が必要なのかね?
特に断る理由もないし、困った時はお互い様なんで、普通に了承で返信した。
そしたら直ぐに返答があって、「1時間後にイビスダンジョン前で待つ」とのことだ。
今かよ!?
まあ、イビスまで転移して、ダンジョン前まで1時間もかからんからいいけどさ、
しかし出掛けるためにペットたちを集めたら、シラヒメがクランハウスに残ると言い出した。
「まダ、カーテンハイッパイあリマスカラ」
修復をやり始めたら最後まで全部やらないと気が済まなくなったらしい。
そしてアレキサンダーとツイナとグリースも残ると言う。理由としては畑の世話だとか縄張りの確立だとか。いや、別にもったいぶった理由をつけなくても、行きたくなければそれはそれでいーんだけどな。
その代わりにアスミだけが俺にそっと渡された。
「ちー!」
「うんうん、たまには2人で一緒に行くかー?」
「ちー!」
アスミを一旦休眠状態にし、イビスに転移。
アスミの質量程度ならそのまま転移しても大丈夫かと思ったが、無理だった。数がだめなのか?
イビスの街中のホームポイントに到着するが、予想に反して誰にも注目されなかった。
……え?
いつもなら、ここで「どよどよざわざわ」となるのだが。周囲のプレイヤーは静かなものだ。
いやちょっと待て。
もしかして「ビギナーさん」として騒がれる要因はペットたちの有無なのか!?
俺がショックで棒立ちしていても「何だこいつ?」みたいな視線は感じるが、いつもの恐れのような感情は皆無だ。
ううむ。こうなると、ペットたちを連れていなければ隠密行動が可能なのかもしれんなあ。
一応不自然にならんようにその場を離れてから、陰でアスミを休眠状態から起こす。
「ちー?」
「よしよし。ちょっと静かにな」
「ちー」
小首を傾げるアスミは、口元に人差し指を立てて静かにというジェスチャーをする俺を見て小さく頷いた。
そして何時もの定位置である首に巻きつかないで、胸ポケットに滑り込む。何も言わんでも意図を察してくれる君たちが大好きだよ。
イビスの北門の外では、崖に開いた大穴の前でプレイヤーたちが何時ものようにたむろっている。
最近では冒険者ギルドがこっちの方に出張買い取り所を設けていると聞いた。
以前に行っていた入場制限の時に建てていた小屋の再利用らしい。
俺がここを出入りする時には職員に恨めしい目を向けられる時が度々ある。素材を買い取りたいんだろうが知ったことではない。
ギルドに登録して欲しかったら、転職先に「世捨て人」とかを入れるんだな。
待ち合わせ相手のオールオールはプレイヤーの群れているところから離れて、門の付近にいた。兵士に話しかけられているが、適当にあしらっているようだ。
以前見た初期装備とはうって変わって、黒色の革鎧などで身を固めている。武器は腰に下げた片手棍だけかな?
「おーい! オールオール」と声をかけたのだが、奴は俺を見て、もう一度俺を見る。
しばらく周囲に視線を走らせたのち、俺に向かってズンズンと近付いて来た。
上から下まで無遠慮に観察して、漸く「ナナシか?」と訝しげに聞いてきた。
……お前もかよ。
「生憎と正真正銘のナナシ様だ。お前も俺をペットの集団で判別してたクチか」
「いや、だってなあ。あれほど分かりやすい目印は他にないだろう」
「お前くらいはそうであって欲しくなかったぜ」
オールオールは「いやいや、まあまあ」と不貞腐れる俺を宥めるように肩を叩こうとしたのだが、ポケットから飛び出したアスミに鼻を噛みつかれる。
「ちぃぃー!」
「ぎゃあっ!?」
オールオールの悲鳴に何事かと首を巡らせるプレイヤーたちの視線がこちらを捉えた時には、アスミはポケットに戻っていた。
顔面を手で覆って痛がるオールオールに視線が集まるものの、直ぐに興味がなくなったのか注目はされなくなった。
「なんでいきなり攻撃されなきゃならんのだ?」
「アスミ的に何かが癇にさわったんだろう」
「お前、ペットを自由にさせ過ぎ……、いや。なんでもない」
オールオールが文句を言いかけたが、途中で口ごもった。胸ポケットからアスミが睨んでいたからかもしれない。
大体言いたいことは分かるが、俺の場合は皆を自由にさせている方が上手くことが運ぶからな。
「で?」
「あ?」
「いや護衛を頼むとしか聞いてないんだが、何からお前を守りゃあいいんだ?」
「あ、ああ、そうだったな……」
今気づいたというようにポンと手を叩くな。
俺がペットを連れていないことがそんなにショックだったんか。
「今後のことを鑑みてな。ベアーガの方に行けるようにしておいた方が、何かと都合がいいんじゃないかと思ってな」
「あー。行ったことなかったのか……」
「当たり前だ! ダンジョンの中じゃないと、俺は戦闘もできねーんだよ!」
「……はぁ?」
【ダンジョンマスター】の称号についてはだいたいのことだけしか聞いてなかったが、そんなことも限定されるのか。
「戦闘はできないにしても、PT組んでの経験値くらいは入るのか?」
「入らないな」
「ええっ!?」
「そもそも経験値というものじゃなくて、DPという物じゃないと成長もできねーよ」
「うわぁ……。それはまたなんというか、御愁傷さまだな」
「ちー」
「蛇に哀れまれている!?」
ポケットから顔を出したアスミが目を細めて首を傾げていた。まあ、哀れんでいるような、いないような?
オールオールからすればそう見えたんだろう。地味にショックを受けていた。
あと、蛇じゃねーから。ケツァルコアトルだから。
ベアーガ行くならヘーロン経由しないとならんが、その前にリングベアを倒さないとヘーロンにも行けないからな。
話をしながらイビスの街を離れる。
「ダンジョンは留守にして大丈夫なのか?」
「新しく置いた最下層のボスが凶悪だからな。今度はいかなナナシでも容易に突破できねえだろう。覚悟しやがれ」
「あー、まあ暇があったらまた寄らせて貰うさ」
「おま……、俺の渾身のボスを近所の親戚みたいに言うなよな」
「今はちょっと、色々と忙しくてなあ。クランも作ったし」
「クラン、?」
「ああうん。俺とペット6体しかいねーけどな」
「それクランと言うのか?」
「一応クランの体裁をとってはいるが、本拠地を貰っちゃったからな。活用するにはちょうどいいかな、と」
「本拠地、だと……?」
わなわなと絶句するようなことかな?
灼熱の夏で溶けていました。
扇風機のみで超えるには温暖化が過ぎる……。




