164 注意忠告の話
ストック切れました。
「リアデイルの大地にて」3巻発売中です。よろしくお願い致します。
糸束を作っていたシラヒメがその作業を止めてから扉を開けに行き、「おトウサマ、おキャクサマデス」と俺を呼ぶ。
そこにいたのは売却受付にいたひょろりとした男性の職員さんだった。
濃密な魔力を纏ってるんだがひょっとして……?
「やあ、見習い魔女くん。僕はハルペスという。よろしく頼むよ」
「は、はあ……、ナナシです。よろしくお願いします?」
何かいうよりも先に自己紹介されてしまったが、魔女の人だったようだ。
しかしこちらから何か尋ねてもいないうちに、あちらから足を運んでくるとは。
よく分からんが何か用があったのだろうか。
「何か不思議そうな顔をしているけど、僕はちょっと忠告にね」
「はい?」
中に入ってくると扉をきっちり閉めてから、こちらに向き直ったハルペスさんは真剣な表情になった。
「【魔力視】を全開にしてその辺を歩き回るのは感心しないね。使うのなら少しずつにして、目立たないでおくべきだ」
「えーと……。もしかして【魔力視】全開だと何か危険があるんですか?」
「ああ、君たち異方人はどうだか知らないが、僕たちから見れば異常なんだけどね」
なんでも【魔力視】を出しっぱなしにしていると、瞳が金色に変わっているのだそうな。
え? そうなの、知らんかった。
人によっては何らかの【魔眼】のようなものを使って、よからぬことを企んでいると勘違いされ、衛兵に捕まってしまうことがあるという。
バニーの魔女さんが言っていたのはこういうことか。
「すみません、全く知りませんでした。ご忠告感謝致します」
「普通は師匠からその辺りは教えられるものなのだけどね。あの『饗宴』ならば仕方ないかもしれないね」
「きょう……なんですって?」
「『饗宴』だね。アナイス殿は『饗宴の魔女』と呼ばれるほど悪戯好きなんだよ」
……Why?
え、誰のこと?
普通に鬼教師だった他は、懇切丁寧に教えてくれたんだけど。
でも注釈とかそういうことはなかったな。つまりそこが悪戯だということか。
というか金色の瞳って危険人物扱いなのか?
そうなるとキャラクターメイキングで金眼とか作ったプレイヤーって、逮捕されまくったりしてるんじゃないだろうか。
何処かで注意喚起とかしといた方がいいのかね。
まあ掲示板しかないのだが、あとで誰かに言っておくか。
俺が考えていると、ハルペスさんは名刺大の1枚の紙を取り出して、指先でクルクルと回す。
「先達として後進にちょっとしたプレゼントをあげようと思ってね。勿論それなりの試練は受けてもらうけれど」
にこやかに笑うが、なんとなくその表情はアナイスさんに似通ったものがある。
同類っぽいんだが……。
ペコンという音と共に眼前に小さなウィンドウが開いた。
『魔女ハルペスの依頼を受けよう Y/N』と表示されている。
見習いとしては断ったらマズイんだろうなあ、と思いつつ『Y』を押す。
「分かりました。受けましょう」
口頭でも答えると、ハルペスさんは満足そうに頷いた。
紙を振りつつ「ここにはMP回復ポーションのレシピがある。これと引き換えに聖水を手に入れてきてくれないかな?」
MP回復ポーション!?
俺が頻繁に失敗作を茶にしているのの完全版ということか!
「聖水ですか。分量はどれくらいで?」
「……分量?」
どんな無理難題が来るのかと思い、ちょっと構えてしまったが意外と簡単だった。
こちらには『マルクトの神器のたらい』があり、そこには常に【生活魔法】で水が貯めてある。
ポーションのなり損ないは悉く薬草茶(MP少量回復)になってしまうので、入れるのを止めた。
手持ちにはすでに40本以上もあるのだから、もう充分だ。
テーブルの上に、水がなみなみと入ったたらいをドンと出す。ハルペスさんの目が点になっていた。
「どうぞ、この中から必要な量だけ持っていってください」
「えーと、これは……?」
「聖水です」
「……」
なんで絶望的な表情になっているんだろうな?
クエストなんだし、聖水が手渡されて当然のはずだろう。
色々やってみたが、聖水を原料に混ぜるとポーションの効果が死ぬんだよな。
これはポーションの材料である薬草の効能が弱いんだろう。
せめてもう1~2段階レアリティの高い材料が必要なんだと思う。たぶん。
魔の森にあるんじゃないかと思っていたんだが、不足資材一覧表にそれらしいのがあったんだよな。
しばらく停止していたハルペスさんだったが、小さな瓶に聖水を汲んでから顔を覆った。
なんか小声でブツブツ言ってたんだが、鑑定でもしてたんかね?
「さ、参考までに聞くが、このたらいは?」
「マルクト神から貰いました。神器のたらいです」
ゴンという音がしたのでそちらの方を見てみると、扉に頭をぶつけているハルペスさんがいた。
もしかして散らかしたものに躓いて、足を滑らしたか?
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ、大丈夫だ。それとこれは君のものだ」
ハルペスさんはレシピの紙を俺に握らせると、呆然とした顔でふらふらしながら部屋を出ていった。
頭をぶつけて脳震盪でもおこしたのか?
慌てて部屋から出ると、階段の方から「ズダダダダーン!」という凄い音と、「「キャーッ!?」」という複数の悲鳴が響き渡っていた。
「……おトウサマ?」
俺の後ろから廊下を覗き込んだシラヒメが不思議そうな顔をしている。
「あー、救助にいくか……」
俺は部屋をベウンとボウに任せ、シラヒメを連れて階下へと向かう。
そこには崩れた木箱に埋まっているハルペスさんと、オロオロしている職員たちがいた。
俺は外にいたアレキサンダーたちを呼びだしてくると、木箱の片付けに回る。
ハルペスさんは担架に乗せられて、職員たちが治療院に連れていった。
後でギルド長に丁寧なお礼を言われたんだが、元々の原因が俺だとは言い出せない雰囲気だったなあ。
もの凄くいたたまれない。
「あ!? 情報云々について聞くの忘れてた!」
騒動が終わってひと息ついたらこれである。あちらから衝撃的なことを言われてすっかり忘れてた。
あとはもうボウのお手並み拝見な意味でポーションを作ってもらい、俺は魔石を砕いて魔塗料を増産していた。
掲示板回はまだ先なんじゃよ。結構集中したために……。
いつも誤字報告をして下さっている方、ありがとうございます。




