235 ご迷惑の話
ログインしてアレキサンダーたちを起こしていたら、床を這いずり回っていたアスミが四つ折りにされた紙を口にくわえて持ってきた。
「どうしたんだそれ?」
「ちー!」
通訳はアレキサンダーがぽよんぽよんと。
「ドアの下に挟まっていた?」
広げてみると手紙であった。
「件の貴族は二度と教祖様に手が出せないように心を折り曲げておきました。今後は安らかにお過ごしください」と、書いてある。
「…………」
「コケ?」
「がう?」「メェ?」
いきなり1番の懸念事項が解決してしまった。
真っ当な手段ではないのだろうが、うちの信者はいったいどういう活動をしているんだ?
でもアナイスさんの話では魔女はイビスから退去すると言っていたし、道具屋のお婆さんもいなくなってる可能性があるな。
どうしたものかと道具屋があった場所まで行ってみれば、以前と変わりない店がそこにあった。
慌てて中に駆け込んでみたら、若い女性が暇そうにカウンターの向こうに座っていた。
「……、いらっしゃいませー、って。ああ、あなたね、新しい異方人の魔女さんというのは」
一瞬だけ瞳が金色に変わったところをみるに、魔力を読まれたようだ。
「とは言ってもまだ見習いなんだが。貴女も魔女なのか?」
「そうよ。キミの先輩だからね」
「そうなのか、よろしくお願いする」
きちんと頭を下げれば、彼女は苦笑いをして手を横に振った。
「畏まらないでいいわよ。ほんのちょっとだけの先輩でしかないんだから。お婆ちゃんからすれば私なんて、あなたとの差はないって言われるに違いないわ」
「いや、それでも俺は見習いだからな。先輩は敬わなければ」
「ふふふ、律儀なのねあなたは。それじゃあ私はモニカよ。あなたは?」
「俺はナナシという。今後は先輩として頼りにさせてもらおうかな」
「ナナシさんね。お手柔らかに頼むわ。あと私には敬称は付けなくていいわ。呼び捨てで構わないから」
困ったように笑うモニカと自己紹介を済ませると、お婆さんの行方を尋ねてみた。
「ああ、お婆ちゃんに会いに来たのね」
「俺の師匠のアナイスさんからは、先日の騒ぎで魔女はイビスから退去すると聞いていたが、モニカは残っていて大丈夫なのか?」
「あの件は王様からしつこく頼み込まれたお婆ちゃんが、違約金を払わせることで手打ちにさせていたわ。とは言え街に残る魔女の数は減っているから、王族も無下には出来ないんじゃないかしら」
「どこから突っ込めばいいのか分からないが、魔女は王族に融通を効かせることが出来るのか。驚きだ」
「そんなに難しいことじゃないのよ。街を守る障壁の核を作れるのは魔女だけだから、国は魔女を保護するしかないのよねー」
お婆さんやアナイスさんが強気に出てた理由を理解した。
場合によっちゃあ、魔族の街の障壁も王妃様が作成したのかもしれん。
「障壁ということは【空間魔法】か。まだ習得したばっかりだから、先は長そうだ」
「それを覚えてしまえば後は早いわよ。頑張って」
「ああ、頑張ってみよう」
いいことを聞いた。
つまりは核になるものがあれば、パワーアップが出来るのかもしれないのだな。
たぶん魔石を掛け合わせていけばいいんだろうが、俺の今の技術だと3掛けが限度だしなあ。
これは早急に【空間魔法】のレベルアップを考えねば。
ちなみにお婆さんだが、王族との清算を終えたらこれ幸いとモニカに店を押し付けて、自由気ままな旅に出てしまったそうな。
何処に行って何をしているのかは、モニカにも分からないらしい。
俺は情報の対価にオーク肉(お金は受け取ってもらえなかったため)を渡して道具屋を出た。
出たら、アレキサンダーたちの前にプレイヤーらしき集団が集まっていた。
揉め事かと思ったら、スキルの習得情報を欲している者であるという。
ここ最近街にいなかったから、色々滞っていやがる。
称号【半魚人】と【料理人】の条件。【アイテム知識】等の図書館で習得する知識系スキル。
2人だけ魔女志望がおったが、デネボラ以外に教えた他の志望者はちゃんと【魔女見習い】になれたんだろうか?
そしてまたお金が増えた。
ステータス上の数値ならともかく、実体化させると金貨がザラザラっと。
ギルドに預けてあるのも引っ張り出して、自分に付随しているアイテムボックス内に保管しておくのもいいかもしれない。
ビギナー職だから、死んでも所持金は半分にならないし、アイテムロストもしないけどな。
信者の手が伸びているかもしれないが、商業ギルドはどうなっているかねえ。
対応が前のままだったら【威圧】混じりにクレームつけてやる。
意気込んで商業ギルドに行ったら別室に通されて、即出てきたギルドマスターに謝罪された。
俺の情報を貴族に流した職員は、捕まったらしい。
何もそこまでと思ったが、それが原因で魔女たちがイビスから一時的に居なくなって国に損害が及んだり、強欲な貴族たちが次々と失脚したりして上層部も大混乱に陥ったんだそうな。
信者たちは俺に手を出して来た貴族だけを懲らしめたんじゃなかったのか。
ついでのように他の貴族をぶっ潰してるし。
情報漏洩における国の損害などの責任を取って、ギルドマスターも入れ替えになったようだ。
気が付いたら大事になってるじゃねーか。
今後に何かあれば最優先で俺の用事を取り扱うという契約を交わし(案件があるか?)、預けていた所持金を全部下ろしてギルドを後にする。
総合計で二千万G近いんだが、ほぼ情報料だよな。
ギルドを出たら「あー! いたー!」と叫ぶ声がして、女性の3人組が突撃してきた。
おいおい今度はなんだよ?
