207 下がダメなら上を行く話
リリプルからは『今回は色々と学ぶことが多かったです。また遊びましょう』という文章で締め括られていた。
ううむ、なんか見殺しにしたようで後味が悪い気がする。
レッドカウは前と違って積極的に襲ってこない。こっちもレベル次第なんだろうな。
さっきから視線が合いそうになると、意図的に反らされているようだ。
豚肉が多すぎて、牛肉すら邪魔になる状況である。さっさと通りすぎよう。
階段を見付けるまでウマタウロスとは遭遇しなかった。何処かに集落でもあるとして、あんなのがうじゃうじゃいるのも見たくねえな。
地下4階は墓場のようなフィールドに変わっていた。前回は普通に蟻の巣のような回廊だったよな?
配置されているモンスターはスケルトン(弓持ち)にスケルトン(剣持ち)と、レイスにゴーストだ。
前回よりやはり増えている。
前回魔法生物のスケルトンアーチャーだった奴がスケルトン(弓持ち)になっているところが違う点だ。魔法生物からアンデッドに変更されてるのは、オールオールが統一したんだろうか?
ただ、どいつもこいつも遠巻きにこちらを窺っているばかりで、手を出して来ない。
なにかあったか?
手持ちのものでアンデッドに関係するものは、坑道の先にいた怪獣を倒した時に手に入れた死灰のロッドと【死霊術】のスキルくらいなものである。
しかし、【死霊術】の説明を読み返してみたら最初見た時より解説が増えていた。そこには『尚、【死霊術】を持つ者はアンデッドには襲われることはない』と記してある。
これか?
どうやら最近アップデートで変更された部分らしい。確かに敵で【死霊術】を使う奴が出たとして、アンデッドに襲われていりゃあ格好がつかないもんな。
地下1階でグリースがゾンビなどを連れていたのは、俺から離れていたからだろう。
俺からすればメリットだけど、今後大規模戦に参加してそこにアンデッドがいれば不審に思われそうだなあ。
ちょっと気を付けておこう。
地下5階は前にオーガやミノタウロスがいたはずなんだが、広大な空間に変わっていた。
岩肌剥き出しの高い天井に、周囲にそびえる5メートルくらいの高い壁。なんつーか迷路みたいな?
祭りの子供イベントでこんなのがあったなあ。あの時は2メートルくらいの壁だった。
迷路の突破方法としてはオーソドックスな右手法だが、ここは俺とツイナでゾンビを大量に生み出して、四方八方に広げる方法とかいいかもしれん。
ゾンビが進んだ場所で突き当たりがあれば、こっちも分かるだろうしなあ。
ただこの方法にはツイナから待ったがかかった。
通訳シラヒメ経由でツイナが言うには、この階であちこちからプレイヤーの話し声がするそうだ。
ゾンビやスケルトンが徘徊してれば、それはそれで不審に思われんだろう。ボツ!
「さてどうしようか?」
ぽよんぽよん。
「ん、どーしたアレキサンダー? は? 壁? を登る?」
アレキサンダーの視線の先には壁の上の方。数歩の助走で通路の間をジグザグに駆け登って行けば、壁の上に到達した。ビルを登れと言われるより簡単だ。
通路自体の幅は3メートルくらいだけど、壁の厚さは1メートルある。歩く分には問題なかろう。
「ツイナー! 皆を連れて上に上がってこい!」
「がう!」「メェ!」
下に呼びかけると了承する吠え声がし、間髪入れずに弾丸のような勢いでアレキサンダーが飛んできた。頭上を越えて行きそうだったので慌てて捕まえる。
なんでアレキサンダーだけカッ飛んできたのかと思ったら、グリースに蹴り飛ばしてもらったようだ。
「無茶苦茶しやがる」
ぽよん。
「誉めてないからな」
「がうう!」「メエ」
「おトウサマ」
「コケケッ」
アレキサンダーをぐりぐりと小突いていると、残りの3体が上がって来た。ツイナの腹側にシラヒメがしがみつき、シラヒメのぶら下げたネットにグリースが捕らえられている風に。今日の狩りの獲物みたいに見えるからやめなさい。
「行けるかー?」
とりあえず聞いておこう。
アレキサンダーは3メートルの通路幅も何のその、器用に壁の上を跳ねまわっている。見たところ問題ないようだな。
シラヒメは蜘蛛脚を広げれば最大6メートルになる。通路の幅すら苦も無く歩いている。だいたい普段はもっと細い蜘蛛の糸の上を自在に歩けるのだから、心配をするだけ無駄だ。
苦労していたのはグリースだ。直線に突っ走ることは得意だが、あちこちで曲がっている道は動き辛そうにしていた。という訳でグリースだけ肩に乗せて進もう。
え? ツイナ? 飛んでますが何か?
ひょいひょいスタスタと、走って跳んでまた走って、を繰り返している途中で下から声を掛けられた。
「ちょっちょっちょっ!? ちょっと待って待って待って!」
「あー? 何だ一体?」
足を止めて下を見下ろすと、目が点になっている4人組のPTがいた。最近のプレイヤーは二次職になると見た目だけじゃ、何なのか分からない奴が多いなあ。
「ビギナーさんだよね? 何で壁の上を走っているんです?」
「ショートカットのために決まっておろうが」
「……決まっているんだ」
何か目のハイライトが消えたプレイヤーがいるぞ。大丈夫か?
なーに、こんなもん【軽業】でも取れば軽い軽い。骨組みだけのビルを命綱なしで最上階まで登れ、というトレーニングメニューに比べれば簡単だろう。
まあ、あんなトレーニングを課されている奴が軍以外にいるとは限らないけど。
「それで用は他にあるかー?」
「あ、いえ! 呼び止めてすみませんでした!」
「どうぞ、行ってくださって結構です!」
なんかやたらと腰の低いプレイヤーがペコペコと頭を下げている。そこまで恐縮することかね。
挨拶代わりにひらひらと手を振ってからその場を離れた。
「がうがう」「メメェ~」
「なんだって?」
「カイダンヲ、みツケタソウデス」
「よしよし。よくやったツイナ」
どんどんと先に飛んでいったツイナが、戻ってくるなり嬉しそうに体を擦り付けて来た。
あんまりお前の巨体で押されると落ちるからな。
シラヒメに通訳を頼むと先行して階段を見付けて来たようだ。わっしわっしと撫でてやる。
しかし碌にモンスターが出てこない階層だったな。迷路に重点を置いているのか?
下への階段をアレキサンダー先頭で降りていくと、灰色の壁と岩天井の5階とはまた違った光景が俺たちを迎える。
地下6階はうっそうと生い茂った緑。むわっと押し寄せる蒸し暑い空気。落ち葉の堆積した地面を踏み込めば水っぽいぐじゅっとした柔らかい感触。
不快感増し増しの熱帯雨林が目の前に広がっていた。
「うわ、めんどくせええ」
ボソッと嫌そうに呟いた俺とは反対に、アレキサンダーが近くに直立していた蚊柱を体をぶわっと広げて捕食し、なんとなくご機嫌な様子だ。
おやつ? おやつ代わりなのか?
いつも誤字報告してくださる方々、ありがとうございます。
一度は完成したのですが別タブ開いてたら間違えて消してしまい、2度ほど書き直しました。
『リアデイルの大地にて5巻』明日発売でございます。よろしくお願い致します。コミックの2巻は既に発売していますが好評な様子。ありがとうございます。




