221 北の森の話(3
シェルバサルバに案内された先は洞窟だった。
洞窟の入り口を木材で作られた壁が覆い、そこに扉がついている。
それだけ見ると掘っ建て小屋のようだが「さあさあ」と誘われた内部は、とても洞窟とは思えないほど整えられていた。
床には暖かそうな絨毯が敷かれ、岩壁を覆い隠すようにしっかりとした造りの家具が並んでいる。
天井全体が光を放っていて、部屋の隅々まで暖かな光が降り注いでいた。
ちょっと年季の入ったアンティーク調の一室といった感じか。にしては生活臭はない?
綺麗に整理整頓されている中、部屋の端に置いてある木箱に乱雑に放り込まれている巻いた紙とかは何なんだろうな。
首に巻き付いているアスミ以外のペットは外である。
シェルバサルバが「この近辺に魔物は近付いて来ないから大丈夫だぜ」と言っていたから平気だろう。
シェルバサルバは座椅子を部屋の端から引っ張り出すと俺に座るように勧め、俺の対面にどっかりと腰を落ち着ける。
俺たちの間にどこからともなく取り出した盆を置きカップを置くと、そこには紫色の飲み物が既に注がれていた。
凄い毒々しいんだが……。
「まあ人間には馴染みがないだろうが、俺たちのところで作っている茶だ。毒じゃないぞ」
「なら、頂こう」
飲んでみたが酸味と渋みと少しの甘味がある、形容しにくい飲み物だった。むりやり言葉にすると、……紫蘇味に近いような遠いような?
俺がなんとも言えない顔をしていたのが面白かったのか、シェルバサルバは笑っていた。
「ここに住んでいるのか?」
「住んではいるが、どちらかというと別荘に使っているな。本拠地は別にある」
「なるほど」
それで生活臭があんまりしないのか。
「それよりナナシの話を聞かせろ。好き好んであんな山まで行く奴もいないだろ。あの山の魔物はここいらのより手強いぞ」
「強いのか、それならば暫くこの辺で修行でもするかな」
「ははは、面白いことを言う奴だな。部屋は貸せないが寝泊まりするならこの近辺を使え」
「ああ、ありがたく洞窟前を貸して貰うとするよ」
出入りに邪魔にならない程度に家を置くとしよう。
「山を目指す理由は花を探しにだな」
「……花?」
「正確には花の蜜で、実のところ目的の花がそこに生えているという確証もないんだが。それが高い山の頂きに生えているっていう情報を頼りに行くだけだからなあ」
「……それだけか」
「うん? よく考えるとそれだけだな。馬鹿らしい理由だが、目下の目的はそんなもんだ」
「花、花か。……クククク、ハハハハ。アッハッハッハッハッ!」
おいおい。笑い転げるところなのかそこ。
シェルバサルバは腹を抱えて大爆笑している。
あの山は今の理由で行くのに面白い所なのかね。
ひとしきり笑っていた シェルバサルバは、息も絶え絶えに涙を拭っていた。そこまで笑うんかーい。
「面白い話を聞かせてもらった。今だかつてそんな理由であの山に赴こうなんてのはお前だけだと思うぜ」
シェルバサルバは俺の肩をバンバン叩きながらそう言う。
次に部屋の隅に行き、木箱の紙束の中からスクロールを引っ張り出して俺に渡してきた。
「面白い話の礼にこれをやるよ」
「え、いいのか?」
「まあ、持っていると良いことがあるさ」
「え?」
渡されたスクロールを確認すると【暗黒術】という魔法だった。
え? 【死霊術】同様のヤバイ魔法の1つか。
……俺は何処に向かっているんだろうな?
習得すれば最初に使える術がブラインドだと分かる。
盲目にする術か。殴ると同時に使えば問題ないかな。プレイヤーに使ったら騒ぎになりそうだが。
あと、さっきのヘビィボアのドロップ品にあった盾。
インベントリの中の物を表示させると、牙突のタワーシールドという名称だった。
盾の中央にヘビィボアの物と思われる4本の牙が付いていて、防御力は150。それに突進を反射する効果が付いている。
破格の性能だが、俺は使おうとは思わない。
レンブンに掲示板に書き込んで貰って売るか。
こんなところまで買いに来るプレイヤーはいないだろうけど。
「だんだん手持ちの魔法がヤバイものになっていくなー」
「ヤバイ? 今渡した【暗黒術】以外にも何か持っているのか?」
「シェルバサルバなら言っても大丈夫か。俺が習得してるのは【死霊術】と【幻魔法】と水と土だ」
「【死霊術】ってお前。よく人族の中で生きていけるな……」
「やっぱ持ってるとヤバイのかー」
「聖職者の奴らに見付かったらこれもんだぞ」
シェルバサルバは首を切る仕草をしてケタケタ笑った。
エニフさんは聖女になっても黙ってくれているようだが、教会関係には近づかない方がいいな。
今のところ、人の目がある場所で【死霊術】は使ってないが、今後は分からない。
しかしヤバイ魔法を習得していても、神の加護の効果は普通に受けられている。
神様は人の持つスキルに忌憚はないみたいだ。
「人前じゃ、ほぼ使わなかったからな」
「なんだナナシは、ペットを前に出して後ろから魔法を飛ばす役目じゃねえのか?」
「いや、前衛で殴ったり蹴ったりするのが本来の戦い方だな」
「……は?」
目の前でシュッシュッとシャドーボクシングをしてみせると、シェルバサルバは目を丸くしてから再び笑いだした。
「こいつぁ傑作だ! お前変わり者扱いでハブられた口か?」
「ハブられてはいないと思うが、PTが組み難いのは確かかもしれんなー」
「お前その内、人族の輪の中から外れんじゃねーの」
「まあ、人間辞めかけてる気がしないでもないなあ」
「スパッと辞めちまえよ人族なんかよう」
「無茶言うな」
腹抱えて笑い転げた挙げ句、とんでもないこと言いやがる。
「いやー。こんなに笑かしてもらったのなんて何十年ぶりかって感じだよ」
「よく分からんうちに笑われる方の身にもなれよ!」
「まあまあそうむくれんなって。詫びにこいつをやるから」
そう言ってシェルバサルバが差し出して来たのは、またもやスクロールだった。
受け取って確認してみれば【無属性魔法】という代物である。
「いいのか?」
「遠慮すんな」
習得してみれば、最初から使える術は身体強化。肉体系ステータスの数値を10%ばかり上昇させるらしい。
レベルが上がれば、15%、20%と強化幅があがるようだ。
「おー」
「どうだ?」
「これで猪に再戦が出来そうだ」
「はははっ、闘争心が高くて結構なことだぜ」
もうやる事成す事シェルバサルバのツボに嵌まるような気がするわ。
この後に別荘前に家を取り出して置いたら、またもや大爆笑して【魔法強化】というスクロールを貰った。
笑わせたらスクロールをくれる住人なのかね。イベント扱いか?
誤字報告してくれる方、いつもありがとうございます。
にっちもさっちもいかないような忙しい時になると手間暇のかかる料理がしたくなる。
圧力鍋を使わないでじっくりとろとろに煮込むビーフシチューとか。
ぐりとぐらのカステラとか。
次回は幕間掲示板の予定です。




