219 北の森の話(1
ログインして周りを見渡せば、前回作った小屋の中だ。
よしよし。キチンとこの場所に戻って来ているな。
外に出て木々の隙間から見える前回の街。そう言えば何て名前の街なんだか聞きそびれた。
ペットたちをスリープモードから起こせば、目覚めた順に俺の傍に寄ってくるのでスキンシップ代わりに撫でてやる。
アレキサンダーのすべすべした頭を撫で、シラヒメの硬い剛毛の生えた蜘蛛の胴体を撫で、グリースの立派な鶏冠を備えた頭を撫で、ツイナのヤギとライオンの頭を撫で、首に巻き付いたアスミの頭を撫でる。
「さて皆。今日からあそこに見える山に向かって突き進むぞ」
ここからだと木々に隠れてあんまり見えないが、青い空とは違う質感の白い壁のような部分が山脈の一部だろう。
「この先は何が出てくるんだか分からんが、俺は魔法中心に立ち回る。アレキサンダーもグリースもちょっと注意しろよ」
「コケケ!」
ぽよん。
まあ、危なくなったら手が出ると思うけど。
「ツイナもな。攻撃魔法は程々に。ちょいとフォーメーションを変えていくぞ」
「がるー」「メエ」
「おトウサマ、ワタシハ?」
「お前は何時も通り後ろで糸を投げててくれていいが、やりたいことがあったら前に出ても構わん。それと木の上からも襲って来る奴がいないとも限らないから、そこは注意しとけ」
「ハイ、わカリマシタ」
シラヒメはツイナより図体がでかくなりつつあるからな。
場合によっては敵に狙われ易くなる。
「アスミは無理のないようにな。もしもの時は俺も前に出るから、腕には巻き付くなよ」
「ちー」
インベントリから死灰のロッドを引っ張り出す。
俺も少しは魔法を鍛えようと思ってな。折角、土に水に死霊に幻とあるんだからある程度は鍛えておかないと。
まあ、他のスキルが上がりにくくなったんで低いスキルを上げて、SPを稼いでおきたいのもある。
あと【MP増加】スキルと称号【魔女見習い☆1】のお陰でMPがかなり増えたようで、ちょっと使ったくらいでは全く減らんのだ。
称号【ティーフェレースの興味】でMP消費も減ってるしなあ。今見たら加護になってて威力10%増加にMP消費5%減少に変化していたが。
よくよく調べてみればただの称号だと思っていた【魔女見習い☆1】には色々な効果が入っていた。
称号をタップしたところ、MP増加に魔法威力上昇に経験値倍(魔法のみ)とかである。苦労したかいがあったね。
それと前回殺気を飛ばしたことで【威圧】スキルが生えていた。こっちもどれくらいの敵まで通じるか確かめないとな。
山脈に行くまで森を突っ切らねばならないが、そんなに昼なお暗いという程木々は生い茂ってはおらんな。
ただ視界がある程度確保出来る分、敵にも見付かりやすいってのもある。そこは気を付けよう。
サイクロプスの腕輪も起動させて皆に10点の防御を付与し、進む。一応ステータス上で防御力が上がっているのを確認しておくが。
しかし何が出るんかね、ここら辺は。
「ってお前かー!」
「ガオオオッ!!」と吠えながら現れた1匹目はリングベアだった。
つかノーマルエネミーで初期ボスが出てくるんかい。
何で隠れていたと思われる茂みから、吠えながら飛び出してくるんだよ。息を潜めて不意打ちして来んかーい。
【気配察知】で丸見えだったけどな。
1撃目の前足のパンチをアレキサンダーがぽよよんと弾き返し、俺が放った【幻魔法】があっさりかかった。
狐火のように周囲に漂う幻火に、手当たり次第襲い掛かるリングベア。隙だらけだ。
その横っ面に、ツイナのパンチが炸裂して吹き飛ばす。
続けて放たれたグリースの蹴りと、俺のウォーターアロー2発でリングベアが沈んだ。
え? 終わり?
「……えーと。こんなに弱かったか?」
ぽよんぽよん。
「がるー」「メェ~」
アレキサンダーが喜び跳ねてツイナが吠える。
ドロップ品は熊の毛皮と熊肉1kg。ベアクローは出るんだか出ないんだか。でもオンリーワンだから、俺が持ってる限り出ない、んだろうな。
こっち側の熊の落とすものはまた違うのかもしれない。
次に遭遇したのは兎だった。
ただ体高が2メートルくらいあり、頭から鹿のような角が生えている。
名称はスタッグラビット。
いきなりその場から高々と飛び上がり、角を下に向けて落下してきたので全員が落下地点より回避する。てっきりそのぶっとい後ろ足で蹴ってくるのかと思いきや、頭突きからかよ。
「落下地点見えてんのかね、あれ」
深々と地面に突き刺さった角を、土を跳ね上げながら引っこ抜いたスタッグラビットは、再び飛び上がった。
チュートリアルかと思うほど対応が楽なんだが。
「ツイナ、土なー」
「がお」「メエ」
そして俺とツイナが行使した【土魔法】で、地面から無数に生やしたアースランスに自分から刺さっていくスタイル。
「ピギイイイッ!?」
「アホめ」
身体中から血を流しながら苦しみ、グリースの尾蛇が飛ばした腐蝕毒で徐々に弱っていく。
最終的に上から降ってきたシラヒメが押さえ付け、下半身の蜘蛛が首を喰い千切って止めとなった。
ドロップ品は畳2畳くらいのスタッグラビットの毛皮と兎の角(笑)。
どー見ても鹿の角なのに、名称は兎の角である。
サンダーレインディアの角はヘラジカみたい感じだったが、こっちは途中から三股になった木の枝みたいな感じの角だな。
その後は熊、兎、熊、兎と続いてから巨大な蟹が現れた。
シラヒメを軽く跨げる程の高さにある全幅3メートルくらいの胴体から伸びる細長い脚。申し訳程度に垂れ下がった小さなハサミ。甲殻の色は茶色。
陸上タカアシガニって奴か?
