173 誘拐疑惑の話
リアル回です。
いきなり変な疑惑が出たものの、その場は他の嵐絶メンバーに任せてきた。丸投げしたともいう。
軍を知らない人は時々いるようだ。普通にありえねえだろ。
レンブンには注意するように言われたが、ちょっとは反応を確認してだいたいの人数が分かればいいか。
惑星上に統合統制機構の手が伸びていない場所などないと思うが、議題として挙げられればこの問題が浮上するのかねえ?
母親はこの問題を把握してるのだろうか。
それとなしに椿さんに聞いてみるという手もある。
ログアウトした後に、居間でくつろいでいた翠に尋ねてみた。
「軍を知らない人?」
「ああ」
代価代わりのミルクティーを先出し。甘さ控え目のクッキーも添えておく。
クッキーは俺が作ったものだ。叔父や牙兄貴に受けがいい。中にレーズンが入っているといいんだが、あれは好き嫌いが別れるからなあ。
翠的にはレーズンはパン派らしい。
「あんまりリアルの話を話題にすることなんてないから、エトワールじゃあ分からないかな」
「そうか」
女性だと身バレに直結するような話はしないか。
俺が迂闊だと言われそうだが、そこは黙ってて貰おう。
「でも人伝に聞いた話だと、軍のことを知らない人はいるみたい。ほら、うちはエニフ、聖女がいるから。信者の分だけ噂話があちこちから流れてくるし」
「エトワールが動いたら信者がゾロゾロと着いてくるのか? 怖いな」
「ないない。信者の人たちが一堂に会する場合は、エニフがソロで動くときくらいだから」
はたで見るとコンサート会場みたいな集まり具合らしい。
「うちの信者は何処でなにやってんだろうな。見かけた覚えもねえ」
そう言うと翠は引きつった顔で「あははは」と苦笑するばかり。
「いったい俺の何を崇めてるんだか……」
「知らない方がいいんじゃないかな」
そこは翠もかかわり合いになりたくないとみた。どんな集団になっとるというんだ、ビギナー教は?
ポイを連れてランニングにでる。
朱鷺駅に寄って、軍の出張所でちょっと調べものをさせてもらおう。
周辺から多くの路線が集中する朱鷺駅は、24時間稼働だ。無人で動いてる路線が大半な上に、軌道エレベーターもくっついているからな。
軌道エレベーターは1日2本くらいしか運行してない。料金が高い他に、色々規則があるからだ。
上の衛星も入っているのは、統制統合機構の施設ばかり。
昔に施設見学という名の遠足に行ったが、ほぼ「地球は青かった」程度の記憶でしかない。
なにより衝撃だったのは、同じ学年が周辺でこんなに居たのか。ということの方だ。
集合場所に1000人くらいいたからな。あれにはびっくりした。
VR授業じゃクラスで顔会わせることなどないし。ああいった催しでもないと、一堂に会することはないだろう。
同年代が世界に何人いるんだとかは、……軍の施設で調べられるな、そう言えば。
今さらなことは捨て置いて、出張所で身分証と軍の認識証を提示すれば中に通される。
ここは治安維持の名目で常時10人くらい詰めている筈だ。
受け付けにいたのは女性隊員だが、その奥でデータ処理をしていた男性隊員は見たことのある顔だった。
「おや?」
「お疲れ様」
横をすり抜けて備え付けの端末に向かう。ポイはカウンター前で待機である。
「調べものか?」
認識証をリーダーに通し、3Dボードが浮き出てきたところで後ろから声をかけられた。
「ああ、ちょっとね」
「差し支えなければ聞かせろよ」
肩を小突いて促してくる。カウンターにいた女性隊員もこちらを気にしているようだ。場合によっては、書類に纏めて提出するような話だ。隠さないでいいだろう。
「軍を知らない奴がいてな」
「「は?」」
女性隊員がバッと振り返り、知り合いが額にシワを寄せる。
「なんだそれはあり得ないだろう!」
「そうですよ。機構の手の届かない場所なんて有り得ません!」
「だよなあ」
端末でも検索してみたが「99.99%有り得ない」と出た。残りの「0.01%」は実験施設育ちということのようだ。
聞こえは悪いが端的に言うと、職業訓練校を兼ねた孤児院である。常識は卒業する時にインプットするらしい。
もしかしたら俺が行き着く先になっていたかと思うと、ちょっと見学してみたいところだ。
