165 鎧袖一触の話
PVが1000万を突破!
いつもお読みくださってありがとうございます!
商業ギルドを出たところで、見知らぬ女性プレイヤーに声をかけられた。
昨日アレキサンダーたちにあげていたガーリック野菜炒めが欲しいそうだ。
「5千でいい」と1皿渡したんだが、2万も払ってくれた。最近の料理ってそんなに高いのかねえ。
ベウンはシラヒメの背中だが、ボウは何故かグリースの背中が良いらしい。
グリースの背中には前に作った小袋があるので、尾蛇と尾羽の生えてる間の部分に後ろ向きでちょこんと座っている。
尾蛇も「仕方ねえなあ」という感じで、落ちないようにボウに巻き付いているという気の使いよう。いや、意思としてはグリース寄りでいいのか?
のんびり歩いていると、ワイワイガヤガヤと騒がしい集団が冒険者ギルド前にかたまっていた。
「あ、ビギナーさんだ」
「団長呼んでこい、団長」
クラン嵐絶だ。今戻ってきたのか。
「おつかれー」
声をかけると「うす」「お疲れ様です」と返してくれる。礼儀正しい。
「森の中で2泊したのか?」
疑問に思ってたことを聞くと、全員が一斉に首を横に振った。
「いやいやいやいやいやいや!」
「あんなおっかねえとこで野営とか無理だから!」
「ちゃんと宿には泊まってましたよ」
「1泊だけして後は昼夜強行軍だったけどな……」
よくみたらみんなボロボロのドロドロだったんで、【生活魔法】をかけて綺麗にした。
「「「…………っ!?」」」
怪我はよく分からんが、ドロドロは落ちたな。綺麗になったのに、なんでひきつった顔で絶句してるんだ?
「いきなりとんでもねえ洗礼に絶句してんだよ!」
溜息を吐きつつコメカミを押さえたジョンさんが現れた。
「おつかれー」
「疲れた上に追い打ちがくるとは思わなかった。ナナシの引き出しの多さには呆れたぞ……」
なるほど。【生活魔法】は一般的ではないと。ホイホイ使ったらマズイんだろうなあ。
でも嵐絶は顔見知りだから大丈夫だな。
「哭銅は取ってこれたのかい?」
「あ、ああ。なんとか2本だけな」
「2本だけ?」
この人数で行ってそれだけしか取れないのか。
どういう木なんだそれは。
ジョンさんは疲れた顔で、他の団員は苦笑いだ。
「木が硬すぎるんですよ」
「ありとあらゆる手段を試して、全然切り倒せねえし」
「最終的には4方から斧で切り続けることでなんとか」
「それでも丸1日かかったしよお」
「やった全員に斧スキル生えるとか、最悪」
途中から笑い出すとか、ずいぶんと楽しそうな道中だったんだな。
哭銅があった所はそんなに深い場所ではないらしい。
そのうち「そっちは?」と話を振られたので、指折り数えて倒した魔物と数を申告する。
「そんでこれが出た魔法の武器だ!」
ババーンとシャドウシミターを公開するまでが、こちらが出せる情報かね。
「……なんで全員で頭抱えてるんだ?」
「ナナシの行動にあきれてんだ。ホイホイ情報晒すなっつーたろ」
「いや哭銅の場所が聞きたかったんで、これのデータが対価だ」
「先に言え!」
ジョンさんが怒鳴る横では、いつの間にかいたルビーさんが俺からの情報提供をメモっていた。
副団長のマイスさんは、リアルの用事で今日はログインしていないらしい。
「シャドウシミターの情報は掲示板に出しますね。値段としては80~100万くらいじゃないですかねぇ」
幾らくらいになるか聞いたら、それなりの値段だった。最近の武器の相場がさっぱり分からん。
これの他にも、魔法の武器の発見報告は幾つか出ているそうだ。
投げたら戻ってくる槍とか、光の矢が撃てる弓とか、移動速度が倍になる靴とか。
最後のはカーボが欲しがりそうだなあ。
「でも光の矢って威力はないらしいぜ。撃ったらしばらくは残っているんで、暗くて高い所を照らすくらいにしか使えないと掲示板にあった」
「靴は移動速度が倍になっても小回りは利かないみたいだぜ。右に曲がるだけでも半径50mくらいいるとか」
