185 一部が崖っぷちの話
神様で思い出したが、最近スキルをろくにチェックしてないことに気が付いた。
ざーっと見ていったら【鉄拳】がレベル上限に至っていたので、ランクアップして【拳豪】に。
SPは11だが、魔法スキルを取るには足りないなあ。
【空駆】の使用不能は前提スキルがなんだか分からん。
【軽業】を使えば似たようなことができるので、いらないか。
足場があるなしで変わるけれども。
どうするかなあ。
道端でツイナに寄りかかって悩んでいると、ポーンと音が鳴ってメールを受信したという通達が目の前に開く。
送って来たのはゲンドウだ。
開いてみると「ベアーガで待つ」としか書かれていない。
おいおい、せめて用件くらい書いておいてくれ。
ひとっ走りと行きたいが、もう夕方だ。
しかし金払って転移するなら大して時間も掛からないし、構わないか。
話が長くなるようなら、あっちで宿をとればいいしな。
アレキサンダーたちを促して転移するために移動する。
ぞろぞろと歩いていると、俺たちを見た人がびっくりしてから道を開けてくれるのだ。
ほとんどがプレイヤーだと思うんだが、目を合わせないように避けるのはなあ。
段々、暴君みたいに思われてね?
ちなみに転移するためにはそういった施設を使うのではなく、各街ごとに設置されている登録ポイントから跳べるようになっている。
大抵は街の中心部にある広場の端に、2mくらいの馬頭観音みたいな石碑が置いてある。
それに触れなくても近付けば、幾つかの選択肢が書かれたサービス画面が出現する。
他のプレイヤーはどうなっているかは知らないが、俺の場合は
『ログアウト
登録(済)
外部インベントリ
イェソドさんの出張買い取りサービス
転移/行き先選択』の5つ、だけ…………。
……おい、なんか変なのが増えているぞ。とりあえず今は見なかったことにしよう。
転移する場合は登録してある街が選択肢に表示され、選ぶと金額と『Y/N』が出てくる。
ベアーガまでは1人5万だから、ペットたち込みで25万だな。料金は自動引き落としだ。
一瞬の浮遊感のあと、周囲の風景がガラリと変わる。
ベアーガはカジノの前が広場なんだよなあ。
オレンジの空の下、ビカビカ光るネオンが目に痛い。
俺たちが出現した途端、ザッと音を立てて周囲の人が距離を取った。ざわざわどよどよというのはもう聞き飽きた罠。
近くにいたプレイヤーを捕まえて(ガクガクブルブル震えていたけれど)、鍛冶屋プレイヤーが根城にしている場所を聞いてから向かう。
商業ギルドに指定された露店並びの一角だった。前と変わらなかったな。
他の露店が店じまいをしている中、鍛冶屋連中は円陣を組んで何かを話し合っていた。
周囲の喧騒で俺たちの接近に気が付いた何人かの顔見知りが、手を上げて挨拶を飛ばしてくる。
「おう、ナナシ」
「ビギナーさんキター!」
「これで勝つる」
「ええい、ぬか喜びになるかもしれんのだから、騒ぐな!」
何だかやたらと歓迎されているようだ。意味が分からん。
「わざわざすまんな」
「いやいや、暇になったところだったから。何の用だ?」
とりあえず頼みたいことがあるというので酒場に移動して、飲み食いしながらになった。
飲食代は向こうでもってくれるそうだ。
アレキサンダーたちは酒場に入れないので「街中で自由にしておいで」と解き放った。
アレキサンダー1体なら酒場にいても問題ないらしいが、うちの子たちはデカイからな。
お小遣いも持ってるし喋れるシラヒメもいるので、お腹すいたらなんか買って食うだろう。
テーブルの上にジョッキがどかどかと並び、飯なのかツマミなのか分からない料理がところ狭しと乗ったところで「かんぱーい!」と食事になった。
俺? 飲み物は自分で出した薬草茶ですが何か?
このゲーム、中でアルコール類を飲むには運営に申請して審査を待つか、アルコール飲食権というチケットを買わなきゃ(年齢制限有り)酒を楽しむことが出来ない。
俺はまだ未成年だから許可は下りないしな。飲もうとも思わないが。
ある程度酒が進み、料理が減ったところで本題に入る。
「で、なんだって?」
「ああ、実はナナシに坑道に入る際の護衛を頼みたいんだ」
「このメンバーで?」
この場にいるのは8人。見た目が厳ついオヤジとかヒョロイニイチャンとか、戦闘に向くんだか向かないんだか。よく分からんが鍛冶屋って戦えるのか?
「いや、全く戦闘が出来ない奴もいるから連れて行ってもらうのは5人かな。オレも含む」
「そりゃあ構わんが。坑道に行くってことは採掘か?」
「それもあるが、メインは新たに鉱脈を見つけることだ」
「はあ?」
詳しく聞いたところによると第3陣の参戦で生産職のプレイヤーが増えて、材料の需要に供給が全く足りてないんだそうな。特に金属類。
イビスの海岸の崖にあった採掘ポイントは既に枯渇し、異方人が採りすぎだと住民から苦情が出ている。
芋虫鉱山も狩りすぎて芋虫の絶対数が少なくなり、今は1日に狩る数も制限されている有り様だとか。
ついでに枯渇させた罰として新たな鉱脈の発見と、イビスまでの輸送も強制されているという。
これを拒んだ場合には、異方人の生産職プレイヤーが商業ギルドを追放されてしまうらしい。
追放された場合、街中で作ったり売ったりできなくなり、最悪捕まってステータスに前科がついてしまうのだそうな。
「そりゃまた随分と切羽詰まってるな」
「ほとんどのプレイヤーには通達されているが、やっぱりナナシは知らなかったか。しかしお前も商業ギルドには登録してなかったか?」
「といっても、ここ最近はホースロドでギルドからの採取依頼を受けてたからなあ。結構喜ばれていたぞ」
「そうか、お前は生産職で登録してないんだな」
ふははは。いざとなったら美容液を卸して、ギルドの女性陣に訴えかけるという手段もあるぞ。
後がおっかないんで、あんまり取りたくない方法だが。
「しかし鉱脈には心当たりがないわけでもない」
「「「「なにいいいいぃぃーーーっ!!」」」」
同じテーブルについていた者のみならず、周りで聞き耳立てていたプレイヤーまでもが絶叫して立ち上がった。
食い付きがすごいな!
鉱脈は以前に山向こうに行くときに使った廃坑道の途中だ。
【大地魔術】を使っていたから視えたが、結構浅いところに幾つか鉱脈があったからなあ。
「ど、どどどどど、どこに!」
「やっぱり救世主はおったんやな!」
「さすがビギナーさんはひと味違った!」
「おお神よ……」
「教えて! 早く! その場所を! ぷげっ!?」
「馬鹿野郎! それが人にものを頼む態度か!」
小躍りする人。
ガッツポーズで泣いてる人。
滂沱しながら俺を拝む人。
鬼気迫る顔で俺に迫って、別の人からアルゼンチンバックブリーカーで迎撃される人。
俺の足元で土下座する人。
泣きながら抱き合っているおっさんプレイヤー2人。
あっというまに酒場の中がカオス状態に。
みんな困窮してたんだなあ。
「リアデイルの大地にて」4巻発売まであと10日。コミック発売まであと6日。
しかしこちらは5巻の編集に着手している状態です。