施設自体がコロニーにあるので、行き来が大変なのである。
空振りに終わったので駅を離れ、朱鷺地区の外周に沿って大回りのコースを走る。
俺の権限じゃ、突っ込んだところまで見れないからなあ。もういっそのこと母親に直接聞いた方が早そうだ。
上の空で走っていると、ポイが「ガオォン!」と吠えたので瞬時に意識を切り替える。
守護者が応答以外で吠える時は、主人に何かしらの危険が迫っていることを示す。
それか周囲の何かに対する警告か。
今回は後者だったようだ。
足を止めて周囲を確認すると、黒服に腕を掴まれて車中に連れ込まれかけている少女を見付けた。
えーと……。
いまどきドラマでもあんなベタベタなシーンはないぞ。助けていいやつかなあ。
少女が必死に泣き叫んでいるみたいなんで、助けて大丈夫だろう。
「おい! お前ら!」と声を掛けて視線をこちらに向かせる。
その瞬間にポイの口から放たれた細い熱線が、少女を掴んでいた黒服の腕を焼く。
悲鳴を上げて手を離した黒服に、他の黒服の視線が移ったところで、駆け寄った俺の渾身のドロップキックが車に突き刺さった。
運転手の驚愕した顔が、開きっぱなしだった扉の隙間からちらりと見えた。車はというと横向きにすっ飛んで、少しの滞空のあとけたたましい音を立てて転がっていく。
やべえ、【脚力強化Ⅱ】と【蹴撃】のフィードバック半端ねえ。
ホントにここ現実なのか? 未だにVRにいる訳じゃないよな!?
「貴様っ!」と言いながら掴みかかってきた黒服その2の腕を回し蹴りで蹴り砕く。
熱線を食らった黒服その3にはポイが飛びかかった。途端に青白い電光が迸る。ショックにしては電圧上げすぎじゃないかな。
痛みで隙が出来た黒服その2には、顎下に強めのフック2発を叩き込んで気絶させておく。
「ちょっと失礼」
「ふぇ?」
少女を抱き上げてポイの背に乗せると、その場から一目散に逃げ出した。
蹴飛ばした車と同じ型が、もう1台現場に滑り込んでくるのが見えたからだ。
ポイの機能で軍に通報したと思うけど、こりゃあ証拠は隠滅されそうだなあ。
この辺りは広い道路が多いので、車両進入禁止の繁華街を突っ切って反対側に抜けよう。
ここからだと家がちょっと遠い。さて、どこに逃げ込むかねえ。
繁華街の細い通りを警戒しながら歩く。
そういえばと、1歩後ろをぽてぽてと歩くポイの背中に目を向けると、少女がビクッと怯えるのが分かった。
「あー。唐突に救出しちまったんだけど、助けて良かった。んだよな?」
びくびくしながら少女は小さく頷いた。
改めて少女をよく見ると、青みのかかった黒髪に青い瞳。白すぎる肌を持ち、身長は140cmくらい。着ているものはスモックというか、病院服? 脱走してきたのか?
「お嬢さんの名前は? 俺は山野大気という。17歳、学生で軍属だ」
「こ、こはるです。ながさわこはる……」
「こはるちゃんかあ。よろしく」
身を震わせながら名乗ったこはるちゃんは、俺の挨拶にバッと顔を上げた。目には涙が光っていたが、顔は決意に満ちている。
「こ、子供扱いしないでください! 私もう20歳を過ぎています!」
「お、おう……」
発育不良の人なのかね?
こはるちゃんはポイの背中をバシバシ叩く。叩かれた方は気にした様子もない。バイオロイドだからな。
「それになんでこんな猛獣が街中を普通に歩いているんですか!? ここは何処なんですか! 日本じゃないんですか!?」
「はあ?」
このお嬢さん、じゃないのか。女性は「帰りたい、帰してぇっ!」と小さく呟くとボロボロと泣き出してしまった。
「Oh……」
さてどうしよう。端から見ると俺が泣かせたみたいじゃね?
「い~けないんだ」
「うおっ!?」
唐突に背後に生じる気配。やべっ、ちょっと気が散ってた。
振り返るとニヤニヤした笑みを浮かべた櫻姉さんがいた。いるのはいいんだが、鯉口を切った抜刀体勢なのは止めて欲しい。
「大気が女の子を誘拐して泣かせているなんて、私たちはあなたをそんな子に育てた覚えはありませんよ」
「しごかれた覚えしかねーよ!」
率直な反論は返しておくがニヤニヤはそのままだ。これは姉たち全員に伝わるのも時間の問題か?
あと誘拐じゃないから!
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