194 本領発揮の話
気が付いたら連載25ヶ月になっていた。
蜜柑縛りにしたアレキサンダーをぶら下げた棒を肩に担いで、まずは音が聞こえる方に向かう。
敵に遭遇したらシラヒメとツイナが相対する予定である。
アレキサンダーを解放するのは、俺が手を出さなければいけない事態になった時だ。
運がいいのか悪いのか、樵現場につくまでは何も出なかった。やれやれ。
「あ!?」
「うげ!?」
そこにたむろしていたのは嵐絶ではない別のクランだった。
20人くらいの人数を半分に割って、片方は木を切り、片方は周囲の警戒をしていたようだ。
その警備をしていた側の前に飛び出す形になってしまい、俺の姿を目にしたプレイヤーたちが慌てて武器を収めていた。
その顔は皆恐怖にひきつっている。
そんくらいで反撃しねえから大丈夫だって。
だからツイナもグリースも臨戦体勢を解きなさい。間違ってもガブリするんじゃないよ。
しばし見知らぬクランとお見合い状態になっていたが、警備側から顔に切り傷を付けた50代くらいのオジさんが進み出てきた。
俺をキッと睨むと声を張り上げる。
「こちらはクラン“大地の牙”だ。現在はギルドからの依頼により、哭銅を採取している最中である。ビギナー殿とお見受けするが、こちらには何用で来られたのか?」
「え、えーと」
こんな年配の人もゲームするんだなあと感心しつつ、失礼にならないように心掛けながら返答する。
「お邪魔しちゃってすみません。ここには個人的な用事で木を伐りに来ただけですんで、お構いなく」
「おカマイナク」
「がるっ」「メエ」
「コケッ」
ぷらぷら。
「お、おう」
クランリーダーらしきオジさんは、ペットたちが俺の言葉を反芻するのに面食らったようだ。
「手が足りなかったら言ってくれ。うちから手伝いを出そう」と気遣いあふれることを言ってくれた。
彼らの哭銅の伐り方は、前にジョンさんから聞いていた方法だ。
嵐絶から捨て値で買ったという方法は、四方から斧を入れていくやり方である。実行した人にはもれなく【斧】スキルが生えるらしい。
俺は彼らから離れた場所でマルクトの大工道具を出し、神器ノコギリを哭銅の幹に入れる。
10数回引き切れば伐り倒し完了だ。
木はツイナとシラヒメが押さえていて、人がいない方に倒してもらう。
さて、家を一軒建てるには手持ちを含めて後何本必要だろうね?
「「「な、なんだそりゃあああああっ!?」」」
「はい?」
絶叫が轟いたんで振り向くと、大地の牙の皆さんがこっちを指差して口をあんぐり開けて驚愕の表情でブルブル震えていた。
あー。
簡単に伐り倒せばそういう反応にもなるかー。
「どうやった今の!?」
「もしかしてノコギリを使えば簡単に伐れるとかいうオチか……」
「そんな情報何処にもなかったぞ!」
「いや待て。ビギナーさんしか知らない情報なのかも?」
「「「……ありえる」」」
納得すんな、おい。
こっちを見ながら輪になってヒソヒソと話し合っているクラン大地の牙の面々。
ばっちり聞こえているからなー。至った結論に間違いはないけれど。
その内の1人が抜け出してこっちにやって来る。
「へへっ、すみません旦那ァ。ちょいとばかしご相談が」と揉み手をしながら下手に出るような態度をとってきた。
胡散臭いことこの上ないぞ。
俺が眉をひそめると、ツイナとシラヒメがズイッと前に出る。
「げえっ!? ちょっ、まっ……」
おっとアレキサンダーを解放するのを忘れてた。横に置いてあった棒から、アレキサンダーに絡まっている糸を外してやる。
ぽよぽよ震えて謝ったアレキサンダーはツイナとシラヒメの前に出て、つぶらな瞳であちらの交渉人を睨み付けた。
今さっきまで縛られてたから、長男の威厳なんてなくなってるって。
「で、何の用か?」
「あ、いやー。へへへっ、ちょっとその木を伐る術を教えていただけたらな~と思いまして」
「うーん」
教えてもいいんだけど、真実を伝えたらまた騒ぎになるよなあ。まあ、歯抜けの情報ならただでも構わないか?
さっきのオジさんは誠実そうだったけど、目の前のプレイヤーはイマイチ信用が足らん。
クラン全体が誠実な人ばかりって訳でもないかー。
現に大地の牙の何人かはコイツを止めたりしないでヘラヘラ笑ってるしなあ。
「このノコギリは牙の長いライオンが落としたものだよ」
「へっ? ド、ドロップ品ってことか?」
「ああ、まあ、そうねー。そんなもんだねー」
嘘は言ってない。これ以上の情報は渡さないけど。
他のプレイヤーは大地と獣の神イコール、マルクト神だなんて知らないようだしな。
出現場所についてもしつこく聞いてきたけど、そこは適当にはぐらかしておいた。
その後は大地の牙より離れて哭銅を3本伐り倒す。枝を切り払い、長さを半分にしてからインベントリに入れる。
前は切り払った枝も仕舞ってたけど、よく確認したら葉っぱもガッチガチに硬い。
これだけでも防具にならないかな。スケイルメイル的な。ゲンドウに相談してみるかー。
「がるっ」「メエェ」
「どうしたツイナ?」
森の奥を気にした感じでツイナが戦闘態勢をとっている。
探ってみると、なんだか騒がしい気配が徐々にこちらへ近付いているようだ。
同じく気付いた大地の牙が樵を中断し、武器を取っている。
荒々しい幾つもの足音や何かを叫んでいる声。鳴き声や吠え声を含む。人の声も混じっているようだ。
なんとなく追い立てられているような気がする?
奥から現れた先頭集団はプレイヤーの塊で、何人か見た顔がいた。ジョンさんはいないようだが嵐絶の一隊だろう。
物凄く慌てた様子で、15人ほどがこちらへ駆けてくる。
「おい! お前たち逃げろ!」
「は?」
「ミスってリンクが繋がっちまった! すまねえ」
「「「ええええっ!?」」」
どうやら俺を認識してないようだ。しきりに後ろを気にしている。
茂みの向こうから飛び出してきたのは、蟻が多数とそれに混じった赤い熊やレドルフ、カマキリと狐に狸、牡鹿や人より大きなムカデなど。色んな種類がごっちゃ混ぜだ。
大地の牙からは悲鳴やら怒号やらが上がって、右往左往する大混乱になっている。
「くっ! こうなりゃあここで迎え撃つしか」
「どーしろっつーんだよ! あんな数!」
「潰したらいいじゃん」
「「どーやって!? ……あ!」」
俺が声をかけて抗議とともに振り返り、目があったことで漸く気付いたようだ。
俺は雑多な集団に腕を向けてユニークスキルを行使するだけだ。
既に範囲は決まっているし、範囲内に哭銅林は含まれていない。
「【城落とし】っと」
範囲最大で内廓を含む小さな街程度の敷地が落下し、血走った目をした集団を一息に押し潰した。
ちょっとこぼれたものもいるけど、それは対処出来るだろう。
ただ、目の前にいきなり開いたアイテム取得ウインドウにズラズラズラーっとドロップ品が表示されて、脳内アナウンスが鳴った。
━━300体を超える集団を単独で倒したことにより、称号【殲滅者】を取得致しました。
物騒だな!?
誤字報告してくださった方々、ありがとうございます。
何処かに出かけるのがストレスの発散方法なので、欲求不満が噴火寸前です。




