234 疑心の話
リアル回です。
日課のランニングを純義と行う。
久しぶりに一緒に走るので、最初は純義に合わせて走っていたんだよ。
途中で後ろの方を気にしていた純義が、いきなりスピードをあげてどんどん先に行ってしまう。
何があったのかと思いつつ後ろを見てみると、大型犬2頭を連れたランナーが迫って来ていた。
あー、あれが原因か。
一旦横にずれれば良かったのでは?
随分早いペースだなあと道を譲れば、会釈して通りすぎたのは年配の女性だった。
健脚だなあ。
後ろの大型犬は毛がふっさふさだったんで、人工毛アレルギーの純義はこれ見て逃げ出したのか。
守護者の大型2頭ってあんまり見ないけど、おそらくは毛を針みたいに硬質化して主人を護るんだろうなあ。怖い怖い。
ランニング予定コースの折り返し地点である砂浜に着けば、純義が大の字になってひっくり返っていた。
その傍には2人の人影が寄り添っている。
呆れたように見下ろしているのが貴広で、純義を棒で突ついているのが翠だ。
家を出る前にはいたはずだが、バスか何かで先回りして来たな。
辺りを見回してみるが、ウチの守護者であるコイやポイの姿は見えない。
翠はガードなしには出歩けない筈だが、はて?
「あ、兄さん。プチ姉さんからこれを借りてきました」
「これ?」
俺の疑問に答えるように翠が手を上げれば、空から急降下してきた真っ白な小鳥が指先にとまる。
「おいおいプチ姉……。鳥型ってばまた物騒な物を貸し出すなあ」
「渡された時は私もちょっと過剰防衛すぎやしないかな、と」
「大気の家族が物騒なのは何時ものこったろうよ」
しみじみと言うなよ貴広。俺が悪い訳でもない。
コイとポイを純義が受け付けないからといって、代替手段が酷すぎる。
鳥型のガーダーはそれ自体に戦闘能力はないんだよなあ。
恐ろしいのは本体が定点型空中要塞で、小鳥はその子機というところだ。
小鳥はビーコンと照準機能を受け持っていて、護衛対象が危険に陥れば要塞からレーザーやミサイルが飛んでくるという仕様だ。
空中要塞自体はあちこちに漂っているからな。あんまり珍しい物ではない。
元々は『黒い棒』からの脅威に対する無人砲台の役目だったからな。
『黒い棒』からの脅威度が昔より下がったため、外敵からの防衛と兼業で都市内の警備の役目も担っている。
だからって対人にミサイルやレーザーは過剰すぎると問題になっているがな!
「で、先回りして待っていた用件は?」
純義を起こして一緒にクールダウンしつつ、貴広と翠に目を向ける。
「ゲームん中じゃあ顔を付き合わせて話も出来ないだろ」
「兄さんが北に向かった話が聞きたいんですよね。もちろんちゃんと情報料は払いますし、拡散しても問題なければ掲示板にも流しますけど」
「とは言ってもなあ。兎とキノコとキュウリと猪と熊とカブト虫倒して、魔族の街行って、魔王と面会したくらいだからn……」
「「「待て待て待て待て待てっ!?」」」
指折り数えながら北の森の道中を簡潔に語ったら、三人から悲鳴のような制止が入った。
「魔王と会ったって何だ、魔王と会ったってのは!? 封印されてるんじゃなかったのかよ!?」
「もしかしてゲージを動かさずに魔王を解き放ったんですかっ!? 裏技でも使ったんですかっ!?」
「相変わらず何に突っ込めばいいのか分からねえっス……」
「いっぺんに聞かれても分かる訳がないっつーの」
そもそもどこから話せばいいのやら。
魔王のおじさんの事情は話しておくべきだろう。
「そもそも大気は何をしにリーディアの北まで行ったんだよ?」
「最初は山脈まで薬の材料になる花を採りに行ったんだよ」
「そう言われれば、そんなことを聞いたような気がします」
翠に伝えたっけ?
