109 不在中の話
「それで2日間もいなかったのかよ」
「軍の資格は本部へ行かないと更新できないからな。そこで捕獲されるのは確定している。前みたいに街中で拉致されるよりは数倍マシだ」
「あー、あんときはびっくりしたっすねー。いきなり黒いバンが止まったと思ったら、中からワラワラと出てきた屈強な黒服のお兄さんたちに、ナナシにいちゃんがガバーッと麻袋を被せられて、誘拐されちゃったっすから……」
治安維持の部隊が起こした拉致劇なのに、そこの主犯部隊に通報がいくというわけわからん事態だったからな。
しかも動いた部隊も指揮官も、そのあたりの事情を本部に届けなかったもんだから、龍樹姉以下数名が営倉1日とかになったんだよ。
そして拉致された俺は、部隊の入ってる基地内で2日も放置されたという。
理解に苦しむ事件だったね。
まわりで話を聞いているアサギリたちは「うわぁ」と呟きつつ、青い顔をして聞いている。
軍だと情報管理が徹底してるから、さわり程度だと個人特定には到らない。
その上あちこちに目をひからせているから、どこかでうかつなことを呟いた者はすぐ特定されてマークされる。
アサギリたちにもこの話については外部にもらさないようにと、一応お願いしておいた。
細かい事情まで知っているハイローとカーボは、その時を思い出しながら苦笑いだ。
あの時は一緒にいたからなあ。
「まあリアル事情はそんなもんだ。カーボは望むスキル取れたか?」
「何個かはとれたっす。走ってるだけで色々と候補でるけど、SP足らないっすね」
「誰もが通る道だろ!」
違いないと皆がげらげらと笑う。
純義はカーボという名前のエルフにしたようだ。職業は盗賊。
キャラクター名は純義→炭→カーボン→カーボとなったらしい。
精霊魔法を使って、地精霊で地面を均しながら風精霊で追い風を吹かせて走っているとのこと。
「自由の神の興味ももらったんすよ」
「ああ。でもあれ隠れたモノをみつけるとかだから、走るのに関係あるのか?」
「何言ってんすか。自由の神様の効果は風に関係することだけっすよ」
「……あれ?」
俺は首をひねる。「自由」って部分だけで、幾つかの効果をもつ意味もあるのかねえ。
ともかくカーボはハイローと同じく、クラン・インフィニティハートに入ったらしい。戦闘そっちのけで走ってばっかりいるそうだ。
まあ、それも人それぞれの楽しみかたでいいんだろうな。
「登攀を覚えたら壁とか走れるんじゃないか?」
「さすがナナシにいちゃんっす。そのアイデアいただくっす!」
「俺の弟を悪の道に誘うのはやめろよな」
「ただ提案しただけじゃないか。悪の道ってなんだよ」
「第2陣の受け入れそうそう、1PTを壊滅させただろーが。そいつらはゲームをやめてないようだが、ペット連れた奴を異常に怖がってるみたいだぞ」
「PVPしかけてきたの向こうなんだが。なんで俺が悪いみたいになってんだよ?」
辞めてない根性は評価してもいいんじゃねえの。
もう1度会ったら、あっちがきっと逃げちゃうだろうけど。
「この2日間でなんかあったか?」
「嵐絶はピラミッドを攻略中らしいが、攻略組はベアーガの西のホースロドって街だな」
「インフィニティハートも攻略組じゃないのか?」
「新規参入のレベル上げもあって、今は中断してる」
これはアサギリから返ってきた。
なんでもホースロドの街に隣接する「魔の森」というところで難航しているらしい。
薬草に襲われたり、リンゴにかじられたりしているとのことだ。
うん。意味がわからねえ。
「その森より先に街があるって話なのか?」
「は?」
「あ」
「おおいっ!?」
「やっべえ、そのへんの話は聞いてなかったわ」
「確認してねーのかよ! 街の人に話を聞くのが早いだろーが」
「なんせ掲示板で「魔の森」って名前だけ聞いて、プレイヤーが殺到しただけだからな」
「難攻不落ポイントだっていって狂喜乱舞してた奴もいたし……」
アサギリたちが顔をつきあわせてぼそぼそと話し合い、俺の視線に気付いて苦笑する。
「わりーわりー。次にあっち行ったら聞いとくわ」
「情報収集が手抜きだと、掲示板見た奴全員が苦労するだろーよ」
「ビギナーさんがあっちいって聞くのはダメなのかよ?」
言われてばっかりが嫌なのか、インフィニティハートのメンバーの1人が質問で返してきた。
アサギリやハイローたちは名前を呼ぶけど、その他のプレイヤーが「開祖様」と「ビギナーさん」で固定されてるのはなんだかなあ……。
「攻略組とか平均レベル30の奴らが返り討ちにあう森で、レベル20の俺がいけると思うか?」
「「「……」」」
「ナナシなら問題なくいけんじゃね?」
「はあっ!?」
「そこはほら、ビギナーさんクオリティーで」
「いかん。逆にビギナーさんが敗北する姿が想像できねえ」
「ナナシにいちゃんが負ける相手が想像できないっす」
「ノーコメントで頼む」
「なにその反応っ!?」
すっげー理不尽な返答。超傷付くわあ。
確かに行ってみないと本当のところは分からないが、アレキサンダーたちの安全が最優先だ。
「ちょっと確認したいことがあるから、俺たちはイビスのダンジョンに行く予定だ。北の方はまた今度な」
「なんだよ確認したいことって?」
「色々な。特に重要なことじゃない。サシでミノタウロスとやってみるだけだ」
「「「「マジか……」」」」
追求されると面倒なんで、さっきの返答に相応しい言い訳にミノタウロスを使った。
皆の目が死んでるけど、なんとか誤魔化せたようだな。よかったよかった。
「おお、それならカーボ連れてってくれや」
「兄貴!?」
ハイローにずい、と差し出されたカーボが驚く。
「確かにナナシなら1人足せばPTいっぱいだし、戦力でいうなら安心だな。うちの若手を頼んだぜ!」
「クランリーダーの決断早っ!?」
あれよあれよという間にカーボの身柄がこっちに渡された。
一応俺の後ろでかたまっていたペットたちに紹介しておこう。
「アレキサンダー、シラヒメ、グリース、ツイナ。こいつはカーボな。ちょっとの間一緒になるからなー」
ぽよよん
「ハイ、オトウサマ」
「ぴっ!」
「がう」「メエ~」
カーボは「おー、これが噂のビギナーさんファミリーっすか。よろしくっす」とアレキサンダーを撫でようと手を伸ばし、ツイナにガブッと噛みつかれていた。
「ぎゃーっ!?」
「そういやー、これだけ揃ってから誰も撫でたりしたことのある奴はいないな」
アナイスさんは住人だから、カウントには入らないな。
「冷静に分析してる場合か!」
「うちの長男をいきなり撫でようとするからだろう。たぶん」
そこからツイナを引き剥がすのにすったもんだとあったんだが、面倒なので割愛する。
どうも、ライオン系(に該当するかは分からんが)のツイナは、群れの順位を重視するようだな。
俺の許しなしでアレキサンダーに手を出したから怒ったみたいだ。
次は気を付けるように言おう。
あとカーボはグリースの方を見ないようにしていた。あーうん。尻尾が蛇だからな。グリースにはカーボにあまり近付かないようにいっておこう。
ペットたちについてはゆるゆる設定です。




