第124話(欺)
「やっぱりジジイか」
「ジジイですまんのう」
ひょっこり現れたのは、僕より頭一つ低い、お爺さん。
声からして、お爺さんっていうのは予想ついたけど、逃げるんじゃなくて、姿を見せるのは予想つかなかったり。
どこにでもいそうな格好した笑顔なお爺さんを前に、山賊なオッチャンたちが、あからさまに失望した顔を浮かべていく。
「こりゃまた…兄ちゃんよりマシだが貧相な身なりだな、オイ」
「チッ! おいジジイ今俺ら忙しいんだよ! とっとと散歩切り上げて、とっとと帰れ!」
「なんと。酷い扱いじゃ、顔を出した途端これとは…やはり若い者は気が短いのう」
でもって、僕よりはマシだけど貧相…って、僕もお爺さんも、そこまで貧相な身なりじゃないじゃん!
しかも、僕の方が貧相だとか容赦無い評価して……あでも、貧相、なのかな……僕、ほぼ無一文だし、服装とか見た目とか気にしたことないし…
「そっか……僕、貧相なんだ…そうだったんだ…」
「んだとこのクソジジイ!」
「先程から聞いておれば、お主ら楽しそうな遊びをしとるようじゃな。どうじゃ、儂も仲間に入れてはくれんかのう」
「…はあ?」
「なあこのジジイ、頭大丈夫か?」
「駄目だろ。なあ爺さん、俺らが楽しそうに見えてもな、そういうことはな、金持ってきてから言ってくれや」
「金! 金とな! なるほど、確かに貧相な身なりなお主らは、金がいくらあっても足りんじゃろうて!」
「ああ?」
三人の、それも武器を持ったオッチャンを前に、快活に笑うお爺さんは余裕の態度。どちらかといえば、挑発してるように見えたり見えなかったり。
存在しない顎髭を撫でるように手を動かして、緑がかった白髪がふさふさな頭を軽く叩く。
普段ならなんとも思わない仕草だけど、絶讃山賊に襲われ中なこの状況だと、どうみても挑発してるよね、これ。
「え、えええとお爺さん、その、このオッチャンたちどう見ても山賊だから…」
「ほう! 山賊! これが山賊か! ほっほう!」
「逃げた……ほうが……その…」
心は全力で逃げることを叫んでる僕とは対照的に、お爺さんは珍しい動物でも前にしたかのように驚いてみせたり。
余裕綽々な、そんな態度を前にして怒らないわけがないオッチャンたちは、当然武器を振り上げて怒鳴る。
「だあクソ! 一々癇に障るジジイめ! もういい! この男共々地面に埋もれちまえっ!」
「へ?」
「行くぞ!」
「おうよ!」
「ちょ、ちょっと待った! さっき僕売り払うって言ってたじゃんか!」
酷い、酷いよ! 僕まで殺す気満々にならないでよ!
お爺さんの挑発に、僕完全に巻き込まれてるけど、山賊なオッチャンたちはもう話聞く気はない様子で、すんごい形相で地面を蹴り上げて突撃してくる。
「し、仕方ない! お爺さん、こうなったら、僕がオッチャンたちの武器を一子相伝の技でどうにかするからお爺さんは…は?」
僕は無手だからとかそういう以前の問題で、ただの小市民が山賊に勝てるわけがない。
ということで、ここはオッチャンたちが持ってる武器を破壊して、その隙にお爺さんと一緒に逃げるしか…だなんて覚悟決めて見れば。
「うむうむ、若い者が、やる気になったようで何より」
「ええ、と、お爺さん?」
お爺さんは、のんびりとした動作で、腰に下げた剣を鞘から引き抜いてたところで。
いやはや……その、随分と、様になってる…どころか、手馴れた様子に見えるんだけども?
「どれ、儂もちっとは身体を動かすとするかのう」
「でも三対一じゃ…」
「お主、少し下がっておれ」
「おわわっ?」
剣を片手で構えて、のんびりとした雰囲気はそのままに、僕を押しやるお爺さん。予想以上に逞しい腕に押されて、よろめくように後方へどけられる僕。
慌てて体勢を持ち直すと、既に山賊の皆様方が雄たけびをあげて、お爺さんへと襲い掛かるところで…って!
「死ねやジジイ!」
「あの世で後悔しな!」
「お爺さん危な…!」
「うおっほっほっほ! なるほど、自称山賊というだけあって、威勢は大層よろしい」
「その口がいつまで続くか…!」
「じゃがな、武器を抜いたということは…」
「う、うひいっ?」
突然、お爺さんが纏ってた気配が、のんびりしたモノから、剣呑なモノに切り替わる…最初からこんな空気纏ってたら僕絶対に近づかない、と断言できるぐらいな。
もうこうなったら最終手段お爺さん抱えて逃げよう! と、構えてた足が、殺気のような気配を受けて、動かなくなる。
「死ぬ覚悟があるということじゃな?」
「テメエもな、ジジイ!」
動けない僕の前で、お爺さんは慌てることなく、襲い掛かってきた斧、もといオッチャンの懐に飛び込んで、その柄ごと、掴んでた腕ごと切断。
「んなっ? お、おれ、俺の腕! 腕、がっ?」
「腕がもげた程度で、そう慌てるでない」
一瞬で両腕を失って驚く山賊へ不敵な笑みを見せて、おじいさんは懐に入ったまま、その喉元を正確に突いてのける。そのまま右へと剣を切り払って、後方へと跳躍する。
「こンの…」
「おっと、ほっと」
続く山賊の、左、右、と連続して振られた大きめの草刈鎌を、足場の悪さなんて感じさせない動きで避けると、更に後方へ跳躍して完全に距離をとって。
一転して身を屈めて地面を蹴り上げると、武器を振り切った状態の山賊へ肉薄して、その身を袈裟切りにしてみせる。
「う、お、あ、あああ……」
「ほれ、最後はお主…」
「うわあああああああっ? な、なんだこのジジイっ? ば、化けモンだあああ…っ!」
最後残された山賊は、地面に崩れ落ちて動かなくなった仲間を前に、顔を恐怖に染め、あっさり武器を捨てて逃げていく。
全力で背中を見せて逃げていく山賊。お爺さんはどうするんだろ、と目を向ければ。
「よっこらせ、と」
剣は片手に持ったまま、地面に落ちてた切断された腕、ソレが持っていた、刃先がボロボロになった斧を拾い上げて。
「どっこらせい」
野菜引っこ抜いてるような掛け声と一緒に、片手で投擲。
とても力入れたようには見えなかったけど、おっそろしい速度で回転する斧は、不規則に立ち並ぶ樹木を華麗に避けて避けて、吸い込まれるように山賊の頭に突き刺さって、その動きを止める。山賊の動きも止まる。
………って暢気に眺めてたけど、お爺さん…一体何者……?