直線専用じゃねえか。
魔法の武器だといっても微妙なのばっかだよな。
「それと、ナナシ待望の奴が来るぞ」
「来る? なんかあったっけ?」
「忘れんな! 指名手配した奴がいただろ、そいつだ!」
「青銅騎士団がフェツェルを捕まえて、こちらに輸送中だそうですよぉ」
「ああ、あれか。どうも怒りが薄れてくるとそういうの忘れちゃうんだよなー」
「おいおい。連れてこられる奴も憐れだなあ……」
呆れた溜息が嵐絶勢から漏れる。
「まずは何で人の悪評をバラ撒いたかの理由が、聞きたいところだ」
「半分くらいはやっかみだろ。嵐絶も無いわけじゃねえが、組織的な報復を恐れて表立って言ってる奴は少ないしな」
「ナナシさんの場合は掲示板で有名になってる分、本人周りの秘匿性が強すぎて手が届かない扱いされてますからぁ」
みんなしてうんうんと頷かないで頂きたい。何時からそんな宝物殿みたいな扱いになったのやら。
「お前の場合、戦闘力と変態設定が突出してるからな。残酷描写全開の報復が恐れられてる」
「残酷描写最大にしてるプレイヤーなんて、知ってる限りでも5人もいませんからねぇ」
そんなに少ないのか!?
俺は軍務で色んな戦場に行ったからだろうが。ある意味ではそっち方面は麻痺してるかもしれない。
基本、それがあるからの平和だろ。下地を無視しては現状の立ってる場所を見失いかねないしなあ。
リアルなら、家が恨みを買っているという部分で緊張感はあるものの、ゲームの中までそれは必要ないだろうしな。
嵐絶にくっついて移動していたら、着いた場所が東門前広場。
フェツェルを捕獲&護送してきたクラン青銅騎士団がそこに来るのだそうな。
「知り合い?」
「あっちも嵐絶と同じく大規模クランですからぁ。ある程度の交流は必要ですよぉ」
狩り場で揉めないために連絡を取っているのだそうだ。嵐絶もここにいるのは主力らしいが、イビスダンジョンやピラミッドにも部隊を割いているようだし。
さほど待たないうちに檻の載った馬車が東門を潜って到着した。
馬車というか曳いてるのは馬じゃなくて牛なのは何故?
牛が曳く荷車の周りには、青い騎士甲冑で揃えた6人ほどのプレイヤーたち。
先頭にいた1人が面の1部を跳ねあげて顔を露出させると、残りの5人がビシッと胸に手を当てて姿勢を正す。
顔を出した人が「クラン青銅騎士団の分隊長カササギです! ビギナー殿が手配された人物をお届けに参りました!」と声をあげた。
同時に檻の中から舌打ちする声と、恨みのこもった視線が飛んでくる。まったくもって心当たりがないな。
檻の中から出されたのは、鎖でぐるぐる巻きにされた金髪のギザギザ頭のつり目の男。記憶をさらってみても見覚えはない。
「では確かにお渡ししました。……金額多くないですか?」
「輸送料も含めりゃ、こんなもんだろう」
トレード画面に200万乗せたら、目を丸くしていた。うーん、俺も金銭感覚がおかしくなってるような気がする。
「ありがたく」
カササギさんにはフェツェルを引き渡した時点で、鎖から解放してもらう。
フェツェルは憎々しげに顔を歪めると、俺から距離を取って剣を抜いた。
「このクソビギナー野郎が! 金にあかせて卑怯な手ぇ使いやがって、ナニサマのつもりだよ、ええ!」
せめて自己紹介くらいはしようぜ。
名前だけしかしらないが、俺を恨む経緯だけでも聞かせて欲しい。
なんか気が付けば結構な数の野次馬に囲まれていた。これ全員プレイヤーかね。
「あんたが人の悪評をバラ撒くからだろうが。こっちは住民に武力でどうこうした覚えはひと欠片もないぞ」
「うるせえ! このチート野郎!」
「……は?」
「何か特殊なプログラムとか使って目立ってんだろ! 人気取りに使いやがって! 女をはべらせていい気になって人を見下すとかさぞご機嫌なんだろーよ!」
なんだかよく分からん単語が並んでるんだが、俺の評価って第3者的にああ見えるんかね?
