218 続投する話
リアル回です。
現在、撮影中だ。ライオンの着ぐるみに入って、ステージの上でお客(役の人たち)に手を振っているところである。
最近は共演者さんたちが固まって会話している後ろを荷物持って通過したり、テレビ局前で看板持って道行く人に手を振っていたり。
ニュース番組の天気パート(共演者たちが食堂で飯食ってる背景のテレビ内)にゲスト出演したりだ。
そういった背景に溶け込んだ場面ばっかりだった。ちゃんと階段はパルクールで降りるけどな。
階段の上りに関しては指示されてないので、普通に徒歩で移動している。
ただ番組では下りのパルクールを逆再生していた。
違和感が酷すぎる!
知らなかったのだが、番組の最後では「今日のライオンさん」とかいうミニクイズが開かれていたことが判明した。
最後の次回予告まで見てなかったからなあ。出ている場面の動きを確認してただけだったし。
ちょっとだけ映るライオンさんが何をしていた? 何を持っていた? というミニクイズに正解すると、先着100名に某メーカーのお菓子のチケットが配付されるんだそうな。
知ったからにはアカネちゃんみたいに演出家さんに相談して、細かい動作を加えてみよう。
今日は番組内のテレビ局で行う企画イベントの撮影である。
野外特設ステージも準備され、席は公募で集められたお客役の人たちで埋め尽くされている。
一応中には役者の卵や、子役なども混じっているらしい。
ライオンの着ぐるみはシルクハットに杖を持った姿に飾り付けられている。
基本的に子供たちに囲まれて愛想を振り撒いていてくれ、としか指示されてない。
さて、どうやって動くべきかなあ?
この企画イベントの最中に主役の人たちは修羅場を加速させ、チームが離散の危機に陥るという流れ。
企画自体はギリギリ成功するが、仲間の絆が綱渡り状態になるという番組の山場の1つだ。
いやー、こんなところにマスコットは入っていけねーっすよ。
演技に入る前は談笑して、着ぐるみに入ってる俺にも「大気くんも頑張ってね」と声を掛けてくれる出演者の皆さんたち。
撮影始まると途端にギスギスな空気が漂い始める。
プロすげー。
順調に進む撮影。
だんだん悪化し始める人間関係。
男女の恋愛のもつれが男の友情の方にも影響してヒビが発生し、来場者には笑顔を振り撒いている裏では緊張感が半端ないという。
のほほんと風船配っていた俺だけ場違いなような……。
役者さんの緊張感がスタッフにまで蔓延し、舞台の方では厳かに撮影が進む。
次は特設ステージにライオンも上がって、新人アナウンサー(役の人気女優)と番宣やインタビューをするというシーン。
そこで予期せぬアクシデントが発生した。
ステージの上に設置してある照明の1つが外れ、落下してきたのである。
しかも落下地点はステージ上ではなく、最前列の観客席右側付近だ。
パキッぐら、と来て甲高い悲鳴が上がるか上がらないかといった瞬間に、飛び出した俺が照明を掴んで観客席の外側に着地した。
「あっぶねええええ!?」
勢い余ってコードを引き千切る形になってしまったが、緊急事態なんで許される筈。
しかし一番の問題は、自分でもどういう風に飛び出したかイマイチはっきりしないところだろう。
ほぼ反射的に動いたからなあ。あー、ビックリした。
当然撮影は一時中断し、俺の周囲にはスタッフさんたちが大勢集まってくる。
大道具担当のスタッフさんなんかは顔が真っ青だ。
いや、冷静に考えれば俺も咄嗟にとはいえ、機材壊したことには違いないが。
でも監督さんには「よくやった!」と誉められました。
共演者のみなさんも口々に称賛してくれたので、鼻高々だな。
しかし増長はすまい。この前酷い目にあったし。
何よりお客役の人たちからの「レオン! レオン!」というコールが会場を揺るがしている。
レオンというのはちょい前に視聴者に公募して決まった着ぐるみの名前だ。
この場面、最初は映像をそのまま使おうか。という流れだったのだが、統合統制機構の方から待ったが掛り、その部分だけ回収されてしまう。
俺に監視がついてる前提でなければこうも早く嗅ぎ付けてこないよなあ……。母親が心配性なだけか?
結局その日の撮影は中止になり、舞台を総点検して次の日に撮り直しになった。
しかし、共演者さんたちがネットの方でレオンをべた褒めしたのと、お客役の人たちが危機一髪の話を拡散したせいで人気が急上昇する。
映像を押収したが、口止めはしてなかったんかい!
