220 北の森の話(2
オーク肉を炙り焼きにして空腹を満たす。満腹度が10%以下になるとステータスにペナルティが付くというから気をつけないと。
あんまり考えてなかったが、野菜などの栄養も気にするべきなのかなあ。
周辺を探索すると食べられる野草が幾つか見付かった。肉野草炒めも作ろう。
グリースとその辺の茂みを回っていたアレキサンダーが、俺の傍にどさどさどさーっと薬草を積み上げていく。
木々の間に蜘蛛の巣を作り上げたシラヒメは、鳥を数羽捕まえてきた。
食用の鳥なのは分かるんだが、俺頼んでないよな?
ツイナはフラリとこの場を離れたと思ったら、デカイ鹿を咥えて戻ってきた。
だーかーらー、俺は頼んでないって言ってるだろ!
仕方がないので家を出して、今日はここで1泊しよう。
鳥はシラヒメが絞めて暫くするとモモとムネ肉となって残り、鹿も幾つかのパーツ肉に変わった。
レッドカウとかがこういうパーツにならないのは、エネミーだからか?
鳥肉を全部纏めて大鍋で水炊きにしてみた。ペットたちにも皿に分けて与えてみたんだけど、熱さとか気にせずにガツガツ食べていた。
だがシラヒメよ。下半身の蜘蛛が、皿を傾けて流し込むように食うのはちょっとどうかと思うぜ。
明日も北に向かって進むとしよう。
翌日の初エンカウントはキュウリだった……。何を言ってるのか分からないと思うが、キュウリとしか言いようがない。
キュウリから細長い足が四本生えている謎生物がのっそりと現れ、その辺の木の葉をもそもそと食べている。
つーか何処に口があるんだこいつは……?
シラヒメが糸を飛ばして拘束したら「ヒヒィンンッ!」という鳴き声を出して暴れ始め、アスミの放ったウインドスライサーによってバラバラにされた。
ドロップ品は籠いっぱいに入ったキュウリ。
市場に並んでいたキュウリの産地はこれってことはないよな?
名前はショウリョウウマである。ってか馬!? あれで馬?
だからヒヒーンと鳴いていたのか。
なんなんだこの運営のお遊び生物は……。探せばもっといそうだなあ。
次に見かけたらSSとってフレンドに一斉送信してやろうか。
キュウリをかじってみたらみずみずしくて歯応え抜群だった。美味しいねえ。
ペットたちにもと渡してみるが、アレキサンダーとグリースくらいしか食べなかった。さすがにアスミは胴体より太いから無理だろう。
その後はスタッグラビットを2匹倒したところで、木々をへし折り黒褐色の猪が現れた。
体高は3メートルくらいある巨体だ。これ、魔法通じるのか?
名前はへビィボア。猪に逢うのってノジシ以来じゃないかな。中間形態をすっ飛ばして、いきなり最強個体という感じがしないでもない。
口元から伸びる牙は4本もあって、前向きが2本に斜めに広がって2本と、凶悪な布陣である。
物凄く興奮しているらしく「ブフオーブフオー」と鼻息なんだか荒い呼吸なんだかが聞こえてくる。
右目と脇腹に矢が突き刺さってるから手負いのようだ。
やったの俺たちじゃないんだけどな~。とか言うだけ無駄だろう。
ていうか、こんなところまで狩りに来ている奴が俺らの他にもいるらしい。
「ブゴオオオオオッ!!」
「うわっ!? やっぱりいいっ!」
吠えると同時に突進して来たので、アースランスを設置してから避ける。
アレキサンダーはシラヒメが抱えて跳び、木の幹に張り付く。
ツイナは翼を広げて上へ飛び、グリースは突進の当たらないギリギリの高さへ羽ばたいてから、ヘビィボアの背中に蹴りを入れていた。
効いてる様子はなさそうだが、器用なことをしやがる。
ちなみに設置したアースランスは小枝のようにポキポキ折られていた。あっちの防御が抜けないでやんの。駄目だあれ。
突き進んで行ったヘビィボアは、進路上にある木を大量にへし折って行っている。
あのままだと倒木だらけになって、こっちの回避に影響が出るわな。
エナジードレインは普通に通る。が、あんな突進の直撃を食らったら、1発で剥げてお釣りが来そうな気がする。
スケルトンなんかは呼んでも盾にもならんし、手持ちで1番の威力のアースランスがあれじゃあなあ。
こりゃ近接戦闘でどうにかするしかねえ。表皮が硬いから狙うとしたら片目に刺さっている矢だな。
まずは走り回っているヘビィボアの足を止めよう。
「シラヒメ! 後ろ足を狙って動きを止めろ! ツイナはデカイのを頼む!」
待っていたかのように大量の糸が飛んで来てヘビィボアの下半身をグルグル巻きにする。踏ん張れなくなったヘビィボアは腹這いになった。
続いてアレキサンダーが降ってきて、ヘビィボアの顔の左半分にべちゃりと張り付いた。
途端にヘビィボアが苦しみだしたんで、溶解か燃やすかしてるんだろう。
ツイナがうなり声をあげ、アレキサンダーが離れた瞬間ヘビィボアを飲み込む程のぶっとい落雷が落ちる。耳鳴りと共に音が消えたが構わず突っ込んだ。
矢は落雷で原型が消失してしまっているが、眼窩に向けて葬雷、抜き手の技を差し込む。
肘近くまで深々と押し込んだところで、ビクンと震えたヘビィボアは動きを止め倒れた。
「ふー、結局近接戦になるかー。魔法ももう少し鍛えんとダメだな」
「おトウサマ、オケガハ?」
「特にないな。HPが減るのは何時も(【闘気】の対価)のことだ」
アレキサンダーが倒れたヘビィボアの体をじっと見つめ、グリースの尾蛇がその体をつんつんと突いている。
そういえばドロップ品にも変わらないな。普通のエネミーじゃないのか?
