177 救済措置の話
続々々リアル回
結局朝まであっちへ行き、こっちを手伝いと忙しかった。
なんで俺がいるからってパワードスーツのテストタイプが引っ張り出されるワケ?
専用の職員もいねーのかよ!
やれ、目標に全力パンチしろだの。やれ、目標に全力キックしろだの。注文が多すぎるわ!
3時間でチェック項目100個とかなに考えてんの?
バイト代出なかったら、暴れてんぞゴラァ!
という経緯を経てその研究部から解放され、軽く仮眠をとって朝飯を社員食堂でとったら、やっと出番が来た。
ちなみにここまでだいたい8時間ほどかかっている。
5時間で改造が終わるとは何だったのか……。
櫻姉さんは6時間ほど睡眠をとった後に、教習があると言って軍基地に出勤していった。
さすがにオンラインゲームの中にまで、剣の冴えを持っていく気はないようだ。
案内されたのは以前新型のカプセルベッドを試した、俯瞰室を備えた研究施設だ。
改造されたバイオロイド用のカプセルベッドというと、機械の中に埋没するような形の物へと魔改造されていた。
元の形が微塵もなければ時間もかかる罠。
同時に連れてこられたこはるさんはその形状を見て逃げだそうとし、警備用のサイバーノイドに取り押さえられていた。
軽装甲モジュール並みのバイオロイド相手じゃあ、人間の警備員は役に立たないよな。
まあ、針のような端子に囲まれた空洞に押し込まれようとされれば、逃げたくなる気持ちも分からんでもないが。
「いやーっ!? あんなところに押し込まれたら絶対殺されるううぅっ!」
「死にませんから大人しくしてください! あれが必要な形状なんです!」
「嘘よー! 周りから串刺しにして殺す気なのよー!」
「誤解です! そんなことしませんから!」
こはるさんは接続機の凶悪な見た目にすっかり錯乱しているようだ。
研究員が宥めようとしているのに、サイバーノイド警備員の腕の中でジタバタと暴れていた。
「いやはや、困ったねこれは」
全然困っているように見えない顔で邦黎叔父さんが呟いている。
俺としては面倒はとっとと終わらせたい。今日はスタントの撮影も控えているしな。
ぎゃーぎゃー言っているところへ割り込んで、こはるさんの首を掴んで引き倒す。
どかぁんという音が響いたが構うものか。
「な、なにを……」
「いい加減にしろ。元の場所に戻りたいっつーたのはアンタだろ。死にたいんなら、今すぐここで放置してエナジー切れになるまで待つ。で、アンタは死にたいのか生きたいのかどっちなんだ?」
「……い、生きたい、です」
「だったら四の五の言わずにあん中へ入れ!」
手を離せばサイバーノイド警備員に抱えられ、ノロノロと起き上がったこはるさんはさっきの癇癪が嘘だったかのように、研究員の人に説明されてベッドの中へ。
俺は隣のベッドへ向かう。
「いやあ、大気くんが怒るなんて珍しいねえ」
「いや叔父さん、そんなことより注意事項とかないの?」
のほほんとしてないで説明くらいしてくれ。
「いや、ごめんごめん。こちらでもモニターするけど、大気くんはログインしたら、目標まで1時間以内に接触してくれないかい?」
「いちじかんっ!? 俺今ホースロドなんだけど!」
「ホームポイントがあるでしょ。あそこから街間へ跳べるサービスがあるからね。お金がかかるけど、大丈夫かい?」
「お金なら腐るほどある」
「彼女はこちらで用意した仮のアバターに入ってもらうから。大気くんは彼女とパーティ組んで、目標まで向かってね」
「りょーかい」
ビシッと敬礼してベッドの中に入る。以前バイトで入ったベッドと違い、これは皮膚接触を必要としないので服は脱がなくてもいい奴だ。
カプセルの内側にアクセス用の個人認証が表示され、視覚操作であるブイへのアクセスを選ぶ。
目を瞑ればそのまますとーんと落ちるような感覚を越えて、宿屋のベッドで目覚めると。
体を起こすと目の前に妖精が浮かんでいた。
「こはるさんですか?」
「はい、すみません」
