167 三者三様の話
real side
ログアウトした後に端末から世間一般のニュースをチェックしてみたが、VR機器が原因で昏倒して病院行きになった。などという話題は出ていなかった。
VR機器の緊急遮断は無事作動したようだ。とりあえず一安心かな。
バイザーを外し、鍛練用の服に着替えて部屋を出ようとすると、廊下にコイが伏せの姿勢で待機していた。
あぶねえ。小さいから蹴っちまうところだったぜ。
「なんでこんな所にいんの?」
「くぅーん」
問いかけても尻尾を振って、うれしそうに俺の足にまとわりつくだけだ。
命令無しで待機場から動くことはないので、差し向けたとするなら母親かプチ姉だ。
何度かコイやポイがいつの間にか護衛に回されていたことがあったので、だいたいの状況は予想できる。
たぶん危険な思想を持つ輩が、山野家を嗅ぎまわっているんだろう。
ゲームで悪評が立てられたと思ったら、リアルでは傷害ストーカーが発生かよ。忙しない日だなあ。
1階に降りると、おめかしをした翠が居間のソファの上で膨れっ面を晒していた。足元には床に寝そべるポイの姿がある。
あっちにポイが回されたってことは敵は複数か、組織化された者たちか。
「なんだ? 外出を制限されたからむくれてんのか」
「兄さん!」
ソファの背に手をついて声をかけると、翠はぴょんと立ち上がった。
「折角、友だちと出かける予定だったのに。迷惑極まりないです!」
「その友人を巻き込みたくなければ、家で大人しくしとけ」
「うっ、……はい」
納得はするが不服な態度を隠すことなく、ぷいっと顔を背けた翠は2階へ上がって行ってしまった。
わざと音を立てて階段上がるのはやめておけというのに。ポイはその後を無音で着いていく。
しかしコイが俺の側だということは、出歩いてオトリを務めてもいいということかな。
一旦部屋に戻って、インナーに軍の制式採用品である防刃防弾シャツを着て、短銃とソードに切り替えられるサイバーロッドを腰に差す。
対爆シェルターの中でもビーコンが飛ばせる多目的端末を腕に着け、遠距離転送用のスロットを予備に回せば準備完了だ。
ラフな格好をして居間で寛いでいた翠に「兄さん!?」と驚かれながら外へ出る。
だが、玄関から出たところで薄い胸、もとい誰かにぶつかった。
「外出は禁止だと言われている筈よ」
「あだだだだっ!?」
顔面を掴まれて万力のような圧力が掛けられる。無茶苦茶痛いっ!
両手を上げて降参を示したのだが「悪意を感じた」と言われて、お仕置きは続行される。
女性の勘を舐めるのはやめよう……。
「あ、櫻姉さん。と、兄さん?」
顔面を掴まれたまま居間に強制連行され、ソファにぺいっと投げられた。
「ううっ、顔がムンクになるかと思った」
「外に出ようとしたからじゃないですか」
翠にくすくすと笑われた。どことなく「いい気味です」とディスられてるような気がする。
「大気はこの前の騒ぎで何やったのか忘れたの? 狂信者たちと凄絶なデッドチェイスを繰り広げた挙げ句、道路や建物を幾つも損壊させたじゃない。後で事後処理に回された伯父さんが泣いてたんだから。少しは反省しなさい」
腕を組んで仁王立ちするのは義姉の1人で山野櫻である。統合統制機構の総帥の付き人を務める羽原椿さんとは、幼馴染で親友の間柄だ。
辻斬り御免、もとい真剣帯刀許可証を持ち、突っ込んでくる車をすれ違い様に両断できる実力の持ち主である。
「あの時の主原因は狂信者が3次元ダイバーなんか引っ張り出してきたせいじゃぎゃーー!?」
「口答えしない」
再び顔面を掴まれてお仕置きされた。解せぬ。
「その、兄さんの見張りで櫻姉さんが来たんですか……?」
翠の疑問に不遜な笑みを浮かべた櫻姉さんは、俺をポイっと放り投げてからソファに座る。
「そそ。それでここんとこなんにも食べてないから、ご飯作ってプリーズ」
「「なんにも!?」」
たまに来たと思ったら飯の催促かよ。いつものことだけど。
この人、誰にも何も言われないと水だけしか摂取しないから、母親とプチ姉によく怒られてる。
前回来てから今日まで何をやってたのか、聞くのがすげー怖いんだけど。
「とりあえず兄さんと作るんでこれでも食べててください」と翠はお茶漬けを作って櫻姉さんの前に出す。拒絶の意味はないな。呆れてるだけだろうが。
俺は翠に促されたので、一緒にキッチンへ向かう。
さて、何をつくろうかね。
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game side
ホースロドの中央を東西に割る大通りの一角で、4体のペットが存在感を醸し出していた。
周囲を歩くプレイヤーは彼らを一目見ると、納得したように頷いて通り過ぎ。ようとして二度見し、驚きから足早に去っていく。まるで関り合いたくないように。
何故ならば、彼らの側には本来なら居なくてはならない主人の姿がなかったのである。
「がう」「メェ」
背中に生えたヤギ頭が2mの高さにまで成長したツイナが何かを唸ると、直径1mの赤い玉ことアレキサンダーがくいくいと体を横に振る。
ツイナの鼻先くらいの大きさの、灰色のコカトリスがヒョコヒョコと前に出た。グリースはバッと大きく翼を広げ、体の前で交差させる。まるで何処かの神が罪人に罪を知らしめるように。