「……む。人かと思ったらキマイラにアラクネにコカトリスだと? こんなものを従えているお前は人族か?」
「人だったけど今は違うかな。このヘビィボアは貴方の獲物だったか?」
後ろから掛けられた声に振り向くと、弓を携えた真っ黒い人がいた。黒曜石のような肌っていう人には初めて会うが、言葉が通じるなら悪いようなことはならんだろう。
何かの毛皮を加工したツナギのような服を着て、背に矢筒を背負っていた。
側頭部から伸びる角とやや尖った耳は何の種族なのかね?
「こいつはここら一帯のヌシでな。俺も手を焼いていた。見たところお前たちが倒したのだろう。礼を言う」
「いや、俺らも身を守っただけだしな。力不足を痛感した一戦だったと、反省していたところだ」
自虐じみた言い方をすれば、黒い人は驚いたように目を丸くした。
「それだけ特化したペットを連れていてか? 人の世はいつの間にそんな苛烈になったのだ?」
「やー、どっちかというと俺の周りだけ?」
「は?」
「いやいや、ただの愚痴だから忘れてくれ。それよりこのヘビィボアはどうするんだ?」
「お前たちが倒したんだから、お前たちが持っていけばいいだろう。俺はこいつに悩まされていただけで、追い払えればそれでよかったんだ」
「それならば遠慮なく」
ヘビィボアはインベントリに収納するとドロップ品に変化した。
盾と革と肉に分かれたところをみるに、この人物に友好を示せばいいということかな?
黒い人はヘビィボアが跡形もなく消えたことについて追及するようなことはせず、面白そうな顔で俺たちの様子を窺っている。
「お前たちはこの森に何をしに来たのだ?」
「森に来たのは目指す場所があるところまで一直線だからだな。目的地はあそこだ」
北に見える山脈を指差すと、黒い人はポカンとした後にいきなり腹を抱えて笑い出した。
いきなりその反応は傷付くんだけど。山脈に何か面白い物でもあるのかねえ。
しばらく待っていると、ひとしきり笑って満足したのか黒い人はニヤニヤ笑いを顔に張り付けたまま俺の背中をバシバシ叩いてきた。
「いやー、久しぶりに笑わせてもらったぜ。お前面白いこと考えるな! 気に入った! あそこへ行く前にちょいと俺のところへ寄っていけ」
「こんなところに住んでんのかよ?」
「俺一人しかいないから気楽なもんだぜ。そっちのペットたちには窮屈かもしれねえけどな」
「いきなり距離を縮めたと思ったら気さくになりやがったな!」
「おお、そう言えば自己紹介がまだだったな。俺は魔族のシェルバサルバだ。好きに呼べ」
「俺は稀人のナナシ。あとペットのアレキサンダーに、シラヒメに、グリースとツイナ。それとアスミだ」
アレキサンダーたちは紹介すると一人一人ペコッとお辞儀をする。
だがシェルバサルバは俺の首元に巻き付いているアスミに目を剥くと「け、ケツァルコアトルじゃねえか!? こんなん連れているってお前本当にナニモンだよ?」と驚いていた。
「ふつーに異方人なんだけど……」
「おお、異なる彼方から来た者たちというのはお前たちのことか! 話は聞いているぞ。ここで話すのは何だ。さあさあ、俺の住処まで来るといい!」
俺は初対面にしてはなんだかやたらハイテンションのシェルバサルバに引きずられ、彼の住居へと誘われていくのだった。
━━━ぴんぽーん!
━━━プレイヤーの皆様にお知らせします。
━━━初めて魔族と邂逅したプレイヤーが現れました。
━━━これによってイベントが進行し、魔王復活までのカウントダウンが開始されます。
何処かで大絶叫が上がったような気がするなあ。
いつも誤字報告してくださる方々、ありがとうございます。
今週は(会社の休み時間に)執筆する余裕があんまりなかった。来週も忙しいから更新できるかは未定です。




