237 忍びよるものの話
考え事をしながら街中を見物し、以前に飛び込んだことのある入江に辿り着いた。
そこは以前と様変わりしていて、人工物が大量に浮いている。主に小舟や生簀のイカダなどだ。
養殖を試しているという話を聞いたが、こんな浅瀬でやらんでもいいだろうに。
と言っても岸から離れすぎると、攻撃型の魚類やら魔物やらに襲われるらしい。
まず安全圏を確保するのが一苦労なんだろう。陸上と違って柵を建てればいいってもんじゃないからな。
ぼーっと眺めていたら、眼下の現場で作業してた奴らがこっちを指差して騒ぎ始めた。
目立つ巨体のツイナやシラヒメに揃って見下ろされると怖いかもしれないな。街中見物に戻るとするか。
一通り見て回ったが新築の建物が随分多い。プレイヤーズ職人ギルドの物以外だと、クランハウスの類いだ。
あとプレイヤー需要を見越した飲食店とか。
途中でセルテルさんの所にも寄ってみた。
イビスの騒ぎはご存じだったようで、随分と心配されてしまった。いやそれより汚れた皿が積み重なるキッチンの惨状を気にしようぜ!
なんでまた前回並みに酷い状況になってんだよ!?
「1つ後回しにするとつい」
「笑いながら言うことじゃねー!」
こんなとこで、テヘペロなんか聞きたくなかったわ!
頭下げる前に手を動かせ!
アレキサンダーに皿の汚れを食ってもらい、セルテルさんに家事の仕方を教えるのに1日を費やした。
魔女の先輩だろーが何だろうが、これに関してはビシバシ指導してやるぜ! 泣き言なんて許さねーからな!
まあ、俺たちがここを離れた後に改善するかは本人のやる気次第なんだけど。望みは薄そうである。
その日が終わって気付いたら、称号に【主夫】って入っていた。
効果は【料理】や【掃除】スキル、買い物などに補正だそうな……。
翌日は何かないかと裏通りなどを巡っている。
前に食材を買った店にも寄ってみたんだけど、通りの奥の方にいた子供たちの姿はなかった。
食材店の店主の話だと、異方人向けの店が建ちまくったが街の人口が増えた訳ではないので、下働きに子供たちが駆り出されているらしい。
皿洗いとか買い物とか。
街の外に出て石を拾ってくるより実入りは良さそうだな。
不当に扱われてなければいいか。
のんびりと見回っていると、突然に何処からか悲鳴が聞こえて来た。
「ぎゃー!」とか「うわああっ!?」という野太い悲鳴だ。
つーかおっさんのピンチかよ。この場合、被害に遭うのは女性が定番だろう。
しかし無視する訳にはいかないので、耳と嗅覚のいいツイナを先行させてその後を付いていく。
行き着いた所は街の外から流れてきた川が地下道へ流れ込んでいく、所謂下水道の入り口だった。
そこにおっさん枠の冒険者らしき3人組が悲鳴を上げながら綱引きをしていた。
下水道の暗がりの向こうから
伸びる太いロープのようなものを体に巻き付けたのが1人。
剣を手にしてはいるが、すっかり戦意喪失しているのが1人。
ロープを切ろうとするが、奥から伸びてくる別の何かと戦っているのが1人だ。
戦意喪失したおっさんの脇に先行していたツイナとシラヒメが着地したことで、更なる悲鳴が上がる。
「うっ、わああああっ!? こっちにも出たああああっ!?」
「ひいいいいっ!?」
「も、もうおしまいだあああっ!?」
失礼な。
理由もなしにツイナたちが人を襲うとかありえねえから。
見た目が怖いのは仕方がないとしても。
下水道を囲む柵を飛び越えて、もがいているおっさんに絡まるロープに手刀を落とす。
生々しい感触はしたが切り落とすことに成功した。
転がるように逃げ出すおっさん。攻防を続けているもう1人のおっさんの相手には、ツイナが火炎放射をお見舞いする。
同時に暗がりの中にいる敵の姿が照らし出された。
火炎に怯んで後退したその姿は、上半身が人型で下半身がタコである。8本脚どころかそれ以上の触腕がうねうねと。
俺が手刀で切り落としたのはその脚の1本だった。
名称だけしか分からんが、スキュラというようだ。
いい加減図書館でモンスター図鑑とか、動物図鑑とか読んでくるべきかねえ。
スキュラが持っていた槍を突き出して来たので、反射的に掴む。足元から迫ってきた数本の触腕は上から降ってきたアレキサンダーが纏めて捕食する。
踏ん張る力が弱まった瞬間を見計らって、スキュラをこちらに引っ張り出す。
紫のザンバラ髪に青い肌、腰から下は言うまでもないが、近寄っただけで周辺の空気までもが湿気ったような気がするなあ。
口を開いて怒りの表情を露にしたところに渾身の破撃を叩き込んだ。
頭がボンとはぜて消失したんだが。あれ?
