206 脱落の話
アシッドワームのドロップ品である怒りのメイスだが、それ自体に【バーサーク】がついている。
これは職業の狂戦士とは少し違うみたいだなあ。
スキルはメイスを持ったところでは発動せず、戦闘状態にならないと効果は出ないようだ。
と言っても手当たり次第に暴れまわる訳ではなく、大幅な攻撃上昇をする代わりに回避と防御が下がる効果のようだ。
狂戦士の場合、戦闘状態が長く続きすぎると高揚から戻れなくなり、手当たり次第にとなるようだけど。
嵐絶のマイスさんからの情報だから確実だ。ジョンさんが狂戦士だからなあ……。
「という訳で貸し出すことにした」
「えーと、貸し出し?」
「売却だと100万くらいするみたいだし。そっちは金がないんだろ。だから貸し出す」
「それは、どうもありがとうございます?」
首をひねりつつマーチがお礼を言う。疑問系なのは、貸し出し料金を設定してないからだ。
怒りのメイスの売却代金は競売の掲示板からである。ファブルが調べてくれた。
「料金設定されてないのがメッチャ怖いんだけど……」
「ぶっちゃけると俺は今、金に困ってないからなあ。むしろ金の扱いに困っているくらいだ」
「「「羨ましい……」」」
貧困層の心の声が駄々漏れである。高利貸しとか出来そうだよな、実際のところ。
「じゃあ、次に出会うことがあったら1000G払ってくれ。貸し出し料金はそれでいい」
「やっす!?」
「出逢う毎に1000G? 街中で出逢う度に加算……」
「ひえっ!?」
「しないしない。1日に数回出逢っても1000Gのみ」
「だそうですよ。安心しましたねマーチさん」
「むしろその前のファブルちゃんの発言に恐れおののいたんだけど」
味方の掩護射撃が辛辣である。ファブルって実は意地悪なのか?
それとアシッドワームの皮がそれなりにデカイ。縦2メートルに横5メートルもありやがる。こちらは進呈しよう。
「えっ、いいの!?」
「革の加工ができる職人は自分たちで探してくれな」
「まず加工代から稼ぐようですね」
「世知辛いなあ」
第3陣ってそんなに稼げないものなのか?
俺の場合は最初からレアがゴロゴロ出たから、あんまり参考にならん。
他のプレイヤーってどうやって稼いでいるのかね。調理したものを売るだけでもお金になると思うんだが。
まあ、俺が考えても意味がなかろう。皆を促して地下2階へ移動する。
途端に周囲からうぞうぞと集まってくるグリーンスライム。悲鳴をあげて距離を取る女性陣3名。
「きゃあああああっ!?」
「な!? なななな、なっ!?」
「何ですか、これ!?」
【スライムの友】の称号が仕事しすぎなんだが。
集まってくると同時に沼の中からポイズンフロッグの断末魔が聞こえてくる。
ドロップ品は皮だけ貰おう。肉は君たちで消費してくれ。皮はあとで纏めてリリプルたちに渡すけど。
ぞろぞろうごうごとグリーンスライムを大量に引き連れてその階層を進む。
しかし行程の中ほどでふと思い立ったので止まる。
「そういやー何階まで着いてくる気だ?」
「え?」
「俺らは最下層まで行くが、この階層のグリーンスライムが協力してくれるのって、俺がいるからだぞ。ここで別れるとスライムたちは普通に敵になるぞ」
「ええっ!?」
アクティブなのはポイズンフロッグだけだけど、グリーンスライムはノンアクティブだがそこら中にいるからなあ。1匹殴ったら30匹から反撃が来ると思えってやつだ。
「えーと、参考のために着いて行ってもいい?」
「そりゃ構わないが。先にも言った通り自分の身は自分で守ってくれよ」
「え、ええ。分かったわ」
「うわあああ。この先に行くの? マジ怖いんだけど」
「分不相応ですね。着いて行きますけれど」
で、地下3階であるが牧場である。いや草原なんだけど、レッドカウ以外にも増えていやがる。
大きさがレッドカウとほぼ同等のクイーンシープ。丸々としたもこもこの羊だ。
倒したらジンギスカンが出来るのかな?
