124 裁縫術の話
ヘーロン行ってセルテルさんに挨拶したら、酷く怯えた表情でアナイスさんのことを聞かれた。
「いったい何をどうしたらアナイス様から教えを受けるようなことができるんだいっ!?」
「ん? 様?」
「あ! いやっ! 忘れてっ忘れてっ!」
なんだか複雑な人間関係がありそうだな。
セルテルさんが可哀想なんで、そこを追求するのはやめておこう。
セルテルさんからは【裁縫術】に関して、少々込み入ったことを教えてもらった。
【裁縫術】は魔石と染料を自分の魔力で加工して糸や布を作り、それを縫い織りすることによって様々な効果をもつ物品を作り出すスキルなんだそうな。
例えばセルテルさんに作ってもらったウェットスーツ。
あれはミミズの革をセルテルさんの糸で縫い、水属性のアイテムを取り付けたりして出来上がった品物だという。
最初のうちは縫うまでの準備が大変なのと、基本手作業なのでやたらと時間がかかること。
あとは望む効果を出せるまでは試行錯誤しかない。ということを教えてもらった。
試しにと普通の布を渡され、縁を縫い合わせて小袋を作ってみる。
使った糸はベウンを作った時に余ったものだ。
そしてできた物がこちら。
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⬛緑の小袋
ナナシの作った小袋。
中に入れたものに新緑の匂いを付加する。
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「……」
「……ぷっ、あっははははははっ!」
俺はなんともいえない無言。
セルテルさんは吹き出して大爆笑という有り様である。
白い糸と白い布を使ってこれか。
確かに狙って固定の効果をつけるのが至難の技だなあ。
「ふふっ。まずはあれだね。袋にワンポイントで刺繍をして、あれこれ試してみるといいね」
「刺繍かあ」
リアルじゃあほとんどやったことはないが、こっちだとスキルの恩恵で少しはまともにつくれるのかもな。
「オトウサマ、そレハナンデスカ?」
「ああ、小さな袋な」
「モラッテモ、いイデスカ?」
「ん、欲しいのか。ちょっと待ってろ」
シラヒメが興味を示したので太い紐を取り付け、首からさげられるようにしてやる。
「あリガトウゴザイマス」
「入れたものが緑の匂いに変わるから気を付けろよ」
「はイ」
小袋を胸元で抱えにっこりするシラヒメの姿に、ボクもボクもとグリースが「ぴいぴい」鳴いて突進してきた。
ついでにアレキサンダーとツイナはどうかと尋ねてみる。
アレキサンダーは体をぷるぷると左右に振ったので、いらないようだ。
そうかインベントリ持ってるもんな、お前は。
ツイナはライオン頭が首をひねり、ヤギ頭が左右に振った。
「ぐるるぅ」「メ~」
必要なのかも分からないみたいだなあ。後で必要なら仕立ててやるか。
グリースにはハーネスで背中に固定できるような、小さなリュックを作る。
ベウンを作るときに余った布も少し使う。
しっぽの蛇がぐりんぐりんと自己主張をしていたので、背負ったままでも出し入れはできるだろう。
「リュックの隅に入れる刺繍はなにがいい?」
「ぴーぴー」
「タマゴガ、いイソウデス」
「たまごぉ?」
図柄は草むらに置かれた卵にした。端っこにひし形のテカリマークを入れる。
セルテルさんにアドバイスを受けながら、ちまちまと縫っていく。
慣れない作業なんでゆっくり作ってたら半日かかってしまった。できあがったら首を傾げる効果が付加されているしな。
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⬛小さなリュック
ナナシが作ったリュック。
中に入れたものを卵に変化させる。
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「なんだこりゃ?」