なんだかしょんぼりとしているんだが、時間がないのでとっとと済まそう。
宿屋の外に出てアレキサンダーたちをスリープモードから覚醒させると妖精から「ええええええええーっ!?」と悲鳴が上がる。
「大気くんってビギナーさんだったのおおおっ!?」
「ゲーム内でリアル名は御法度ですよ。ここではナナシと呼んでください。ビギナーでもかまいませんが」
こはる妖精とパーティを組んで足早に移動する。
「時間がないのでさっさと済ませます。シラヒメはこはるさんを頼む」
「ハイ、おトウサマ。ドチラヘ?」
「これからイビスへ跳ぶ。急ぎの用事だ」
ぽよんぽよん。
「コケッ」
「がう!」「メェェ」
「ハイ、わカリマシタワ」
ホースロドのホームポイントは中央広場の端にある、馬頭観音みたいな石碑だ。
それに触れてサービス選択画面を表示させると出てくる。
外部インベントリなんてのもあるのか。
街間転移はベアーガまで12万。ヘーロンまでは30万、イビスまでは42万。えらい高いな、6人分としての価格か。1人だと2万5万7万となるようだ。
イビスを選択すると、一瞬の浮遊ののちにイビスの噴水広場に到着する。
現在プレイヤーはログインできないというので、街中にいるのはみんな住民か。
俺たちが現れたことで、噴水周りにいた人々は逃げ出してしまい、遠巻きにしてこちらを窺っている。
従魔用の首輪とかあるから、危険はないと分かっているだろーに。
イビスダンジョン前までやって来たら、以前みたいに長蛇の列というのは出来ていなかった。
中の時間経過の歪みや階段が移動するトラップは、オールオールが『ダンジョンマスター』になってから取り払われたはずだ。
「で、こ……さんのキャラクターってどれ?」
「え、ええと……あれ?」
ダンジョン前の広場を見回したら、ぼーっと突っ立っているような人物は見当たらない。
こはるさんも自分のアバターを見つけられないようだ。
ダンジョンに潜ろうとしていた住民で目が合った奴に突撃して尋ねてみる。
「おい、ちょっと聞きたいんだが」
「びっ、ビギナーさささんがおれらになななな何のようでしょうかかかかっ!?」
5人組PTが全員震えあがってるんだが。なんで住民にこんなに怖がられてんの?
ええとログイン停止された日から1日は経過しとるから、こっちの日数に換算して……?
「4~5日前からここに人が立ってなかったか?」
その5人組は顔を見合わせて首を傾げた。でもその後ろから来ていた2人組が手をあげる。
「ダンジョン初心者っぽい女の人なら、心の病じゃないかって言われて施療院に運び込まれましたよ」
「施療院!?」
施療院というのはこっちの病院だ。何処の街にも大抵ある。
「ありがとう! 助かった」
お礼を言って走り出す。「え?」と言って呆然としていたこはる妖精は、シラヒメの放った糸に絡め取られて悲鳴をあげていた。
施療院の場所は、最初の井戸端会議の時に聞いているので問題ない。
出入り口にいた看護士に用件を伝えると、すんなり中へ通して貰えた。
「この方ですね」と言われた先のベッドに寝ていたのは、革鎧に短剣を装備しただけの女性だった。歳は20代くらい。
目を開けたまま、うっすらと笑みを浮かべている。
「これは確かに心の病と思われても仕方がない」
「わーっ! 見ないで見ーなーいーでー!」
こはる妖精がアバターの顔を隠そうと覆い被さった時、双方がポワンと光に包まれた。
接触したことで条件を満たしたようだ。
「わっわっわっわっ!?」
アバターの方が輪郭を滲ませて消えていくのと同時に、こはる妖精がポトリと落ちる。
それをアレキサンダーが頭で受け止めた瞬間、こはるさんのアバターが跡形もなく消え去った。
「これでお役御免か。やれやれ、やっと終わったぜ」
アレキサンダーから受け取ったこはる妖精はどうしようかと悩んだが、インベントリに放り込む。
宿をとったら落ちるか。
いくつか試したのだが、湯豆腐に最適な豆腐はローソン産でした。
そしてリアル回しゅーりょー。




