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出合い

 人は、生まれながらにして、ひとりひとつの毒薬を持って生まれてくる。これでいつでも死ねるという安心感。しかも、身体から発見されないという夢のような薬。一番、嫌いな相手をいつでも殺せるもいう安堵感。でも、また新たに嫌いな相手が現れたら?そいつの薬を奪って自殺に見せかける?例えば、()()()()()()()()()使()()()()だったら?

 社会に世界に絶望した時にこの薬を使えば楽にいなくなることができる。世間ではこの薬を使うことの反対派の連中も少なくない。ならば、なぜこの薬を持って生まれてくるのだろうか―――。

 そして、反対派の連中に問いたい。お前は、この世界が嫌になったことはないのかと。努力しても報われない。要領のいい奴だけが笑って暮らせる世の中。嫌なことも良いことも等しいくらい降ってくるのに、悪いことが起きたときにだけ自分だけがこの世で一番不幸だと錯覚してしまう。

 この薬があるにもかかわらず薬を飲む以外の方法で死を選ぶ者だっている。

 では、死を選ぼうとする者で実行する者とそうでない者。その違いはなんだろうか。誰だって本当は、死にたくないはずだ。不治の病に侵された人だって、人生の中で返せないくらいの負債を抱えた人も。それでも、急に沸き上がってくる感情。それはきっと、伸ばされた輪ゴムのように張り詰められていて時間が経ち、自分では気が付かないうちに段々と劣化していき、ふとしたときにプツリと切れてしまうのではないかと思う。

 だから、この薬を使うことに否定できない。

 この手の中の毒薬を握りしめ、絶望と希望の紙一重に包まれた世界で、今日も生きていく。

 そんなとき、ひとりの少女に出会った。


 取引先に行った帰りにコンビニの入口で菓子パンを両手に持ちひと口ずつ噛みしめるように食べている少女がいた。子どもの頃、夕食が待ちきれずに自分も買い食いをしたものだと男は思った。

 また、翌週そのコンビニの前で菓子パンを食べている少女がいた。その次の週も、また次の週も……。普段ならば日常の一部なんだろうと思い興味を持つこともないだろうが、その少女が毎回、同じような服装であることを数回見かけたときに気が付いた。今どきの少女の服装事情は詳しくはわからないが、近頃の女の子は、子どもでもおしゃれに気を使うと聞く。そんな年頃の少女が身体に不釣り合いに大きめのパーカー、ひざ丈くらいのスカート。履き古したスニーカー。どれを見ても違和感だらけだった。そんな少女がいつもひとりで菓子パンを食べている。

 この少女は、こんなになってもまだ世界に絶望していないのだろうか。それとも、男の思い過ごしなのだろうか。男は、コンビニに入り缶コーヒーを買って出ると少女の横で缶コーヒーを飲んだ。

「いつもここでメシを食っているのか?」

急に思いもよらない問いかけが降ってきた少女は、辺りを見たがそれはどうやら自分へ投げ掛けられたものだと気が付き、はいとだけ短く答えた。

 男よりもひとまわりも違うその少女は、なにも言葉を発することもなくただ黙々と菓子パンを食べていた。変質者だと思われたかと男は思ったが、特に否定することなく缶コーヒーをちびちびと飲んだ。この缶コーヒーが飲み終わるのが先か少女の菓子パンが無くなるのが先か。そんなことを考えていた。小さい缶コーヒーをゆっくり飲むのも限界があり、あと、ひと口となったときにちょうど、少女も食べ終えたようでゴミを捨てると男に軽く頭を下げ去っていった。一度も振り返らない少女を男は黙って見ていた。すっかり冷めきった缶コーヒーを飲み干しゴミ箱に投げ入れ少女とは逆方向に男は歩いて行った。


 それからたびたび会う少女は、季節にかかわらずいつも同じような格好で服から時折。のぞく細く伸びる手足はアザやすり傷があり、典型的なネグレクトを受けているようだった。

「その傷、どうしたんだ?」

男に指摘され見えてしまったアザをとっさに少女は隠した。

「転んでしまって……」

苦しいいいわけのように思えたが、そういわないわけにはいかなかった。本当のことを言ってしまえば、今よりももっと壊れてしまう。それが少女は何よりも怖かった。

「学校でいじめられているのか?」

少女は首を降った。

「親に虐待されているのか?」

少女は首を降ることができなかった。きっと、この人は、自分がされていることを知っている。しっていて聞いている。初めて声を掛けたときから気がついていたのだろう。少女はそう思った。少女は小さく頷いた。

「親から逃げないのか?」

「逃げ場所なんてあったと思いますか?」

「……」

「私がお父さんのことを悪く言えば、大人の人はみんな私を悪い子だと責める。育ててもらっているんだから感謝しろとかこれは躾なんだからという。そう言われてしまった私は、どうすればいいんですか?どうすればよかったんですか?」

この少女は、諦めている。社会に。大人に。そして何より、父親のことを。期待することを諦めている。かつてこの男もそうだったように。

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