「なあ! お前らもそう思うだろーよぉ! こいつのやってることがっ! どんだけおかしいかってのがようっ!」
ギャアギャアと罵詈雑言を並び立てるフェツェルは、周囲の野次馬にも同意を求めるように語りかけたりしている。
「こいつが運営に金を渡してよお、情報を買ったに違いねえんだ。知らされてなきゃ知らねえことを次々に暴いていくなんてよお、出来っこねえんだ!」
まともに応じている人たちもいないみたいだが。
「とりあえず、あいつが何を言ってるんだか全然理解できない」
隣にいたジョンさんに呟くと、嵐絶全員からポンポンポンと肩を叩かれた。
「完全にやっかみだろ、あれ」
「有名税ですね。分かります」
「たまにいるんだよ、ああいう奴。掲示板で目立とうと行動して空回り。そんで文句だけは立派」
「ただのクレーム勢。気にしない方がいいぜ」
嵐絶どころか、他の野次馬からも白い目を向けられてるのに気付かないのかねえ。
皆からの解説を「なるほどなるほど」と聞いていたら、フェツェルが「聞いてんのかこの野郎!」と青筋を立てていた。
「いや、途中から聞く気にもならなかったしなあ」
俺が呆れているとジョンさんと他も同じような反応だ。
「まあ、そうな」
「濡れ衣もいいところだろう」
「なんなら俺たちでボコってやろうか?」
「何時までもクランの影に隠れてんじゃねーよ!」とがなるフェツェルに、嵐絶勢がイラついてきたようだ。何人かが殺気立っている。譲るつもりはないので前に出るけどなー。
アレキサンダーたちはその場から動かんでいいからな。
ぷるぷるしないで、じっとこちらを見上げるアレキサンダーをひと撫でしておく。
「ようやく出てきたなァ。大手クランに加勢して貰わなくてイイのかよ、ええ!」
「1人相手に人の手はいらんだろ」
剣でこっちを指すフェツェルを鼻で笑えば、手元にPVPの申し込み画面が開いた。
おいおい、注釈をよく読んで……いるようには見えんな。どうなっても知らんぞ。
対戦条件は、負けた方が持ってるアイテムと金銭を全部差し出すというもの。
結局強盗がしたいだけじゃねえか。こっちでフェツェル側の条件を弾いておく。
「お前の物なんかいらん」
「っ!? っ、て、てめえええええっ!」
野次馬の方からは「PVPだ! 耐性の無い奴は逃げろ!」と叫んで警告を出してる人もいるようだが、あんまり人数が減った様子はない。
後ろからはジョンさんが「後始末は任せろ」と言ってくれた。まあ、全力でブッ飛ばすから相手がこの場に残るかね?
【闘気】にHPを半分を突っこみ、痛打を選択。当たった瞬間に頭の中で考えればいいだけだが。
「死にさらせえっ!」
フェツェルが剣を振り上げた瞬間、正面に肉薄すると目を丸くして驚きから動きが停止していた。構わずぶっ放すがな!
