230 藪蛇の話
何やら誤解されまくりな質問に即否定したら、魔王のおじさんはぽかんと口を開けていた。
「だから言っただろーが! 早々勇者なんてもんが人族の中から誕生しねーって!」
対称的に苦虫を噛み潰した顔をしたシェルバサルバが、頭をガリガリとかきつつ文句を垂れる。
「俺は勇者って柄じゃねーと思うんだが?」
「あんだけ魔物をゾロゾロ連れてりゃそーだろうよ」
「キミはその……、こんなところまで魔物を連れて何をしに来たんだい?」
恐る恐るといった魔王おじさんの態度には笑うしかあるまい。
俺に対するプレイヤーの態度とそっくりなんで。
「元々はこの先の山まで花を摘みに行こうとしてたんだ。途中にこんな街があるなんて、思いもしなかったがね」
「あそこにか?」
山がある方を指して説明すれば、魔王おじさんは眉をひそめて難しい顔になる。
シェルバサルバといい、随分な反応なんだけど。あの山は相当な難所なのか?
「あそこはドラゴンの住み処になっているから、我々でも安易に足を踏み入れようとは思わないよ」
「……はい?」
「あー、やっぱり知らなかったのか。最初は知ってて向かうのかと思ってたが……。蛮勇は止めた方がいいぞ、ナナシ」
「ドラゴンっているんだなー」
「あいつら結構狂暴だぞ。対話なんか通用しやしねえ」
「脳筋か」
知ってる訳がないじゃないか。事前に知れてよかった。
俺1人なら死んでもすぐに復活するが、ペットたちは復活するかどうかも分からんからな。
ドラゴン自体は見てみたい欲求もあるが、デメリットの方が遙かに高いので諦めるか。
「花が欲しいなら城の裏手に農場がある、行ってみてはどうだい? 採りすぎなければ花壇から好きな花を持って行っても構わないよ」
「ええと……。ありがとうございます。有り難く頂戴します」
魔王のおじさんの申し出にどうしようか迷ったが、横にいたシェルバサルバが「受けとけ受けとけ」とジェスチャーを送ってきたので受けることにした。
つーかこの魔王さん、すげー態度が柔らかいよ。親切だよ。
疑ってた俺が馬鹿みたいじゃん。
しかし、それはそれとして聞いておかなきゃならんことが1つある。
「魔王、さんって封印されていると(ワールドアナウンスで)聞いてたんですけど。そこのところはどーなってるんですか?」
「あー……」
「外ではそう伝わっているんだねー」
俺の問いにシェルバサルバは頭痛いというように額を押さえ、魔王のおじさんは企みが成功したように黒い笑みを浮かべた。
何のこっちゃ?
「僕は魔王だけど、実のところ世界を征服しようだとか、人類を滅ぼそうだとか、そういったことには興味はなくてねー」
「親父は温厚魔王とか言われているしな。兎の皮を被った魔王のような羊とかな」
「羊はどっから出て来たんだ?」
人畜無害を表現したいのは分かるが、兎から羊とか訳分からねえよ。
「それでも魔王を退治しにやって来る自称勇者が後を絶たなくってねー。僕はこの街でのんびり王様やっていられれば幸せなんだけどねー」
「あいつら一言目には『悪逆非道な魔王め。真の勇者が退治してくれる』と言っててなあ。いい加減耳タコだぜ。もっと理路整然とした言葉を喋れねえのかよ。教養なんて欠片もねえ下品な奴ばっかりで、嫌になるぜ」
「聞き飽きるほど勇者が来たのかよ。シェルバサルバが無事ってことは、その勇者たちはやっつけたってことでいいんだな」
「勇者を騙る奴らはぜーんぶ弱っちいからなあ。ただ、道中にある物を壊しまくるから被害が馬鹿になんなくてよ。お陰で城に至るまでの道が綺麗になっていただろ」
楽しそうに言うことかな?
道理で兵士以外、途中に障害がなかった訳だ。
被害が広がらないように取っ払っちゃった結果なのか。
「そこで何処からともなく湧いてくる勇者の目から逃れるため、僕は自分自身を世界から隠すことにしたんだよ。まあ、試行錯誤の結果、この街も世界と遮断しちゃったんだけど」
「よくもまあ、そんなところに入れたな俺……」
「一応魔族なら出入り自由なんだよ。あとは闇系統の魔法かスキル持っている連中とかな。【暗黒術】を持っていれば分かりやすいぜ」
「……なるほど。いいことがあると言っていたのはそういうことか」
確信犯だよ、確信犯。
シェルバサルバは目を細めて「クヒヒ」と笑っている。
「世界から遮断するってそんなことできるのか。すげえな」
「あ!? バカッ!」
「ほほう、君はこういったことに興味があるのかい? 外から来た人族としては勤勉だね。聞きたい? いや聞きたいよね。いや、君は聞くべきだ。状況がそう言っている」
焦ったようなシェルバサルバの声に振り返ると、その姿は忽然とその場から消えていた。
ついでに言うと玉座の間の扉の前に控えていた兵士と、さっきまで部屋の中にいた数人の人も居ない。
首を傾げながら前を向くと、そこにはドアップになった魔王のおじさんの顔が目の前を占めていた。
うん、会話の取捨選択を思いっきり間違えた気がするぞ。
後悔したが既に遅く、俺の体は魔王のおじさんの何らかの魔法によって隣の部屋へと運ばれていく。
そこで魔王のおじさんが自ら淹れてくれた紅茶をちびちびと飲みながら、いかに世界から隔絶した壁を張る手段とか、構築までの発想とか、アイテムボックスやインベントリとの違いを考察するだのなんだのというウンチクを延々と聞かされ続けた。
しまった。
魔王のおじさんはその手のマニアな人だったのか。
ようやく解放されたのは、翌日の昼に近い時間帯で。
筋肉質のボディビルダーみたいな別のおじさんがやって来て、引き剥がされたのである。
それでも話し足りないような魔王のおじさんに、ボディビルダーのおじさんが「仕事が溜まっているんだ」と怒鳴って追い立てていった。
ステータスを見たら【忍耐】と【空間魔法】というスキルが生えていたんだが。
あと【魔王の話し相手】という称号も生えていた。
「はー。言わんこっちゃない。親父にあんな話もちかけるからだぜ」
「シェルバサルバ……」
「ん?」
いつの間にか部屋にやって来ていたシェルバサルバが額の汗を拭っている。
「マズいんなら助けろ」
「ああなった親父を止められるのはあのおっさんかお袋だけだ。俺には無理な役どころだぜ」
肩を竦めて諦めたように首を振るな。
巻き込まれた俺が可哀想だろ。
誤字報告してくださる皆さま、いつもありがとうございます。
ラスボス間近になると放置するRPG。もうデータが10個くらいある(笑




