108 拉致される話
リアル回です。
ログアウトしてVRヘルメットを外したら、視界の端を赤い玉が転がっていった気がした。
部屋中を見渡してみるが、アレキサンダーのような気配はない。
「……ゲームのしすぎか?」
顔を洗って気分を一新させてから下へ。
まだ昼間なので誰も帰ってないと思いきや、リビングでのんびりとくつろいでいるプチ姉がいた。
「大気、ゲームはもういいの?」
「なんかここにはない物が見えたんで、ちょっと離れようかな、と」
「大丈夫なの?」
「錯覚かなんかだと思うんで、気分転換に体動かしてくる」
眉をひそめたプチ姉が近寄ってくるなり俺の手をとる。
それを自分の頬にくっつけた。
「は!?」
「何々、嫌だった?」
「子供の頃ならともかく、今はそんなのしなくても大丈夫だ!」
今のは絶対姉が弟にするようなスキンシップじゃねえだろ。
慌てて振り払って距離をとると、からかって面白いみたいなプチ姉の目があった。
俺は脱力して座り込む。
「勘弁してくれよ……」
「うふふ、ちょっとした確認がしたかっただけよ。弄りがいがあるとは思ってないわ」
「目が口ほどにものを言ってる」
「あ、あら、残念」
オホホホと作り笑いをしながら俺から離れ、ソファーに座り直したプチ姉は片手でなにかを投げてきた。
慌ててキャッチしてみると、支払い専用のカードだった。
「これは?」
「お昼代。翠はさっき起きてきて、自分の分だけ軽食作ってたから、渡しそびれたのよねえ」
外行くならついでにってことか。
プチ姉に礼を言って外へ出ると、後をポイがとことこ着いてきた。
リビングから「よろしく~」と聞こえてきたので、プチ姉が命令したんだろう。
エレベーターで1階へ行き、積層住宅を出る。今回は誰にも出会わなかったので、全力で体を動かせるな。
軽くストレッチをしてからポイに声をかけて走り出す。
まずは駅前で食事にしてからだな。
朱鷺城駅は東西2Km、南北3Kmもある巨大駅だ。
世界にはこれを越える超巨大駅が幾つもあるというのだから、よくわからない。
駅舎とホームはその敷地の3分の1くらいだ。残りの3分の1は軌道エレベーターだったり、空中滑走路だったりする大規模中継地である。
後のスペースはショッピングモールに占められている。そちらも全部の店を回ろうとすれば2日かかるという大きさだ。
レストランの類いは内部にも外の通りにも充実しているが、休日の人の出だと足りなくなるようなことは聞いたような気はする。
1人か2人で飯屋に行く場合の店は大抵決まっている。
すこし細い道に入った先にあるカウンター席が8席しかない個人でやってる小さな所だ。
メニューは無くて「定食、野菜つき」と頼めば、焼き魚とご飯とみそ汁と海鮮サラダが間をおかずに出てくる。
定食だけでも数種類、日替わりで出てくる上に、毎回味が違うので飽きることはない。
ポイは俺の横であいた席の下でお座りして待機状態だ。このサイズの守護者は珍しいからか、通りすぎる人たちがちらちら見ていく。
レンタルに行くと、ドラゴン形というドデカイのもあるからな。
レンタル料が高すぎてとてもじゃないが借りれない。店先で眺められる彫像と考える分にはいいんじゃないかと思う。
食事を終えたら海岸の方まで徒歩で移動する。そこでストレッチをしてから砂浜を端から端まで全力疾走10本。
してから違和感に気づいた。
「最近怠慢だったわりには無駄なく動けている?」
疑問を感じながらもクールダウンしてから、海岸通りに黒いトレーラーが停まっているのに気がついた。
ものすごく見覚えのあるモデルですな……。
運転席からブレザータイプの青い指揮官服を着た女性と、迷彩服を着た男性が降りてきた。
前髪の一部だけを赤く染めて、意気揚々と歩いてくる女性の方は知っている顔だ。
その女性だけ、数m離れたところから挙動なしでこっちへ飛び付いてきた。
「弟よーっ!」
当然嫌な予感がしたんで直前で避けたがな。毎回捕まるわけにもいかねえ。
馬鹿力に任せたハグは骨が折れるような圧力で、いつも死にそうな目にあっているからだ。
砂浜にダイブしたその女性、姉なんだが、は恨めしそうな目で俺を見上げている。
「なんで避けるんだよぅ?」
「万力ベアハッグは遠慮したいんだ」
砂をはたきながら立ち上がった姉は、含みを持たせた笑顔で俺に向き直る。
「改めて久しぶりだね、大気」
「そっちこそ変わりなさそうでなによりだ、龍樹姉」
実年齢がよくわからんが龍樹姉は牙兄貴の上だ。うちでは長女になるんだろうな。
職業は統制機構第4区方面軍治安維持部隊の、大隊長だか中隊長だかだったはず。
家に帰ってくるのは半年か1年に1度とかなので、翠だと顔を会わせたのは15回かそこらだろう。
第4区は朱鷺城を中心とした周囲14都市ぐらいのことだ。統制機構の本部が範囲内にあるんで、権限は階級の1つか2つ上だと思う。
悪くいうなら身内贔屓。実力でいうならばS級か。
素手で戦車をぶっ壊せる戦略級1人師団という称号を持っている。
俺の近接戦闘の師でもあるんだが、教え方が甘々なので半分くらいは我流でしかない。
「……ご用件は?」
「ええ、従軍資格を持っている将来有望な若者が、資格更新に来ないもので母さんに問い合わせたらゲームにのめり込んでるっていうじゃないか。ここはひとつ任意同行で資格更新をやってもらうついでに、局地戦鬼ごっこのカリキュラムを受けて鈍った勘を取り戻してもらおうという提案なんだ」
「それは後ろの車両を見る限り提案という名の強制なのでは?」
「選択肢は目の前に出ているだろう。1番は提案にのる。2番はぐるぐる巻きにされて拉致される」
「……提案にのらせていただきます」
更新を忘れていたこっちにも非はあるが、やると言ったら絶対やるからな。人目のないここでやったほうが、まだ変な騒ぎを起こさずにすむ。
背後に控える副官のお兄さんは直立不動をしながら、俺をみる顔と口許が笑いをこらえてるのが丸分かりだ。
俺は足元で待っていたポイに「仕事に行ってくる」という伝言を持たせて、家に帰還させた。
やれやれ。学業は軍の施設からできるが、ゲームは無理そうだな。
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