「おもしろそうだねえ。効果がでたら私にもみせておくれ」
「すぐには卵にならないのか」
「そんなすぐに効果がでる品物じゃあないだろうよ。しばらくは入れっぱなしにするようだね」
グリースの背に収まるくらいでしかないので、容量としては1リットル弱くらいか。
グリースが何を入れるかで変わってくるだろうしな。
「ぴぴぴー!」
「ぐるるる!」「メメ~!」
はしゃいで走り回るグリースに触発されたのか、ツイナまでその場でくるくると回り始める。
効果はともかく喜んでくれてるからいいか。
セルテルさんにお礼を言って宿屋へ行こうとしたら、部屋を貸してくれるという。
ならそのお礼に夕飯を作ると言ったら、ものすごく喜ばれた。
「ナナシくんのご飯!」
「もう目を輝かせてよだれ垂らしてんじゃねーよ! 腹ペコ魔女め!」
久しぶりに使うセルテルさん宅のキッチンは汚れてはいなかったが、あんまり使った形跡がない。
料理ができないから、屋台で調達しているだけなんだろうな。たぶん。
貯蔵庫にじゃが芋っぽいものがいっぱいあったので、牛肉コロッケをつくることにした。
まずレッドカウ肉を挽肉にする。シラヒメが糸で小さく切った肉を、包丁でさらに細かくしていく。
ベウンには固いパンをすりおろしてもらおう。
アレキサンダーは芋を体内に取りこみ、皮だけ食べてもらう。
小さく切って水にさらし、鍋に入れてからアレキサンダーコンロでふかす。
芋を潰し、牛肉と混ぜてから厚めの楕円形にまとめ、溶き卵とパン粉をつけて油で揚げていく。
卵はプレイヤー露店で売っていたものだ。メンドゥリから楽に採取できる方法があるらしい。
大皿2つに山のように盛ってできあがりだ。
芋と固いパンの他はこの家なんにもねーからな。
手持ちの材料で野菜スープも作って足す。
「旨い、ありがとう、美味しい、ありがとう」
「泣くか食べるかどっちかにしろよ」
涙を流しながらコロッケを頬張るセルテルさんにドン引きである。
それに比べれば、うちのペットたちの食べ方の方がまだマシかもな。
アレキサンダーは幾つか分けたコロッケの皿と野菜スープを容器ごと体内に取りこみ、皿と容器だけ出す。
シラヒメはすでに箸の使い方をマスターし、ゆっくり味わいながら食べている。
グリースだけはクチバシなんで、コロッケを4つに切り分けてやる。4分の1を苦労して啄み、残りは尻尾蛇が呑み込む。野菜スープも具を啄んで、蛇がスープを飲む食べ方だ。
お前の胃はどーなっているんだ?
ツイナはライオン頭が1~2回噛んで丸呑み……。味わってるのか?
食事が終わったあと、アレキサンダーが食器と調理器具を丸呑み洗いすれば、片付けは完了だ。
セルテルさんが紅茶を淹れてくれたので食休みをする。飲み物は淹れるのに問題はないんだなあ。
「ところで俺はなんで魔女見習いにさせられたワケ?」
「知らないで修行うけてたのかいっ!?」
「なにせいきなり呼び出されたもんでなあ」
「呆れた後輩さね」
仕方ないじゃないか。
なにぶん怒涛に流されたもんでね。
「魔女を3人自力で見つけ出し、忌避感なく交流が続けられれば、そいつは魔女の素養ありとされるんだよ」
「マジかい……。あ、でもイグサさんは魔女と認識してなかったけど」
「それはそれ、これはこれ」
「ええー」
自業自得かあ。
あと好感度も必要なようだ。
イグサさんのとこには結構通ったし、アナイスさんにもアドバイスたくさんもらった。
セルテルさんは餌付けしたようなもんだしなあ。
「しかし魔女は忌避されるものなのか?」
「古い考え持ってる連中は頭が固いからね。もう300年前に魔王陣営についた魔女がいたせいでねえ」
「ふーん。そんなもんかね」
「ここ魔王に突っ込むところだからね!」
「はぁ……」
ちなみにナナシくんはファンタジー系のゲームを全くプレイしてないので「魔王」に関心を持ちません。




