114 子守りの話
ダンジョンから出てくると、プレイヤーの列が激減していた。
俺たちが入るときには7~80人はいたと思うが、今は10人弱しかいない。ダンジョンに入ったにしても、極端に減りすぎだろう。
残っていた人たちに話を聞こうとしたが、俺と目があった端から視線を反らされた。
自分のことながら怖がられまくりである。ところ構わずケンカを売って歩いてる訳じゃないのになあ。
「なあ」
「ひぃっ!?」
「な、なんですかかっ!?」
声をかけただけで引かれると傷付くわな。どもっても返事してくれるだけマシなんだろうけど。
「なんか人が激減してないか?」
「あっそっそれなら、ベアーガでっ、大規模な襲撃が、あったから、じゃないで、しょうか……」
「襲撃ぃ?」
「あっごめんなさい許してくださいっ!?」
「ひぃぇっ!」
1人がおよび腰になると全員がザッと引いた。ちょっと低い声を出したらこれだよ。
俺がいったい何をしたというのか。
「にしてもこっからベアーガまで遠いだろ。間に合うのか?」
「あ、ビギナーさん知らないんですか。復活地点に登録してあれば街から街へ飛べるようになったんですよ。お金かかりますけど」
「ああ、そうなんだ。ありがとう」
「あっハイ」
お礼を言ったら鳩が豆鉄砲くらったような顔をするのは何なんだ。
しかし襲撃か。
この前みたいなカマキリが出てくんのかね。
たぶん、俺1人いなくても平気だろう。他にも強いやつはいっぱいいるしな。
今日はここでなんか探すか。
商業ギルドの競売って頼んだ所じゃないと受け取れないからなあ。またヘーロンから戻るのは面倒だから、しばらくはイビスにいようと思う。
イビスの大通りにある噴水の周囲にベンチがあるので、ペットたちに餌をやる。肉串だけどな。
アレキサンダーたちにはそこで待ってもらい、少し離れたプレイヤーの露店まで行って、武器防具を修理に出す。防具以外はたいして補修も必要ないということだ。
ただ納得いかないのは、アレキサンダーたちを引き連れていないからってだけで、ひと目でビギナーだと判断されなかった。それで怯えられないとか傷付くわあ。
アイテムの貸し出し画面開いても何も言われなかったからなあ。名前はまったく知られてなくて、二つ名だけ有名になってる。
おのれっ……。
修理を手早く済ませて、噴水まで戻ってくると子供数人がアレキサンダーを撫でている。
ツイナが怒らないのかと思ったら、見知った子供たちであった。
「なんだアラン。今度はこっちでイタズラ探しか?」
忍びよって後ろから頭をわっしっと掴んでやると、全員が飛び上がって驚く。
「兄ちゃん!?」
そこにいたのは4人。
アランとおとなしそうな男子はフリオ。あとは女子2名のメーアとリプルである。メーアが気が強そうな感じで、リプルがその後ろに隠れてる系。
そしてなんだか物欲しそうな目を向けてくるリプルとフリオ。
アレキサンダーたちは困っているようだ。意思疎通が可能なシラヒメに目を向けるとコクリと頷いた。
「オトウサマカラモラッタ、オニクヲタベテイタラ、キマシタ」
「ちょっ!? なんで言うんだよー!」
ワタワタと手を振りながらアランが抗議している。なんだ、買い食いするほどこづかいがないから、ヨダレ垂らしてみていたとかじゃないよな?
インベントリから4本の肉串を出してやると、リプルとフリオの目が輝いた。だがアランは気丈な顔をして耐えている感じで、メーアはそっぽ向いて食べ物も視界にいれたくないようだ。
「ほら、とりあえず食え。話はそれからな」
促すように口元に持っていってやれば「「あ、ありがとう」」「お礼は言っておくわ」「兄ちゃんありがとう!」と受け取ってくれた。
ひと口かじって目を丸くさせれば、猛然と脇目もふらずに食べ始める。
ふはは、ミノタウロスから出た肉は美味かろう!
リアルでいうA5ランクぐらいはあるんじゃないか。そのての肉をそんなに評価できるほど食ったわけではないがな。
「旨かったか?」
「「はい!」」「うん!」「美味しかったですわ」
うんうん、素直でよろしい。
「で、なんのいたずらをするんだ?」
「しないよっ!?」
「「しません!」」
「兄ちゃんおれたちをなんだと思ってるんだよ!」
「えー。いつも危険だと怒られているような場所でしか見かけない問題児。か?」
「くうぅぅ……」
自覚はあったのかアランは悔しそうに俯き、他の3人は視線を反らしてしまう。
「と、とりあえず兄ちゃん強いんだろ! 俺に戦いかたを教えてくれよ!」
「戦いかた?」
目をキラキラさせたアランが力強く俺に問いかけてきた。
「まず体を鍛えてからだな」
「兄ちゃんみたいにバーンって強くなる方法はねーのかよ!」
「あるか! なんにしても基礎体力から鍛えないとなんにもならんわ!」
「ちぇーっ」
口を尖らせたアランは、つまらなそうにそっぽを向く。
鍛えられるだけマシだと思うんだがなあ。俺なんかいきなりナイフ1本渡されて、原生林の中へ放り込まれたんだぞ。
……そーいやーあの時って何も知らなかったはずなのに、食べられる草とか見分けてたよな?
自分のことながら、昔のことは細かい部分はあんまり覚えてないからなあ。
ぼんやりと昔のことを考えていたら、アランたちに呼ばれているのに気がついた。
次にアランが要求してきたのはアレキサンダーと戦わせろというものだ。いや、ダメだろ。
お前たちと一緒だった頃も強かったが、今はそれを上回っているぞ。
アレキサンダーも困っていたところへグリースが前へ出てきて「ぴいぴい」鳴き始めた。
どうやら自分が戦うと言いたいらしい。
「いや、お前だともっとダメだろ!」
「ぴいっ!」
「え、毒も尻尾も使わない? それなら大丈夫か。でもあんまり怪我なんかさせんなよ」
「ぴぴーっ!」
短い翼をパタパタ振って喜ぶグリースにアレキサンダーがその場を譲る。
目を三角にして「ぴーっ!」と威嚇する灰色ヒヨコに、アランはたじろいだ。尻尾の蛇は大人しく、グリースのおしりの上でとぐろを巻くだけに留まっている。
「このヒヨコが俺と戦うのか?」
「本人はそう言ってるぞ」
「……咬まれたりしない?」
「尻尾の蛇を使わなくとも「お前に勝てる」そうだ」
「なにおーっ!」
一言で頭に血がのぼったアランは、その辺で拾ってきた棒を振りかぶってグリースへ打ちかかった。
その攻撃をひょいと横にかわしたグリースは、勢い余ってたたらを踏んだアランの横っぱらに頭突きを打ち込む。
アランより小さくともパワーの差か。子供の体を地面と平行に2mほど吹っ飛ばした。
木の葉のようにぐるんぐるんとアランは回転し、飛ばされた先で空中にべったりと張り付く。
なんのことはない。
シラヒメがあらかじめ、受け止めるクッション代わりに巣を張っていただけである。
哀れひっくり返って珍妙な姿勢のまま巣に張り付いたアランは、友人たちに爆笑され半べそをかくのであった。
大人げないヒヨコという矛盾