ただ、中の人である俺を特定するようなことはなく、着ぐるみレオンの存在だけが確立したらしい。
更にはプロデューサーの人たちにも好印象だったようで、今の番組が終わった後も別の番組で起用されることとなった。
だんだん着ぐるみ役者みたいになってきたなあ……。
「それならもう軍なんて辞めて着ぐるみ役者になったらいいんじゃないですか」
「いきなりだな……」
夕飯の時に今日の出来事を皆に話していると、翠が妙なことを言い出した。
「辞めたいと言って辞められるわけないだろ」
「軍は任期があるからねえ。はいそうですかって退役出来るところじゃないのは、翠も知っているでしょう?」
簡単に辞められない理由の部分をプチ姉が語ってくれた。
大怪我を負うや闘病生活を行うなどの理由がない限り、退役することは叶わない。
かと言って雁字搦めな規則ではないから、未成年の俺なら母親の一言があれば退役するのは可能だろう。
ただ一度所属してしまえば10年は退役出来ない。その後は3年か5年毎の更新を選んで続けるか、辞めるかが選択出来るからな。
母親的には俺自身が辞めたいと言わない限り、強権を使う気はないみたいだけど。
プチ姉の方の仕事は順調で、問題らしい問題は上がってないんだとか。
「翌月の特集は隙間産業よ」とか言われても、どういう就職雑誌だ?
俺の着ぐるみバイトもかなり隙間だと思うけど。
対して牙兄貴の方は苦笑しながら俺の方を見た。
「運営の方だと、そろそろある問題プレイヤー対策担当のSEチームを発足させようという流れが出来上がりつつあるぞ」
「へー」
「いや、へー、じゃないですよ! へー、じゃ! その問題プレイヤーって絶対兄さんのことですよね!」
「おお、俺のことだったのか」
「今気付いた。みたいな反応は止めてください! もー! 少しは自分のやっていることがオカシイってことを自覚してくださいと、何時も言ってるじゃないですか!」
「分かった、分かった。悪かったよ。そんな般若みたいな顔で怒るな。可愛い顔が台無しだぞ」
「誰が般若ですかっ!!」
そろそろ怒りで卒倒しそうな翠をプチ姉が「まあまあ」となだめている。
いや、この前は俺はなーんにもやってない気がするんだが。
騎士に絡まれたのだって、街に絡まれたのだってこっちは迷惑を被った側だろう。
「ほとんど信者のせいのような気もするがなあ」
「教祖なら纏めろよ」
「俺は新興宗教を開いた覚えもなければ、説法をかました覚えもねえ。全部信者と名乗る奴らが勝手にやってんだ」
「それでもあそこまででかくなっちまったら、頭が必要になるだろう?」
「……でかい?」
「ああ」
牙兄貴が噛みしめるようにゆっくり頷く。
「俺は信者ってのを見たこともなければ会ったこともないんだが」
「ちょっと待ってください。今運営の方で把握しているビギナー教団の信者ってどれくらいいるんですか?」
「……教団ん~?」
なんか翠からおかしな単語が聞こえた。
空耳かな?
「オフレコだからな。他に漏らすなよ。ゲーム内でもだぞ」
「分かった」
「分かりました」
「細かい集計をとった訳じゃないが、把握しているだけだと大体600人くらいいるんじゃねえか」
「……わあ」
「マジか。何処にそんなに潜んでいるんだよ……」
驚愕の数字である。
これはちょっと責任者に話を聞いておくべきじゃなかろうか。
問うて素直に出てくるかは分からないが。
「探索から戻ったら探してみるとするかあ?」
「……探索?」
つい声に出して呟いてしまった。だが変な表情になった翠が、こっちにギギギと顔を向ける。
「そう言えば兄さん、今何処にいるんですか? 掲示板ではベアーガから目撃情報が途絶えてますけど」
「ちょいと魔女の薬の材料を探しに北の山へ向かっているところだ」
「薬!? 北の山!? また何かやらかす気なんですね!」
「やらかすって何だ。やらかすって……。薬の材料を探しに行くだけだっつってんだろ!」
「絶対嘘です! そう言っただけじゃ済まないことを今までやって来たじゃないですか!」
「うわ~、信用ダダ下がりしてやがる。なんもしねーし、するつもりもないと言っているだろうに」
「今まで兄さんが起こしたワールドアナウンスの数を自覚してくださいっ!」
「えーと、ペットとダンジョンと加護?」
「ってこの前のも兄さんだったんですかああああっ!?」
「あ、やべっ」
ぶちギレた翠の勢いに負けて俺が逃走を選択するまで僅か5分。騒ぎの中、プチ姉たちの声をひそめた意味深な会話に気付くことはなかった。
「進行は順当?」
「いや、まだまだ。浸透度は8パーくらいじゃないか」
「遅くない」
「その辺の機械と一緒にすんな」
「 」
「はいはい、了解致しました」
「総帥の仰せだ。気長に待つか」
「そうねえ」
誤字報告してくださる方々、いつもありがとうございます。
ローソンの豆腐の水分を抜いてから凍らせ、かき氷のように削り「フルーティスSu」(4倍濃縮原液まま)をかける。という珍妙な食べ方に行き着きました(苦笑
どうしてこうなったか私にも分からない。




