プロローグ
すっかり寝静まった住宅街の裏道を人目を避けるように走っている者たちがいた。
ひとりは、黒のパーカーのフードを目深かに被り顔はうかがえない。もうひとりは、幼さの残る少女。
男は、少し後ろを走る少女に指示されている。少女も帽子を被り目元は見えない。どうやらこの住宅街は、先をいく男より少女の方が詳しいようだ。その男は、身長もあるせいか少女より1歩が大きいのだが、後ろを走る少女と間隔が開いてしまわぬように心なしかゆっくりめに走っていたのだが幼く体力の無さそうな少女は辛そうだ。休むように声をかけるべきか迷っていると少女が口を開いた。
「そこの角を曲がると公園があります。そこで少し休みましょう」
「ああ」
息をきらしながらそう言った少女の言う通りに角を曲がると月と電灯に照らされた公園があった。その公園は、日中なら子連れの親子や児童で賑わっているだろうが今は、丑三つ時を過ぎた頃。当然、誰ひとりいなかった。男は周りを警戒し公園の中に入っていった。
男は、少女を人目のつかなそうなドーム形の遊具の中に入って待っているように言うとどこかに行ってしまった。ドーム形の遊具の中に入りここなら安全だろうと被っていた帽子を脱ぐ。少女は、切れた息を整え汗ばんで額についた前髪を整えた。
息を整えた頃、男が戻ってきた。手にはお茶のペットボトルと缶コーヒーを持っている。少女に無言でお茶の入ったペットボトルを渡すと少女の隣に座って器用に片手で缶コーヒーを開けて飲んだ。
「ありがとうございます」
「ん」
走ってカラカラに渇いていた喉が潤されていく。
「……これからどうするんですか?」
「これからって、この後のことか?それとも将来のことか?」
お茶の成分表示を読んでいるかのように見つめながら少女は、男に聞いた。それを男は、プルタブを弾いてこう続ける。
「このまま俺と逃げるか、おとなしく捕まるかお前はどうしたい?」
人は、生まれながらにして、ひとりひとつの毒薬を持って生まれてくる。これでいつでも死ねるという安心感。しかも、身体から発見されないという夢のような薬。一番嫌いな相手をいつでも殺せるという安堵感。でも、また新たに嫌いな相手が現れたら?そいつの薬を奪って自殺に見せかける?たとえば、そいつが他人に薬を使った後だったら?
「もう一度聞く、お前はどうしたい?」
「私は―――」
これは血に塗られた恋の話。