「三式、牙撃」
一点から内部を破壊する破撃と違い、牙撃は薄く板状に伸ばした闘気で叩く。強度は鋼鉄並みなので、運が良ければ全身骨折ですむだろう。
だが今回は一切の手加減を抜きにして打ち込んでやる。移動と打撃を1工程で行い、相手を上空に弾き飛ばす。
フェツェルは悲鳴をあげる間もなく縦向きにギュンギュンと回転しながら、街壁の遥か上空を越えて魔の森方面へと飛んで行った。
落下ダメージ以前に、打撃だけで頭蓋骨や肋骨を粉砕したから死んでるだろ、たぶん。
ただ、対戦相手の痛覚は50%プラス30になってるはずなので、VR機器の緊急遮断が間に合わないと、リアルの肉体に幻痛が残るかもしれないな。
統合機構傘下のメーカー品なら大丈夫だと思うが、毎回どこそこでリコール騒ぎがあるからなあ、大丈夫じゃないかもしれん。
「視覚の暴力を考えて、木っ端微塵にしないだけありがたいと思え」
野次馬の方は未だにフェツェルの立っていた場所を指差して困惑しているようだが、背後にいた嵐絶勢はフェツェルが飛んでった空を見上げて唖然としていた。
「おま……、あれ……」
「なん、なん……」
「た……たまや~?」
フェツェルに打撃を叩きつけた時点で、PVPはこっちの勝利を表示した。
「やっと片付いたぜ」
「片付いたっつーか。普通人間があんな飛ぶか!?」
「軍では珍しくないが」(主に飛ぶのは俺だが)
「「「軍、怖っ!?」」」
「後始末てレベルじゃねーじゃねえか。ホントにお前は、期待というものを裏切る奴だな」
ははは、と笑いながらジョンさんは俺の背中をバンバンと叩く。だからいてーっつーの!
だがまあ「ありがとう」は言っておかねばなるまい。
キョトンとした嵐絶勢ではあったが、全員が一斉に吹き出した。なんだよう、俺が礼を言ったらおかしいのかよう。
笑い声がこぼれるこちらとは逆に、未だにそこに留まっている野次馬たちは、状況に困惑した表情を張り付けていた。
本日までのステータス
名前:ナナシ
種族:稀人
職業:ビギナーLv.31
SP:26
所有スキル:
【鉄拳Lv.38】【投擲Lv.41】
【蹴撃Lv.23】【片手棍Lv.5】
【致命攻撃】【反射】【闘気】
【死霊術Lv.20】【幻魔法Lv.3】
【水魔法Lv.5】【土魔法Lv.11】
【生活魔法】【大地魔術】
【看破Lv.21】【気配察知Lv.45】
【忍び足Lv.16】【軽業Lv.62】【隠れるLv.28】
【水泳】【潜水】【登攀】【空駆(使用不能)】
【魔力視】【魔力感知】【魔力付与】
【魔力操作】【魔力制御】【裁縫術】
【料理長Lv.37】【調合Lv.30】【大工Lv.8】
【植物知識】【鉱物知識】【アイテム知識】【スライム会話】
【腕力強化】【知力強化】【魔力強化】【MP増加】
【毒耐性】【苦痛耐性】【環境耐性】【麻痺耐性】
【暗視】
【解体】
ユニークスキル:【城落としLv.7】【幸運Ⅱ】
称号:
【後先考えぬ者】【スライムの友】【アラクネの友】
【草を食む者】【闇を歩む者】【強奪者】
【料理人】【半魚人】
【ネッツアーの加護】【マルクトの祝福】
【ゲヴラーの祝福+】【ティーフェレースの興味】
【魔女見習い】【スフィンクスに認められし者】
【ミノタウロススレイヤー】【甲殻スレイヤー】
ペット
名前:アレキサンダー
種族:エルダーレッドスライムLv.18
名前:シラヒメ
種族:アラクネLv.15
名前:グリース
種族:コカトリスLv.6
名前:ツイナ
種族:キマイラLv.18
使い魔
名前:ベウン
種族:クマのぬいぐるみ
名前:ボウ
種族:牛のぬいぐるみ
いつも誤字報告して下さる方、お世話になっております。
書籍編集中につき、更新頻度が遅れております。ご了承ください。




