242 炊き出しの話
もう何度目か分からないログイン。
気が付くとゲーム時間が、日々の生活パターンの中に自然と組み込まれていることに、俺も驚いている。
始めた時はここまでハマるとは俺も思ってなかったからなあ。
のめり込んだ理由は、ペットたちの存在もあるかもしれないな。
感慨深くアレキサンダーたちを眺めていると、不思議に思ったのかグリースとシラヒメがすり寄ってきた。
「コケケ?」
「ドウシまシタカ、おトウサマ?」
「いやいや、お前たちも育ったなあ、と思って」
シラヒメなんか蜘蛛込みで俺の倍以上の背になっているしなあ。最初は肩に乗っていたなんて、誰も信じないだろう。
「ぐるっ」「メェ」
ぐわっと後ろ足で立ったツイナが、前足を俺の肩に乗せてのし掛かってきた。
お前にじゃれつかれると重いんだが。
「しゃー!」
ぼひん!
踏ん張って倒れないようにする。
眉を寄せていると首にいたアスミがツイナを威嚇し、アレキサンダーの突撃がヤギ首に命中しゴキッと変な音が聞こえた。
「ぎゃう」「ピェッ」
ヤギ首が45度程傾いているが大丈夫か?
アレキサンダーがばいんばいんと、3メートルくらい跳ねてご立腹だ。
シラヒメもグリースも当然だとばかりに止めやしねえ。
ツイナは図体が大きくなってもアレキサンダーに怒られてばかりだよ。
しおらしく項垂れてて。うちの腕白小僧ポジションだな、お前。
まあ、周囲のプレイヤーからは「跳ねてる」「可愛い」などと囁く声が聞こえてくるが。
うちの躾シーンだからな、これ。決して微笑ましいところではない。
前回はヘーロンの下水道からワラワラと湧いたマーマンウォーリアとかスキュラとかを、片っ端から殲滅したんだっけか。
港の方ではシーサーペントとかいう巨大な海蛇が出て、プレイヤーの魔法使いとか魔女見習いとかがなんとかやっつけたらしい。
ドロップ品は革と何かの槍と指輪と髪飾りだそうな。
俺が倒せば肉くらい落としたかねえ?
ログインした時は職人ギルド行って、オークションにでも残りの物品を出そうと思っていたが。
先日の街のあちこちで展開された戦闘のせいで、家屋の損壊や色々な物が散らかっているようで、住民たちやプレイヤーたちが片付けに奔走していた。
どうやら冒険者ギルドからも片付けの依頼とかが出ていると聞く。
「俺らもやるかあ」
アレキサンダーたちを引き連れて片付けに参加したのだが、開始早々アサギリに捕まった。クランごと来てたんかい。
「ナナシが率先して動くと一部で混乱が広がるから、炊き出しでもやっててくれ」
「誰が混乱するっていうんだ……」
「今は合同の作業で住民とプレイヤーの関係が向上してるからよ。ここにお前の信者が介入するのはちょっとマズイんだ」
という訳で、皆でワイワイやっている作業風景を眺めるだけに終わった。
おのれ信者共、なにしてくれてんだ!
まあ、あんまり怒ってはいないが。
それでアサギリに指示された場所は街の中心部だった。端には職人ギルドのサーカス似テントがある。
ここには戦闘の難を逃れた屋台が、街のあちこちからたくさん集められていた。
入り口に設置してある受付へ行くと、プレイヤーと冒険者ギルドと商業ギルドの協賛により、片付け作業に参加している人たちは何を食べても無料になるらしい。
屋台で参加する者は売れた品数を申請すれば、その分の金額を受け取れるようだ。
一応、俺は商業ギルド証で参加は可能だった。Eランクだったんで目を丸くされたけど。
それはともかく、値段を設定しないといけないのか。炊き出しと聞いたから、そんなの全く考えてなかったぞ。
めんどくさいんで1杯100Gでいいだろう。
そして作るものはみんな大好き(?)豚汁である。
肉はオーク肉を使う。豚には違いないから間違いはない。
問題はそんなにでっかい寸胴鍋って持ってないんだよなあ。
うちは一般的な寸胴しかないからな。ペットたちは料理を好むが、丸々生肉だったりするのも好きだし。
一番量が作れそうなのはあれだ、たらい。一般的な神器のたらいかな。
アレキサンダーの上にたらいを乗せ、さて水を入れようかな、と考えたところで衝撃が俺を襲った。
ガアアアン! と轟音を立てて何かが上から落ちてきたからである。
「いってえええええーっ!?」
いきなりなんなんだ!?