誰かに話したような気もするが、イビスから逃げ出した前後はプレイヤーと会ってなかったからなあ。
「魔物と戦い、野営をしながら奥に突き進んで行っただろ」
「おっかねえ魔物がウジャウジャいるって掲示板で話題になってたが、呑気に野営が出来るところなのか?」
「至極平穏に野営出来る手段を手に入れたからな。神の加護もついているし」
「兄さんのやらかしたワールドアナウンスですね」
「あれのお陰で速く走れる靴を手に入れたっス! 魔物で俺っちに追い付ける奴はいないっスよ!」
「相変わらず純義は走りを追究してんのな。戦闘能力はどうなんだ?」
「侮らないで欲しいっスよ。これでも範囲攻撃が出来るようになったんでスっから」
「盗賊で範囲攻撃ぃ?」
翠と一緒になって貴広へ「どゆこと?」と視線を向ければ、苦笑いをしながら教えてくれた。
「あー。なんというか、らしいというか。充分な助走を維持しながら魔物の群れに突っ込めば、衝撃波を発生させることが出来るようになった」
「はああ!?」
「でも1日に1回限りだから、あんまり役に立つとは言い難いっスね」
「なるほど、城落としみたいなもんか」
「「全然違ぇっ!(違うから!)」」
話題が横にズレたが三人が特に興味を示したのは魔王のことだった。
俺もあの人を怒らせるのは本意じゃないからな。
魔族の街に張られた障壁のことや、通過するための条件と無理矢理に越えようとするとゲージが進むこと、などかな。
「お前、NPCと友誼を結ぶの上手いよな」
「プレイヤーのフレンド数より、友人はNPCの方が多いんじゃないんですか?」
「NPC言うなし。普通に会話すればいいだろう。友好的な人ばかりじゃないか」
「魔族という名称からして怖いっぽいっス」
「名称から差別すんのはどうなんだよ? 皆親切でいい人たちばっかりだったぞ」
何やら俺と3人の間に溝が深まった気がする。
俺の場合は軍でサイバーノイド部隊と接してるからかもな。
うちの部隊でも毛嫌いしてる隊員は少数いるから、性格にもよるな、たぶん。
「兄さん、実はゲームで洗脳なんかされてたりしませんよね?」
「表向きの顔に騙されてんじゃないだろうな?」
「はぁ? んな訳がない。魔族の人たちを疑ってんなら怒るぞ」
「ヒェッ!?」
俺が怒気を放つと、隣にいた純義が一瞬で青くなった。貴広と翠も引きつった表情で硬直しかかっている。
おとと、やべーやべー。【威圧】さんが仕事してたわ。
「俺からも聞きたいことあったんだけど」
「な、何ですか?」
「イビスって俺が逃げ出した後になんかあった? まだ貴族とかのさばってんのかな?」
「ああ……。掲示板で騒ぎになってたの大気の、ビギナーのことばかりだったからなあ」
「住民に何かあったって話は聞かないっスね。掲示板では信者が騒いでたくらいだったっス」
「信者かー」
事情を聞くならあいつらが適任かな。街中で呼び掛けたら出てきてくれるのかね?
他にもプレイヤーの職人ギルドがヘーロンで競売を始めた話を聞いた。
あと塔の攻略が停滞しているから、そちらにも手を貸して欲しいそうな。
「食える奴がいそうにないから、あんまり気が進まないなあ」
「お前食材目当てで冒険してんのかよ。ちょっとは攻略にも力を貸せよ」
「実は兄さんは攻略組だと思ってる人が、意外に多いですからねー」
「攻略してたんじゃねえよ。食材とか薬草とか探してたんだよ」
「まあ、大気にぃの行動理由なんてそんなもんスよねえ」
その後は雑談しながら4人で走って帰ったんだが、体力に劣る貴広だけは途中で見えなくなってしまった。
帰ってきたのは俺たちが家の前でクールダウンし終わったくらいだったんで、もう少し体鍛えた方がいいんじゃないかな?
誤字報告してくださる皆さま、いつもありがとうございます。
眼科行ったら先生に正論で怒られて心折られました。




