120 続々・修行の話
これまた翌日の作業は針仕事であった。
渡されたのは紙に書かれた図形と、俺が染色した糸で織られた布である。大きさは縦横1mくらいだ。
「ええと、今度はこれを染色した糸で刺繍しろと?」
「うんそう、それも針に魔力を纏わせてやるんだからね」
「うへぇ……。いい加減、これがなんの修行か教えてくれませんか?」
「それは全部完了するまで秘密だから。楽しみにしているといいよ」
どう見ても魔法陣なんだが、この紙に書いてある図形は。
線ごとに糸を変え、フリーハンドで円を描かねばならんらしい。
もう何を言ったところで正論で諭され、やらされるに違いない。このパターンは龍樹姉の時以来かねえ。
糸を変えつつチクチク、チクチク。同じ色だけで一気に縫っても駄目なようだ。
外側から内側へ、魔法陣を描くようにチクチク、チクチクと。
集中してやったら1日で終わった。
【裁縫】スキルがあるからかとステータスを確認したら、【裁縫術】というものに変わっていた。
なんだこれ?
いったい俺は何を目指しているレールに乗っているのだろうか?
「今日は持ってきてもらった魔石を合成するよ」
「え?」
翌日は昨日作った魔法陣の上で魔石3つを1つにするそうだ。
先にアナイスさんが魔石から魔力を抜き、俺の魔力を浸透させてから波長を合わせながら合成させろと言われた。
「ぐぬぬぬ」
「力むんじゃない。すっと合わせて、すっと重ねればいいんだ」
だから感覚型の教師は止めてもらいたいと……。
【魔力制御】と【魔力操作】があれば平気だと言われたが、感覚センスに左右されるやり方だと分かるまで2日かかった。
アレキサンダーたちを放置しっぱなしだよ。
最初の3日間は外にいたんだけど、その後はじっとしていなさいというアナイスさんからの注文を受け入れて室内にいる。
何故か部屋のすみに4匹みっちりかたまって、こっちを凝視しているありさまである。
なんかあったのかね?
で、1日が終わると突進してきて甘えると。だんだん質量を支えきれなくなってきたぞ、おい。
始終魔力系スキルを使用した作業のためか、【MP増加】と【魔力強化】のスキルを得た。
なんか魔法使いになれそうな成長になっとるな。
そんでもって一度ログアウトし、ログインした次は型紙にそって布を裁断し、魔力を纏わせながら縫う作業だ。はっきりいってぬいぐるみ作りである。熊の。
中に詰める綿にも魔力を注入し、胴体中央(どちらかというと首あたり)に先日作った魔石をはめ込む。
言うのは簡単だが結局は針仕事だ。全部手作業でしかないもので、作業の方に3日かかった。
作ってる最中にもアナイスさんから「もっと丸く」「もっとふっくらと」「可愛くない」「リボンをつけましょう」と注文が多いこと多いこと。
そうした苦労を経て出来あがったのが茶色いクマのぬいぐるみである。
首に釣り鐘形の鈴と、青いリボン。大きさはグリース並みだ。
道理で染色するとき茶色がやたら多かったわけだよ。アラクネさんからもらった糸もほとんど使ってしまった。
ここまでだいたい20日くらい。
リアルで1週間くらいかかっている。ゲーム内時間で言えば40日くらいか。
ログアウトした時に翠から「最近はゲーム内で噂聞きませんけど、どこにいるんですか?」とか言われてしまった。
「ところでこれはクマにする意味はあったんですか?」
「代々の伝統なのよ」
「代々?」
「さあ、名前をつければここまでのすべては終了だからね」
「名前なあ……」
「ちゃんと名付けも魔力を込めないとだめだから」
「これもかーい!」
しかし名付けほど苦手なものはない。茶色いクマねえ……。くま、くま、ええと、うーん。
「うーん。……お前の名前はベウンだ」
「茶色いクマのまんまじゃないか。でも合格だね」
「は、え? ってうわっ!?」
両手で持ちながら名付けたんだが、横を向いてアナイスさんに聞き返した瞬間、ぬいぐるみがベガーっと輝いた。
俺の手を離れて床に着地してから、すくっと直立する。そして俺に対してペコリと頭をさげた。
「べ、ベウン?」
呼びかけるとぴょこんと左手を上げる。なんとなく「はい」と言われたような気がする。
俺の魔力が浸透してる分、簡単な意思疎通ができるようだ。
「おめでとう、ナナシくん。これで君も今日から立派な魔女見習いだね!」
「はあっ!?」
男でも魔女といっていいのかよ!
ぱちぱちぱちーっと嬉しそうに拍手をするアナイスさん。同時にいつもの「ポーン」という音が鳴った。
━━称号【魔女見習い】を取得致しました。
━━【魔力視】【魔力制御】【魔力操作】【魔力感知】【魔力強化】を取得したことにより【魔力付与】を進呈致します。
「ぶっ!?」
「魔法陣布と魔石を使えれば、色々な物に魔力付与できるからね。ぬいぐるみはほんの一例。後は自分で確かめてレシピを作っていくといいよ。これについては自己で好きなようにするといいよ」
「わ、わかりました。えーと?」
「なぁに」
「師匠って呼んだ方がいいですかね」
「今回は押しかけ教授みたいなものだからね。まあ、キミの好きにするといいさ」
「はい、アナイスさん。色々とお世話になりました」
しっかりと頭を下げて感謝を示しておく。何はともあれスキルが覚えられたのは嬉しい。
今回の分をSPに換算すると84くらいになってしまうからな。
ベウンはペットではなく、使い魔という分類らしい。戦闘行為は出来ないようだ。
主人からランダムで3つのスキルがコピーされるとのこと。
ベウンが得たスキルは【軽業】【大工】【料理】だ。
火を扱って燃えたりしないか心配になるが、俺の魔力を使って作られた魔力付与布は、火や水の耐性はひと通り揃えてあるのだそうだ。
「よし、お前たち。新しい仲間のベウンだぞ。戦闘には参加出来ないがよろしく頼むな」
ベウンが両手をあげてぴょんぴょん跳ねて「よろしく~」と意思表示をすると、アレキサンダーたちが周りを囲む。
アレキサンダーは一緒になってぽよんぽよんと跳ねている。
シラヒメは「アタラシイオトウトですね」と言って、頭を撫でて抱きしめる。
グリースは「ぴぃぴぃ」鳴きながら羽根をぱたぱたとさせて、歓迎をしているようだ。
ツイナはベウンを頭から尻尾まで嗅ぎ、最後にべろんと舐める。
とりあえずケンカになるようなことにならなくてホッとした。まずは受け入れられているようだ。
ニコニコ顔のシラヒメに捕まったベウンは、彼女の蜘蛛の背中に乗せられている。
アナイスさん宅を出た俺たちはイビスへ向かう。
一応、道具屋のおばあさんに挨拶を入れねばならんだろう。ヘーロンのセルテルさんにもな。
ベアー+ブラウンでベウンと。
このクマについては姉たちが……(遠い目)
次回は掲示板です。
 




