170 救助したの話
「恐るべし、聖剣ノコギリ……」
ノコギリの長さと幹の太さの関係上、向きを変えて四方から刃を当てていった結果、無事に哭銅を切り倒すことに成功した。
切り倒すまでにかかった時間は僅か10分程度である。
切った時に出たおが屑も何かに使えるかもしれないから、持って帰るか。手触りからすると木屑というより鉄粉だ。
1時間程で6本を切り倒し、更に1時間かけて枝を払って半分にする。長さ15mの丸太を12本得ることが出来た。
ノコギリを使っているだけだというのに、【大工】のレベルが凄まじく上がっていく。切り倒す前は8だったのにここに至ってからは17となっている。
「枝も売れるのかなあ? 裁断して箸か串にするしかないかもしれないが。間違いなくそっちも高級品になる気がする」
高級品の串というのもなんだか分からんな。
ボウの方も竹かごいっぱいに魔香草を採取していた。
シラヒメに聞いたところ、竹かごとトングのセットは、ホースロドの露店で買ったものらしい。なんでボウにぴったりなんですかねえ。
MP回復ポーション用に、水蔓も少しは採取していかないとな。
1本につき2~3リットルは入っているという話だし、ポーション何本分かな。
あんまり長居してもしょうがない。取るものも取ったし早く帰ろう。
ボウはインベントリの中に入れ、早足で来た道を戻る。川は岩場が突き出ている場所から渡る。
川面にグラムガビアルが浮いている姿は見えるが、こちら側へ来そうな個体はいないようだ。
対岸へ渡った先で「うわああああっ!?」という悲鳴が聞こえてきた。
何の悲鳴だろうか。件のでっかい蛇にでも襲われたりしたのかね。
「おトウサマ?」
「聞いてしまったからには無視は出来ねえな。アレキサンダー!」
声をかければ先頭を進んでいたツイナの頭上で、アレキサンダーがこっくりと頷いた。ぽよんぽよんと跳ねれば、「がう」「メェ」と鳴いたツイナが悲鳴が聞こえた方角へ向きを変える。
森の中から聞こえてくるのはいいとして、PTで動くには不向きじゃないかね。その辺考えてあっての悲鳴なのかな。
数分と経たずに辿り着いた所では、夥しい数のマダラオオアリに囲まれた6人のPTがいた。
辺りを見回すと、木々が密集している一角に土が小山のように盛り上がり、そこに空いた穴からマダラオオアリが次々と姿を現している。
巣かい。巣にちょっかいを出したのかアイツら。
「おーい! 救援はいるかー?」と集られているところに声をかけてみると、十数匹のアリが一斉にこちらに向きを変えた。
必死にアリと交戦しているところからは「た、助けてえっ!?」とか「ヤバイヤバイヤバイ!」とか「ぎゃー!」とか「俺は死ぬ俺は死ぬ俺は死ぬ」とか聞こえてくる。
こっちの声が聞こえてるかも怪しいなあ。
「アレキサンダー、シラヒメ、グリース、ツイナ。片っ端からブッ潰せ!」
「ぐるるる!」「メエェッ!」
開幕はツイナの【雷魔法】だ。
目も眩むくらいの雷蛇が、立て続けにアリの群れの中に突き刺さる。
シラヒメは8本脚を駆使して、アリの背中を足場に進んでいく。
集られているところまで瞬時に辿り着くと、密集しているアリ目掛けて網を投擲した。粘着重視の奴を。
アリの上にアリが乗る状態で冒険者たちに群がっていた奴らは、ベッタベタの網に絡め捕られ、下りることも出来ずにもがいた挙げ句、纏めて後ろにひっくり返った。
ひっくり返った先に密集していたアリも、網の粘着に巻き込まれてジタバタもがくだけのアリ玉の完成である。
動きを止めたところにグリースの【腐蝕の視線】が飛ぶ。グリースに向かっていったアリは、アレキサンダーに阻まれているうちに尻尾蛇から飛んだ毒液によって蝕まれていった。
アレキサンダーはグリースの盾になりつつ、アリが一直線に並んだところを目掛けて火炎放射を放ったり、火炎玉になったりと実に凶悪だ。
俺は午前中に取ったグラムロッドを振り回し、アリの群れに突っ込んだ。統制がとれている訳でもなし、選り取りみどりなため適当に振っても3~4匹が纏めて吹き飛ぶ。