HPが半分以上なくなったんだが!?
ごわわわんと音を立てて目の前で直立したのは、銀色の寸胴鍋だ。大人が三人くらいまでならすっぽり胸まで入りそうな。
ついでに上空からひらひらと一枚の紙が舞い降りてくる。
それをシラヒメがとっ捕まえて、俺に差し出してきた。
そこには「鍋を使え鍋を。たらいを使うんじゃない」という文字が……。
おいーっ、マルクト神ーっ!?
神って暇なのか。いちいちいちプレイヤーの動向をつぶさに観察してんじゃねーよ!
思いの外周囲に響き渡った大きな音に、周りの人たちが驚いてこっちを見てんじゃねーか!
何事もなかったかのように寸胴鍋をひょいと頭に持ち上げたアレキサンダーが、すすすすっとこっちに寄ってくる。
デカイなこれ、高さ150センチメートルに直径120センチメートルはあるな。
本当に寸胴鍋かコレ。あの世で人を煮てたりしない?
そしてまたこれも一般的な神器の寸胴鍋。アイテム知識によれば、へこんだり穴が開いたりしたら土に埋めておけば元に戻る。と書いてある。
だから一般的な神器の寸胴鍋って何なんだよ。
神界は誰が料理をするんだろうか。そもそも神って物食うのか?
魔石コンロに乗せようと思ったけど、コンロの方が遙かに小さいのでやっぱりアレキサンダーの出番のようだ。載せたらひっくり返りそうだもんな。
【生活魔法】で水を入れ、ヘーロンで売ってる煮干し的な魚をどさっと入れてまずは出汁をとる。
出汁を取り終わった煮干し的な魚は、燃料代わりにアレキサンダーへ与えた。
その後はブツ切りにした根菜類(リアルの世界と名前が同じ)を入れ、【厨師】のスキルで包丁を入れるだけで下処理が完了したオーク肉を入れ、灰汁を取りながらぐつぐつ煮込む。
え? 調理の仕方がざっくばらん過ぎる?
スキルのお陰でこんなんでも望むものができるから大丈夫、大丈夫。
最後に味噌を溶かし入れれば完成である。
しかし過程はともかく、量は入るから材料切るだけで大変だったなあ。
涎を垂らしているペットたちに小皿一杯程度与え、「また今度同じ物を作ってやる」と約束した。
ギルドから提供されている販売台の上に乗せようと思ったら壊れそうだったので、仕方なく【無属性魔法】で作った魔力板の上に乗せる。
空中に浮く巨大な寸胴鍋と器……。
すごく異様な光景かもしれないな。
これ食いに来てくれる奴がいるのかね?
他の屋台だと何々を提供してるとか、串焼き屋だとかいう看板があるが、ここには何もないから看板ぽい物を作ろう。
哭銅の細い材木を十字架のように組み合わせる。横棒になるのは長さ50センチメートルくらいで上の方に取り付けた。
そこにでかでかと豚汁と書いた紙を貼り付け、哭銅の十字架の上からアースタイガーの頭付きの毛皮を引っ掛けておく。
虎で豚汁とか意味わからんが、目立ちそうだからいいだろう。
隣で焼き鳥ぽいものを焼いていたおっちゃんの顔が、アースタイガーの毛皮見てから微妙に引きつっていたけど、トラ恐怖症か何かか?
俺の後ろにペットたちも控えているし、そっちが怖いのかもしれないな。見た目に反して一般人に対しては人畜無害なので安心するとイイ。
そういった思いを込めてニコッと笑顔を送ってみたら、真っ青になって震え出してしまった。
ええ……。
いつも誤字報告してくださる方々、ありがとうございます。
冬眠がしたい……。




