202 魔女の集会の話
さてログインして普段ならペットたちを起こすんだが、今日は行くところがあるので保留だ。
行き先がペット禁止というので仕方なく。
街に一時的にペットたちのみで置いて来てもいいんだが、アサギリから何か起きた時に責任が取れる人がいないから、止めておいた方がいいと言われてしまった。
なのでペットを起こさないまま、ベアーガに金を払って転移で飛ぶ。
そこから森に入ってアナイスさん宅へ向かう。ちょろちょろと単独でリンルフが現れるが、人の顔を見るなり脱兎の如く逃げていった。
これはレベル差をリンルフが感じているのかねえ。
何かしらの敵の気配は感じるんだけど、ほぼこちらの視界に入る前に逃げるものばかりだ。
アナイスさん宅の前では、頭から黒いローブを被ったアナイスさんが待っていた。顔が見えないくらいに被るのが魔女流?
「すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「いいえ、大丈夫よ。集まり自体は時間にルーズな人が多いから」
「もしかして、凄い待ちぼうけになるとかですか?」
「まあ、遅くとも昼までには全員そろうでしょう」
「まだ8時くらいなんですが、それはまた……」
アナイスさんからは「これを着てね」と同じようなローブを渡された。こっちは白い。見習いだからか?
俺は頭から白いローブを羽織って、顔が見えないように調整する。逆に言えば陰になっちゃって見えにくいが、俺には【暗視】があるから平気だ。
「あちらに移動したらナナシくんは極力喋らないようにね」
「了解しました」
軍隊式にビシッと敬礼をしたら、アナイスさんは「なぁにそれ」と言って笑っていた。
集会といっても厳かに進むんだそうな。それは葬式に近いんじゃなかろうか。
集会に行って滅多に会わない人の無事を確認する場?
魔女ってそんなに命の危機が転がってるもんなの?
色々と考え込んでいると、アナイスさんがねじ曲がった杖を取り出した。
それを一振りした瞬間、周囲の風景が一変する。
辺り一面薄い霧が漂う草原、か?
とにかくだだっ広い草原らしき場所に俺たちは立っていた。
転移? 転移なのかこれ!? 魔女になったらこんな技が使えるのか……。
周囲をよく確認する間もなくアナイスさんが歩き出すので、遅れないように付いていく。
気が付くとアナイスさんと同じような、黒いローブを頭から被った人たちが次々と霧の中から出現している。これ全部魔女なのかー。
【気配察知】にも全く反応がないとか転移恐るべし。いや魔女の人たちも気配が希薄なんだけどさ。
ローブの効果かなあ?
厳かな雰囲気の中で暫く歩いていると、前方に巨大な木が少しずつ姿を表す。
すくっと真っ直ぐ立っている種類ではなく、よれたりねじ曲がったりしてるような樹木だ。桜みたいな。
近付くにつれ、その驚異的な大きさに圧倒される。
なんだありゃあ……。積層型住宅ビルどころじゃないな。統合統制本部ビルよりでかいだろ。さすが大自然の英知といえばいいのかね。
そのうち視界が樹木の幹だけで埋まってしまう。その随分前でアナイスさんは足を止めた。
ええと、これでこの後どうするのか。
周囲を見回してみると、巨大な樹木を囲むようにしてローブ姿の人たちが集まっていた。
これ全部魔女か。すげー多いんですけど。1000~2000人はいるんじゃなかろうか。
俺以外の白ローブも数人いた。見える範囲には4人くらいかな。
ステータス画面を開いて時間を確認すると、もう12時をすぎている。あれ? もうそんなに時間が経っているのか。霧の彷徨う草原を4時間も歩いたかなあ。
アナイスさんは「ここから動かないように」と言って、前の方に進んでしまった。
樹木の前に腰の曲がった魔女さんたちが並び、輪になった側から前に出た魔女の報告を聞いているようだ。
会話をしている様子は見えるが、話し声は聞こえてこない。ちょっと遠すぎるな。今立っている場所は輪の外側だしなあ。
なんでそんな距離で見えるのかというと、【マルクトの祝福】でブーストされた【大地魔術】のお陰である。見えるというか感じる? MPがガリガリ削られてってるが。
大掛かりに使わなくても陸続きであるなら、人が立っている場所がだいたい把握できるんだよな、これ。
あと【魔力視】を使うと分かるんだが、あちこちから何かしらの魔法なりなんなりを使って、魔女たちが樹木の根元を見ているようなのだ。
俺がスキルを使っても咎められたりはしないだろう。
それから2時間くらい経過したが、厳かな報告会は延々と続いた。周囲の人は身じろぎもしないんだもんな。
そういうのを見てると、俺も和を乱してはいけないと思って緊張感を保ち続けられる。
【大地魔術】の覗き見は、30分くらいで切った。MPが持たないって。
そこから先はステータス画面を見ながら、【空駆】が使用できる条件とかを考えて過ごす。やはり【風魔法】は必要なんだろうか?
つらつらと戦法の組み立てなどを考えていると、アナイスさんが俺の前に戻って来る。
すると今まで周囲が見渡せていた霧がどんどん濃くなってきた。隣に立っていた黒いローブ姿も霧に囲まれて影すらも見えない。
持っていた杖で肩をトントン叩きながら、アナイスさんがリラックスした姿勢を見せている。
「はー、やっと終わったわ。毎回、この時間が苦痛ね」
「……?」
「ご苦労様、ナナシくん。もう喋ってもいいわよ」
アナイスさんが片手の杖を一振りすると、霧があっという間に消え失せて俺たちはアナイスさんの家の前に立っていた。はあ!? どーなってんのこれ?
困惑している俺を見て、アナイスさんはくすくすと笑っていた。
「積もる話もあるし、お茶くらい出すわ」
「……はあ」
家の中へ招かれる。中の間取りは修行していた頃と全く変わっていない。
勧められた椅子に座ると、目の前に差し出される湯気の立つティーカップ。この香りは以前出されたハーブティーだな。
「まずはこれを」と言ってアナイスさんから手の平大の星を渡された。
もう黄色い☆そのものみたいな物体だ。何だこれと思う間もなく、星は俺の手をすり抜け胸の中へ吸い込まれていく。
「げっ!?」
「大丈夫。それは君を傷付けるものではないよ。褒賞みたいなものね」
「褒賞?」
「ナナシくんの発見した魔女にしか作れない美容液のレシピのことね。それを大魔女様は君を認め、褒賞をくださった。これで君は見習いから一段階上がったことになる」
「一段階ぃ?」
ステータスを開いて称号のところを見ると、【魔女見習い】が【魔女見習い☆1】になっていた。ええと、もしかしてこの星をある一定数集めたら魔女になれるってことか。
「これで少しは作れるものの幅が広がっている筈だよ。後で時間が出来たら確認してみればいい。いやあ、見習いになってこの短期間で星1つは、普通に快挙だよ」
「はい。これもすべてアナイスさんのお陰です。ありがとうございます」
アナイスさんがことのほか喜んでくれて、この日はお祝いだと言って夕食と一泊の宿まで頂いてしまった。アナイスさんの飯は旨いからなあ。
ただ、夕食の時間になるまで散々魔女修行の復習をさせられたがね。
誤字報告してくださる方々、いつもありがとうございます。
見習いになったらその先が長かったの話。




