●第123話(欺)
とある森の中。町と村を繋ぐ道は薄っすら見えるけど、人気はあんまり…ほとんどなかったり。
そもそも、僕が今目指してる村には目立った特産品もないみたいで、当然、立ち寄る人なんて、いるわけがない。
というわけで。
「そこの兄ちゃん、一人でこんな森の中歩いてたら、危険だぜ!」
「そうそう! 俺たちみたいな善良な賊に、目え付けられたりして、な!」
滅多に人が立ち寄らない道に立つ、二人のオッチャン。顔を見合わせて、げはははは、だなんて朗らかな笑い声をあげてたり。
世間をそこそこ知ってる僕じゃあなくても、これかなりマズイどうしよう、と思う状況だ。
「うわあ! 親切に有難うございます! じゃ、そういうことで…」
一人旅な僕を心配して、わざわざ忠告してくれた…ということにして、優しいオッチャンたちに笑顔を振りまきつつ、ごく自然な感じで道を引き返そうとすれば。
「よお兄ちゃん」
「うひっ?」
「絶好の強奪日和だと思わねえか? げへへへへ!」
「え、そ、そうですね! でへっへへへ!」
当然のように、山賊風の格好をしたオッチャンが立ち塞がってるわけで。
笑顔で固まった僕の前で、爽やかな笑顔を浮かべたオッチャンは、棍棒のような何かを持って、自分の手を軽く叩く。
「なあ兄ちゃん、どこに逃げようってんだ?」
「に、逃げようだなんて、これっぽちも思ってないです! はい!」
「しっかしまあ、こんな人気がない道を、それも一人で通るなんざ…ははん、さては兄ちゃん、田舎者だろう?」
「ええ、そうです! 僕、小市民だの田舎者だの良く言われて! あは、あははは……」
「だはははっ! だろう?」
なんだろう、こんなやり取り、この間もあったような気がする。
なんにせよ、山賊っぽいオッチャンが…じゃなくて、間違いなく山賊なオッチャンたちが、僕の前にも後ろにもいるってことは、つまりそういうことで。
冷や汗だらだらの笑顔な僕を前に、舌なめずりするオッチャン三人組。
……誰か通りかかってくれれば、いいんだけどなあ! しかも偶然その人が、旅の傭兵だとかだと、とっても嬉しいんだけどなあ!
「いやあ、いい天気ですねえ!」
「ああ、いい天気だなあ!」
「そうですよねえ!」
「だよなあ! 兄ちゃんも思うだろう? 絶好の強奪日和だってな!」
「えっと……」
オッチャンたちにとっては確かにそうだろう。だけど、残念なことに、今の僕は、ほとんど金目の物持ってなかったりするわけで。
…これ言ったらマズイよなあ許してくれないだろうなあ、けど、もしかすると見逃してもらえるかも…?
というわけで。
「じゃあ兄ちゃん、そういうわけで金目のモン…」
「ちょ、ちょっと待った!」
「ああ?」
「実は! その! 僕、ツバイの町でお財布空になって! お金持ってない!」
「………はあっ?」
「ああん? あんだってえ?」
あ、やっぱり駄目そうだ。オッチャンたちの笑顔が怖い。さっきからそれとなくチラつかせてる、斧とか農作業用の鎌とか棍棒っぽい何かとか、握りなおしてるし。
…いや、まだ希望を捨てちゃいけない! なにせ、今の僕ほとんど無一文状態!
貧乏人に用はない! はず!
「兄ちゃん、俺の耳と頭がおかしくなけりゃあ、金持ってねえって聞こえたんだが?」
「そうです! その通りでっす!」
「本当かあ?」
「ホントホント! ほらっ! 中! 見てみて!」
「ああん……ん?」
若干苛立ってるオッチャンに魂込めて頷きつつ、ぽいっと皮製の袋、もといお財布を放り投げる。
それを掴んだ髭面のオッチャン、喜ぶ顔も一瞬で、見る間に顔が引きつっていく。
「おいやべえ! やべえぞ! 空だ! 何も入ってねえ!」
「おいおい、笑えねえ冗談やめ……うわっ」
「なんだ、お前まで……うおっ?」
絶望の叫びをあげたオッチャンへ、その隣にいたオッチャンと、僕の背後にいたオッチャンが寄って来て、代わる代わる、僕の財布を持っては、中身を確認して顔を引きつらせていく。
「うわあ、大ハズレかよ! 有り得ねえ…」
仕舞いには、三人のオッチャン、僕をゴミか何かのように見てくるんだけど、ソレさすがに酷くない…?