「詰まらんわ、山賊というならば、もう少し根性を見せい」
「は、はあ…」
「儂の故郷で山賊と言えば、そりゃもう最後の最後まで必死に抵抗しおって、掃討するのに骨が折れるものじゃが」
剣の血糊を払ったお爺さんは、本当に詰まらなかったみたいで、軽く腰を叩いてみせる。
そのまま唖然としてた僕を見て、一瞬前までの姿が無かったかのように、相好を崩す。
「若い者、怪我はないかの?」
「え、あ、お爺さんのお陰で怪我ないけど…助けてくれて、有難うございます」
「なあに、礼を言われるほどのことはしとらんわ。まあ、お互い怪我がなくてなによりなにより」
「でも、僕助けてもらったし、大したことできないけど、何かお礼ぐ、ら……え、ええ? あええええっ?」
軽い仕事を終えた体のお爺さん、懐から何気なく取り出したのは、黄色の透明度が高い板。
「うん? どうした?」
「そ、それ! お爺さん! その手に持ってるの!」
どこに隠し持ってたのか分からないけど、僕の腕ほどある長のソレに、眼が釘付けになる。ならないわけがない。
「ああ、これか?」
「うんそれ! それさ、もしかして…」
「ほう、お主分かるのか。こりゃ精霊石じゃよ」
「な、なんとっ?」
やっぱり! 思わず全身震えるぐらい興奮する僕を前に、お爺さんは嬉しそうに板を撫でる。
「馬鹿で阿呆な息子への手土産じゃ。これを武器にでも加工すれば、いくら馬鹿で阿呆でも、ちっとは戦えるようになるかと思うてな」
「か、雷の精霊石じゃないですか! 一体どこで! どこで手に入れたんですかっ!」
「どこで、とな。ふむ、先日、釣りをしていてのう…」
「釣りっ? 釣りだって? この辺ってまさか、精霊石が釣れるのっ? 聞いたことないんだけど、それ本当っ?」
どこでっ? エサは何っ? 雷の精霊石以外にも、釣れたりするのっ?
ちょっと待ってよ! こんな所に、そんな穴場があるだなんて誰も言ってなかったじゃん!
いやったあああっ! と食いつく僕に、目を丸くするお爺さん。軽く瞬きを繰り返すと、軽く咳払いをする。
「まあ若い者、まずは落ち着ける場所まで行こうか」
「大丈夫! 僕落ち着いてるから! お爺さん、今からその釣り場に案内して下さい! 釣りなら、ちょっとだけ心得あるから! 精霊石なんて釣ったことないけど、きっと大丈夫!」
「うおっほっほ、慌てなさんな若い者。さすがに精霊石は釣れんよ」
「なんですとっ?」
……え、そうなの? だってお爺さん、釣りでって…
「正確にはのう、釣ったモノから礼として貰ったものじゃよ」
「お礼か! お爺さん! 一体どこで何を釣ったんですか! 良ければ僕に教えて下さい!」
「お主、やたらとこいつに執着するのう」
お爺さんの呆れ顔を見て、ようやく平静に……平静に戻れ僕。そうだ、平静に戻らないと。深呼吸、深呼吸、深呼吸…
「ええと、実は僕、流れの鍛冶で。それで、精霊石があるとつい興奮して、欲しくて」
落ち着け、落ちつけ僕。このまま手がかりを逃しちゃ駄目だ、だから落ち着かないと。
でも…お爺さんが持っている精霊石、とっても純度が高いんだよなあ。欲しい、欲しいなあ…
一体何を釣り上げたんだろ? 釣りっていうぐらいだから、魚、なんだろうけど。
こんな純度が高い精霊石を隠し持ってる魚なんて、聞いたことがないぞ…ううむ。
「鍛冶とな。なるほどそれは…よし、若い者、この先に村がある、そこで説明しようかの」
「うん! お願いします!」
僕が鍛冶と知って、なんでか嬉しそうなお爺さん。
指差した先は木が広がってるだけだけど、多分そっちに村があるんだろう。
「良い返事じゃ。さあて、行くかの」
「はいっ!」
お爺さんが先導することに何の疑問もなく、僕は次の目的地でもあった小さな村へ向かうことになったとさ。
超が付くほどの不定期更新と成り果てたにも関わらず、ここまで目を通していただき有難うございます。
正直、前作までとは比較できないほどの投稿速度と、圧倒的描写力不足に対して、未だ忍耐と折れない心を持って付いてきていただいている方がいるとは思わず、正直驚いています。
流石にこの投稿速度をもって、これからも宜しくお願いします…とは言えませんが、気が向いた時にでも飛ばし飛ばし目を通していただけば幸いです。