クイーンシープはノンアクティブのようだ。何も言わないでいたらツイナがクイーンシープの群れに襲いかかり、その内の1匹の首に噛み付いてへし折って持ってきた。1匹倒したらその他は散り散りに逃げてしまったが。
ドロップ品はラム肉と毛糸である。既製品の毛糸っておかしくねえ? これでセーターでも編めというのか。
そして風切り音と共に飛んで来る槍を叩き落とす。
アレキサンダーは当たるが跳ね返す。シラヒメとグリースはひょいと避ける。ツイナはライオンパンチで迎撃する。リリプルたちにはザクザクザクと命中した。
「「「痛あああっ!?」」」
「いや、棒立ちしてないで避けようぜ」
「「「どうやってよ!?」」ですかっ!?」
どうやら飛来する槍を認識していなかったようだ。そんな醜態でこの先が生き残れると思っているのか?
周囲を見渡すと、槍が飛んできた方から集団でこちらへ向かってくる二足歩行の一団がいた。えーと。腰蓑を付けて槍を持った原住民の様ないでたちだが人ではないようだ。
どう見ても二足歩行の馬である。何だあれ?
人数にして8体。やたらと鼻息を荒くして「ブルブル」とか、「ブルルン!」とか唸っている。
さすがの俺でも馬語は知らないぞ。こういう時はシラヒメだろうと思って通訳を頼むが、シラヒメは首を左右に振っていた。
「ごメンナサイおトウサマ。ナにイッテイルカワカリマセン」
「あ、さすがに敵性体は無理か」
よく見たら耳や首にリングの装飾品をぶら下げていたり、腰に短弓を下げていたりする。腕の先についてるのは蹄じゃなくて、3つ指だった。そうだよね。じゃないと弓も引けないよね。
おいオールオール! お前いったい何をこの階に配置したんだよ……。
相手は完全にこちらを敵とみなしている。馬の原住民は『ウマタウロス』という名前しか分からない。完全に遊んでいるだろうオールオールよ。
やたらとタテガミが立派な1体の嘶きと共に、8体のウマタウロスが一斉に突っ込んできた。
俺に向かってきた奴が突き出した槍を腋に挟んで動きを止め、顔面にパンチのラッシュをお見舞いする。涙と鼻水と鼻血と吹いて怯んだところで、抉り込むような一撃を胴体中央部に叩き込む。ガクッと膝? を折って倒れたら砕け散って消えた。
アレキサンダーの方を振り向くと首なしになっていた。もう食べちゃった後かよ。
グリースと相対したウマタウロスは、全身を紫色に染めて草原に倒れ、ビックンビックンと痙攣している。ついでに首も折れていた。闘鶏恐るべしである。
シラヒメは1体を糸でぐるぐる巻きにしていた。真っ白いミイラにしか見えん。
ツイナは山羊頭の角で1体の喉を貫き、ライオン頭で1体の喉を噛み砕いていた。
そして1体はピンピンしていて、リリプルたち3人の姿はもう見えない。倒されるの早すぎじゃないかね? いや俺が1体目の止めさす前に3人の死亡通知は来てたんだけどさ。
無事な1体はアレキサンダーがサクッと平らげてしまいました。
戦闘終了後に『ごめんねー』とフレンド通信が繋がったんだけどさ。本人たちも自分がどう倒されたのか分からないそうだ。まずスキルを鍛えなきゃダメじゃないかな。
っていうか怒りのメイスの出番どころじゃなかったみたいだな。
誤字報告してくださる方々、いつもありがとうございます。
幾ら私が暑さに強いといっても限度ってものがあるでしょーよ。