と思ったらリリプルたちだった。相変わらず騒がしいな。
「もう! 全然会えないからどうしようかと思ったわよ!」
「会えないで困るようなことがあったか?」
「武器のレンタル料があるでしょー!」
「……?」
「……!」
「……ああ。そういやー、そんなのがあったなあ」
「貸す側が忘れないでよ!」
「金欠からは抜けだせたのか?」
「お陰様でね」
「よかったじゃないか」
「いいことばかりじゃないわよ!」
リリプルだけが怒っていて、マーチとファブルが乾いた笑いを浮かべている。
「レンタル料は払うけど、怒りのメイスも返却するわ」
「そりゃ構わんが、使わないのか?」
「使えることは使えるんだけど、これ持っているとアシッドワームが倒せる実力があると勘違いされちゃうのよ!」
「ああ、なるほど」
まあ、買ったにしてもそんなに財力があるようには見えんし(失礼)なあ。
分不相応と思われたんだろ。
とりあえずの1000Gと怒りのメイスを受け取ると、リリプルたちは手を振って去っていった。
後から謝罪のメールが来たが、それによると天下のビギナーさんと弱小クランが一緒に行動すると、色々な方面から突き上げをくらうらしい。
俺のせいかーい……。
最後に街壁の門まで行って、兵士さんたちに無断で壁を越えたことを謝罪しにいく。
袖の下代わりに、ナス牛の乳から作ったチーズの塊を手土産に。
結論から言うと、罪に問われたりすることはなかった。
普段から料理を渡していたりしたんで、好感度が高くなっていて多少は融通が効くらしい。
今ならシェルバサルバを密入国させるくらいは出来そうだな。
「やー、色々案件が片付いてよかったわー」
「よカッタデスネ、おトウサマ」
ぽよんぽいん。
「ちー!」
「ぐるる」「メェッ」
「コッコッ」
そのままヘーロンまでペットたちと街道をのんびり歩いていく。
プレイヤーズ職人ギルドに手持ちの要らんドロップ品を預けに行く予定だ。
怒りのメイスもそっちへ回し、牙突のタワーシールド2つも提出してしまおう。
あと狸から出た金属バットと、ワニから出たグラムロッドも要らねーな。
それとレインディアの魔槍とバクの枕も出すか。
ウサギの角みたいな、何に使うか分からんアイテムも取り扱ってくれるのかねえ。
食材より料理の方が喜ばれたりするんだろうか?
そっちは聞いてみた方がいいな。
途中でリングベアの順番待ち待機所を通る。
待ってる人はいなかったが、アイテムがバラ撒かれているという不自然な状況がひろがっていた。
プレイヤーが死亡するとアイテムロストしたりするが、ここまでアイテムが撒かれることはない。
だとするとPKされたか?
何も言わずに俺が戦闘体勢を取ると、ペットたちもそれぞれが警戒を始めた。
視覚を【魔力視】に切り替えて周囲を確認すると、木や岩の障害物に隠れるようにして何人か潜んでいるのが分かった。
【気配察知】と【看破】を併用すれば、たちまち隠れていた姿があらわになる。
「げえっ!?」
「マジかよ、クソッ!」
「だから隠れてやり過ごそうって言ったじゃねーか!」
「【看破】持ってるなんて聞いてねーよ!」
悪態を吐きながら7人ほどが逃げ出そうとしているところへ、頭上から文字通りバケツをひっくり返したような水が落下した。
「ぶっ!?」「なんだこりゃ!?」「何の魔法だよ!?」「呆けてないで逃げろ! 早く!」
俺やペットたちには一滴も掛かっていない。
PKたちは驚いたり、滑って転んだりしている。
ずぶ濡れになりながら、それでも逃げようとしたがもう遅い。
間髪入れずにそこへ大木のような太さの雷撃がドンドンドガラガーン! と突き刺さった。
水がアスミの魔法で、雷撃がツイナの魔法である。
それで即死したPKは1名だけで、2名が麻痺って行動停止。
4名が普通に動けているから【麻痺耐性】持っていたんだろう。
動ける者の内2名は「こうなりゃ破れかぶれだ!」「クッソ死にやがれええっ!」と向かって来た。
生憎お前らの大根剣術じゃあ俺は殺せないと思うな。
最初に突っ込んできた1人は、予め刺突状に展開しておいた魔力固定に串刺しにされて絶命する。
もう1人は短剣で体ごと突っ込んで来たので、短剣を叩き落としてから、破撃で胸部を抉るように陥没させる。これも即死。
逃げ出そうとした1名はグリースから蹴りと腐蝕毒を喰らって砕け散る。
もう1人はシラヒメの糸に捕らえられてから、ツイナとアレキサンダーによって火炎の中に沈む。
アスミの生成した巨大な水の塊は、麻痺って動けない者を包み込む。程なくして2人は苦悶の表情で溺れ死んだ。
ただPKの奴らって残酷描写解放してんのかねえ?
してるからプレイヤーが無惨に殺される様が見たいのだろうか?
問題なのは残酷描写や痛覚設定が高い方が優先される対プレイヤー戦闘なんだが。
俺の場合だと描写はともかく痛覚にもプラス25%されてるから、あまりの痛みにPKの奴らがショック死するかもしれないという危険性が。
ちゃんとVRの機器に緊急遮断装置とか付いていればいいんだけど。
スリルを求めて外している人もいると聞くからなあ。
誤字報告してくださる皆さま、いつもありがとうございます。
※毎回言っていますが、異方人は誤字ではありませんので誤字報告は受け付けておりません。
GWは休みですが、仕事が山積みです。