分かったのはグランドクラブっつー名前だけ。
ノンアクティブだったようで、俺らの目の前を悠然と歩いて横切って行った。
「まあ、ノンアクなら別にいいか……」
「がるる」「メエ」
「なんだ、ツイナは戦いたかったのか?」
「イエ、おトウサマ。ツイナハタベテミタカッタ、ト」
「食べ……」
既にグランドクラブの姿は木々に隠れて見えなくなっている。曲がりなりにも蟹だから、食ったら旨そうではあるなあ。
「次に見つけたら狩ってみるか」
「がる」「メェ~」
「コケコ」
「ハイ」
「ちー」
ぽよよん。
なんか全員嬉しそうだ。
今更になってペット用食料を導入する。とか言ったら暴動を起こすかもしれない程舌が肥えてきたよなあ。
暫く進んだところで現れたのはキノコだった。
頭が傘状になったオレンジ色のキノコの下に、ずんぐりむっくりな人の形がくっついている。
えーと二頭身キノコ人というべきか?
それが4体現れた。
現れたには現れたんだ。でかい傘のキノコがあるなーと横目で見つつ、通りすぎようとしたら動き出して体を地面からずぼっと。
何をするのかと思って観察しているが、地面から出た状態のまま棒立ち。
すると周囲に甘い匂いが漂い始めた。「なんだこれ?」と呟いた途端に視界がぐにゃりと歪む。
立っていられなくて膝を突くと、後ろでツイナがバタッと倒れた。グリースとシラヒメはまだ倒れるまではいかないが、ふらふらしている。
平然としているのはアスミとアレキサンダーくらいか。
何らかの異常状態を引き起こす胞子かと気付いた時には既に遅く、まぶたが勝手に閉じ、て……いく……。
がぶぅ
「いってえええええっ!?」
喉元に灼熱の痛みを感じて飛び起きた。危うくぶっ倒れる直前だったぞ。
倒れそうな体を片手で支えて、腕力のみで体を反転させる。
眼前で何もせずに佇んでいたキノコに、【蹴撃】のアーツのカマイタチを全力で放った。
2体が斜めに輪切りにされて、残りの2体が火柱に包まれる。
目を三角にしたアレキサンダーが炎を纏って、あちこちにある同じようなキノコへ火を放っていた。
無茶苦茶怒ってる。
火柱になったキノコからその辺の茂みに燃え移り、それが樹木に飛び火していく。
やばいやばい!
辺り一面火の海になりかけたが、突然土砂降りの雨が周辺にだけ降り注ぎ、あっという間に鎮火した。
そして所々黒くなった地面と、びしょ濡れの俺たちとキノコのドロップ品が残されていた。
「たったったっ!? いてえいてーってのいい加減に離せアスミ! 起きてる起きてるから!」
首に噛み付いたままだったアスミにそっと触ると、漸く放してくれた。
激痛に目が覚めたが、延々と続くとさすがにキツい。
アレキサンダーの体当たりで眠っていたツイナと、ふらふらしていたグリースとシラヒメが目覚める。
どうやら今のキノコは眠らせるだけで、攻撃してきたりはしないようだ。たぶん眠りこけた対象を始末する肉食獣か何かが他にいるのかもしれん。
名前はスリープファンガス?
探せば毒ファンガスとか麻痺ファンガスとかいたりするのか?
こりゃ睡眠耐性スキルとか取るようだなあ。SPが9も必要なんで、今のままだとちと厳しい。
幸いにもドロップ品は瓶に入った眠りの粉が4本だったので、この場で耐性をつけてやろうじゃないか。
ツイナたちはプレイヤーみたいに安易にスキルを得られるもんではないからなー。ちょいと離れててくれな。
シラヒメに頼んで眠りの粉を俺に振り撒いて貰う。
ツイナがあっさり眠って、グリースとシラヒメがふらふらだったのは毒持ちかそうでないかかねえ。
アレキサンダーとアスミがピンピンしているのは何でだ?
1回寝て、2回耐えたところで無事に【睡眠耐性】のスキルが手に入った。
スキル候補に【呪い耐性】とか【即死耐性】とかあるから、そっちも取っておくべきか……。
これが必要な敵って相当強敵だろう。
いつも誤字報告してくださる方々、ありがとうございます。
車を新しくしたのに、また出かけられない日々が続く。いくら田舎といってもコロナ患者の報は出ているなあ……
寒気に乗って病原体が飛んできているんじゃないでしょうか?