「最近の中でも、飛び切り最低のお客サマだな、オイ!」
「いいから金だ金! 隠してんじゃねえ!」
「隠してないから! ほ、ほらほら! 飛んでも音しないじゃん!」
言いながら、その場で飛び跳ねて見せれば、オッチャンたちが失望したような顔を…あコレ無理だ。
一瞬で、次の流れを察しちゃった僕の前で、三人のオッチャンは顔を見合わせてから、揃って乾いた笑みを浮かべる。
「貧相な身なりだが、ま、売れるべ」
「んだな。金ねえなら仕方ねえ」
「じゃ、腹くくってくれや」
「えっと、その、急にそんなこと言われても…」
軽い調子で、武器を持ち上げて、僕の前でちらつかせ…ってちょっとオッチャン、その武器、全然手入れしてないよね?
刃を研いでもないし、柄もガタガタで今にも刃がすっぽ抜けそうだし、そもそも錆びてるんだから、もう少し労わってあげてもいいと…じゃなくて!
「お金持ってないなら仕方ないってことでさ、このまま村に行かせてくれたり……しない?」
それと、軽蔑の視線を向けてくるぐらいなら、僕じゃなくて、もうちょっと、お金持ってそうな人狙ってクダサイ。
「あのよ、兄ちゃん」
「俺らもよお、次のお客さんを見つけねえといけないんだ」
「分かるだろう?」
色々思っていても、声には出せないし、オッチャンたちの動きは止まらない。三人揃って、ゆっくり僕へ近づいてくる。
「僕、売っても、やっすいと思うけど…」
いつも通り鉱物を買い漁ってたらお金がなくなって、いつも通り次の村を目指してる途中で、いつも通り三人組のオッチャン、もとい山賊に目をつけられてる、と。
さてさて、オッチャンたちが持ってる武器を破壊するだけなら簡単だけど、その後上手く逃げられるかってなると…ううむ。
「死ぬか? 売られるか? さっさと決めるべ」
「どっちも嫌っていうのは…」
「ねえなあ」
「あ、あははは…そ、そう、ですよね…あははは……」
「そうだな! はっはっはっは!」
前進するオッチャン。後退する僕。
どうやらオッチャンたち、もう次の『お客さん』のことを考えてるのか、容赦なく距離を詰めていく。
「ははははっ!」
「ぐへへへへへ!」
「うおっほっほっほ!」
「あ、あはははは……」
「へっへっへっ…ああん?」
僕含めて全員楽しくないだろうに、笑い声が響く森の中。
突然オッチャンたちが、一斉に動きを止めて、眉を寄せる。
「…オイ、今違う笑い声が混じってなかったか?」
「だな………誰だっ!」
「うおっほっほ! 先程から、なにやら楽しそうな声が聞こえてきとるのでな、見に来ただけよ!」
「ジジイの声、だな?」
「みたいだな…」
「オイコラ、どこいやがる! さっさと姿見せろ! こっちは暇じゃねえんだよ!」
怒鳴りながらも、武器片手に周囲を見回すオッチャンたち。
僕も探してみるけど周りは草と木と葉っぱだけで、本当に楽しそうな声の主は、どこにも…
「そうかいそうかい、どこにいても若いもんはせっかちじゃのう」
「うおえっ?」
と思ったら、なんと僕の後ろから、がさがさと、草木を掻き分ける音が!
ちょっと待っていつの間に! だなんて振り返った僕の、そしてオッチャンたちの視線の先にいたのは…