巣穴に向かって突き進み、アリが出てきたところで頭を破壊する。後続が頭部を失って動きを止めたアリを押し退けないので、穴の中にウォーターアローを適当に撃ち込む。
以前にサンドリザードからドロップした麻痺毒瓶を、纏めて巣穴に投げ込んだ。
ついでに穴を塞ぐ形でアースウォールを出現させておく。
後続が続かなければ、数がみるみるうちに減っていく。
周囲を確認する余裕が出来た冒険者たちは、俺たちに気付くと「「ひえっ!?」」と驚いていた。
「びびってないでさっさと逃げろ!」
「「「ははははいぃっ!?」」」
怒鳴り付けると、6人は飛び上がって取るものもとりあえず一目散に逃げていった。
俺が手を出さずともペットたちが次々とアリを駆逐していく。俺はアリが全滅するより早く、巣の周りを囲むようにアースウォールを十重二十重に立てて後を追えないようにする。
「ワラワラ増えても面倒だ。こっちもいくぞ!」
「がう」「メー」
「はァイ」
「コケッ」
アレキサンダーは返事の代わりにぽよんぽよんと跳ねながら、この場から移動していく。
それにグリースとシラヒメが続き、ツイナが俺に並ぶ。
「恨みで街まで追いかけて来ることはないと思うけど。大丈夫だよな?」
「がうぅ」「メェ」
ツイナもそこら辺は分からないらしく、2首を揃って傾けていた。
何故かアレキサンダーたちは100mちょっと行ったところで立ち止まっている。
「どうした?」と声を掛けたら、シラヒメが地面に半分埋まっている白いものを指差した。
「骨?」
見たところ背骨らしき部分と、肩甲骨らしき部分しか分からん。
グリースが露出している部分を啄んで、砕いた欠片をせっせと集めていた。
物が欠片だからなのか、何の骨なのかは判別不能である。
鶏の本能にでも突き動かされたのか、俺たちが声を掛けても啄みは止めない。
砕いた欠片は尾蛇が袋の中へ突っ込んでいた。
入れたものが卵になる奴だが、あんな粉々になった欠片でも反応するのかねえ?
気長に待ってみるか。
袋がパンパンになると、グリースはようやく啄みを止める。そうして顔を上げてからジーッと見つめる視線に気付いたようだ。
「コケケ?」
「もウ、さッサトイキマスヨ」
シラヒメが呆れて言うと、アレキサンダーがグリースの後ろから尻を突き飛ばすように体当たりをしていた。
つんのめるようになりながらグリースは前へ進む。そのうち翼を広げ、疾走体勢になると駆け出してアレキサンダーを引き離す。
アレキサンダーはあっという間に姿が見えなくなったグリースを追いかけることはしなかった。ぽよんぽよんと跳ねてからツイナを踏み台にし、俺の頭上に着地した。
「「ふっ」じゃねえだろ。なんで勝ち誇ってんだよ。まったくもう。おいグリース戻れ!」
怒鳴ってみるが戻ってくる気配はない。俺が駆け出すとシラヒメとツイナも走りだす。シラヒメは巨体に似合わぬ素早い動きで、木立の中をスイスイ進んでいく。
逆にツイナは難儀しているようで、つっかえながら遅れていった。
途中で後ろから怒ったような吠え声が聞こえたと思ったら、灰色な魔力を纏ったツイナが木々をへし折りながら駆けて行った。なんだあれ?
しかし、折れて倒れた木々によって、俺の方が障害物競技みたいになったなあ。
飛び越えたりくぐったり、粉砕しながら進んでいくとようやくホースロドの北門前に出ることが出来た。
さっきの6人PTは門前で待っていて、俺を見るなり頭を下げてお礼を言ってきた。
「「「助けてくれてありがとう、ビギナーさん!」」」
「ありがとうございました!」
「マジ助かった。ありがとう!」
「どういたしまして。6人で挑む敵じゃねーだろう。次は間に合うか分からんぞ」
「すいません。ご迷惑をおかけしまして……」
あとどうみても、全員戦士職っぽいんだが。肉弾戦だけであれに対抗するのは辛くないかね。
いつも誤字報告して下さる方、ありがとうございます。
近所のVVが撤退してしまった。さみしい。
 