スキュラの首なし死体が消えていくのを確認し、おっさんたちに声をかける。
「何があった?」
「あ、ああ助かった!」
「ありがとうありがとう!」
「ええい、泣くなすがりつくな! 何があったか話せと言ってるだろうに!」
いい歳したおっさんが顔を涙と鼻水でくしゃくしゃにして泣いてるんじゃないっ!
胸ぐら掴んで恫喝すると、漸く目の焦点が戻ってきたようだ。3人が堰を切ったように話し出す。
あー、そっちの警戒はアレキサンダーたちに任せたぞ。
「冒険者ギルドで下水道の設備保全の依頼を受けたんだ」
「いつもは何匹かのオオネズミを狩って終わるはずが、今日に至っては何も出て来なくて」
「そうしたらあの見知らぬ化け物たちがいきなり襲って来たんだ。逃げたけどここで追い付かれて」
「今に至るっつー訳か」
このおっさんたちプレイヤーじゃないな、住人だな。俺たちを見ても特有の反応がないから。
「ぐるるる」「メエェ」
「おトウサマ。マダキマス」
ツイナの唸りとシラヒメの声に視界を【暗視】に切り替えれば、通路の奥の方に数体の影が蠢いている。
その数が増えているところをみるに、後続はまだまだいるようだ。
なんで下水道にモンスターが湧いてるんだよ。ダンジョンじゃあるまいし。
おっさんたちに下水道の奥はどうなっているのか聞けば、浄水槽があって海へ流れ込む水路があるんだそうな。
どうやらそこから遡ってきたらしいな。鮭みたいなことをする奴らめ。
つーかこれはもう襲撃だろう。下から来るとはイヤらしい奴らだなあ。
「おい! おっさんたちは冒険者ギルドに走って「襲撃だ」って知らせて来てくれ!」
「「「おっさんじゃねーよ! まだ20代だ!」」」
「ハモることかよ……」
「き、キミはどうするんだ?」
「ここに残って食い止めるに決まってんだろ。こいつらも居るしな」
ツイナとシラヒメをみたおっさんたちは動揺しながら頷いた。いやいや、こっちのアレキサンダーもグリースも相当だからな?
「1人、? で大丈夫、のようだが……」
「これでも「ビギナーさん」で通ってるんでね。心配するだけ無駄だぜ」
こういう時にしか役に立たない通り名を出せば、うち2人が「ああ、あの、」と納得してくれた。いったい住人にはどういう伝わり方をしてるんだろうな。
「キミも気を付けろよ!」と言っておっさんたちは走って行った。
「ツイナとシラヒメはここで迎撃を頼む。プレイヤーたちが来たら場所を譲ってやれ」
「ぐるう」「メエ」
「わカリマシタ」
下水道といっても入り口はそんなに大きくない。ツイナたちの機動性はあまり期待できないな。
それに高揚している今の状態と暗闇の中であるならば、俺の戦闘能力は5割増しである。
負ける気はせん。
「行くぞアレキサンダー、グリース、アスミ」
「ちー」
「コケケッ」
ぽよんぽよん。
グリースが先行して敵に向かっていく。その後をアレキサンダーが跳ねながら続き、その後ろを俺とアスミが。
さてさてどんなもんかね。
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