それを見たツイナは尻尾を股の間に挟み、しゅーんと項垂れてしまった。
彼らの不可思議な一連の行動については、唯一人の言葉を喋れるアラクネのシラヒメによって判明する。
「だメデスヨ、ツイナ。わタシタチガ、まチノソトニデルニハ、おトウサマガイッショデナイト」
「がうぅ」「メェ」
1番図体が大きいが末弟であるため、ツイナの我が儘がすんなり通るためしはない。ペットに甘い主が一緒なら分からないが。
「そレデ、どウシマショウ、おニイサマ」
シラヒメに聞かれたアレキサンダーは、左右に目をやってから思案するように目を瞑った。
人間でいうなら、腕組みして考え込むポーズである。
彼らはアレキサンダーを長兄とした兄弟の枠組みで行動する。
アレキサンダーは兄弟内の最終決定権を持つ。
シラヒメはナナシと弟たちとの通訳としての役目を持つ。
グリースは自分に出来ることと出来ないことをよく弁えている。
ツイナは多彩な攻撃方法を持つが、かなり大雑把な性格のため、上でしっかり統率しておく必要がある。
今回はログアウトしたナナシから、食事代としてお金を渡されていた。その金額なんと50万G。
先日売った野菜炒めから逆算した数字なのだが、人の営みに興味のないペットはともかく、ナナシの作る料理は材料や満腹度の関係で高額になるのが当たり前である。
本人がそこのところを分かっていないため、50万Gという金額は渡しすぎだ。
他にもアレキサンダーのインベントリ内には、ナナシから預かった料理がたくさんある。
小出しにしていっても、数日は4体を飢えさせることはないだろう。
預かったお金は何かあった時のために、アレキサンダーとシラヒメが分散して所持していた。ただシラヒメの持つ小袋に入れたお金からは新緑の匂いがするというおまけ付きだが。
ツイナは外に出て暴れたがっていたものの、彼らだけでは門の出入りは不可能なので街中をブラブラするだけに留まっていた。
人用に作られている場所で彼らが興味を惹かれるものは皆無と言っていい。
宿の厩舎に戻るかとアレキサンダーが考えたころ、建物が立ち並ぶ裏手の通りで騒いでいる子供たちがいるのにグリースが気付いた。
アレキサンダーは元々子供たちに保護されていたこともあって、そういった騒ぎを無視するようなことはしない質である。
何が起きたのかと近寄ってみると、5~6人の子供たちが1本の木を取り囲み、上を向いて慌てている様子が見てとれた。
「コケケ!」
「「「え? うわっ!」」」
注意を促すようにグリースが鳴いてみせれば、何人かが振り返って絶句する。
大人の背丈を越える羽根とヤギ頭付きの獅子と、真っ白な蜘蛛の上にある女性。蛇付き尾の灰色雄鶏は知らない人にとってはお化け屋敷よりも怖い顔ぶれである。
とはいえペットを4匹連れた異方人の姿はそこそこ有名で、住民には奇異の目で見られていた。子供たちも大人が噂しているのを聞いていたのか、「ああ、あれか。びっくりした」程度で済んだのは幸いであった。
警戒心を緩和するためにアレキサンダーが前に出て、目をうるうるさせればほっとした雰囲気が漂う。
シラヒメが「どウカシマシタカ?」と声をかければ、子供たちは一斉に木の上を指差した。そこには枝が細く変わりかけた場所に、猫を抱えた少年が震えてしがみついていた。
登って救助したまでは良かったが、降りられなくなったようだ。
アレキサンダーが弟たちに振り向いてぷるぷると震えて見せれば、ツイナとシラヒメが頷く。
かくしてペットたちによる少年救出作戦が決行された。
まずはシラヒメが木の下に、弾力のある糸で受け止め用の網を張る。
ツイナが頭にアレキサンダーを乗せて梢まで飛ぶ。ぶわっと広がったアレキサンダーが、猫もろとも少年を体内に抱え込んでから落下。網に軟着陸して救出成功である。
アレキサンダーから解放された途端に驚いた猫は脱兎の如く逃げ出してしまったが、子供たちは友人の無事を素直に喜んでいた。
おっかない見た目に反して心優しいペットたちに馴染んだ子供たちは、夕方になるまで彼らと遊び回るのだった。
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??? side
『それでは次のニュースをお伝えします。先日、Ψ√県Д#市の学生がVRゲームの最中に全治3ヶ月の重傷を負った事件についての続報です。警察が使用していたVR機器を回収して調べたところによりますと、ヘルメットのフィードバック回路が焼き切れていることが確認されたということです。これについて専門家は、現行世に出回っているゲームでここまでの負荷がかかる物はなく、違法なソフトウェアを使っていたのではないか? という見解だそうです。警察はこの意見を元にVR機器本体に残されたログを解析中とのことです。この事件を受けて国会では「アングラサイトの取り締まりを強化するべきだ」との発言も多く上がっており…………』
いつも誤字報告をして下さっている方、ありがとうございます。
※「3次元ダイバー」 ローターが4つ付いたヘリコプター。蜂のような機動が可能である。
※「サイバーロッド」 俗に言うビームサーベルのこと。所持は許可制。




