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第122話(欺)

「どうよ、壮観だろう?」

「ええと…その……」


 歓迎されたのかどうかは分からないけど、お屋敷にしか見えない別荘に入って、中見渡して。

 …色々、所々思い出したくもない縁があって、色んな人のお屋敷で過ごさせてもらった僕だけど、なんというか、かんというか。


「…こう…ええっとその…あそうだ! なんかとにかく風情があっていいね! と、特に、この辺りとか…!」

「ははっ、無理スンナ」


 言葉じゃ表現できないこの感じを、先行く男は察してくれたみたいで…というか最初から分かってただろうに、僕の頑張って考えた感想を受けて振り返ると、笑う。 


「褒める場所なんざ、どこ探してもでてこねえぞ? なにせ、手入れもロクにしてねえからな」

「あ、やっぱりそうなんだ」


 …自分から言ってくれたから、同意しても問題ないよね、うん。

 というわけで遠慮なく頷くと、一際楽しそうな声が返ってくる。


「風通しだけはいいだろう?」

「確かに…確かにそうだね」


 続けて、住人だろう男が指摘してくれた通り、風通しだけはいい…というか、全く物がないんだけど。

 外から見たら立派なお屋敷なのに、中身は空といっても差し支えないほど、何もない。


 お屋敷とくれば、高そうな壷とか、高そうな絵とか、高そうな…ええと…とにかく調度品が一つもないし、廊下にしても、絨毯とかそれっぽいものも敷かれないという徹底ぶり。

 どうやら掃除もしてないみたいで、所々埃かぶった場所もあったりして、滅多に見れない光景ではあるけど。


 正直、実は長らく人住んでなくて数日前に越してきたばかりで…とか言われても納得できるけど…住んでるんだよね?


「元々、ここはジジイの持ち物でな。そのジジイが物を持ちたがらねえヤツだったお陰で、こんな感じよ」

「へえ。変わった人なんだね」

「そ、おたくと一緒よ。だがまあ、別荘に招待するような客もいねえから、問題ないわけだ…この間までは、な」


 失敬なこと言いつつ同意した男は、最後、小声でなにやら呟いて、何かに気付いた様子で立ち止まる。


「ああそうだ、おたく、田舎モンだろう? どうせ俺のことを知らんだろうから紹介しとくか」

「い、田舎モンって…!」

「うん? 違うのか?」

「あ、いや、そう、なのかもしれないけど…」


 田舎者なのも、男について知らないのも当たってる。けど、けどさあ…


「俺はフェノ。ジェリスの生霊ってやつだな」

「生霊? ええと、僕はシアム。よろしく、フェノ」


 フェノね、フェノ。緑の長髪は目に優しそうだけど、色々捻くれてそうな性格が誰かさんを思い出すよ。

 …なんだろう、まだ何も始まってないっていうのに、胃が痛くなってきたような気がする。


「シアム、な。おたく、本当に田舎モンなんだな。サファレ君はまだしも、俺のことすら知らねえとは」

「へ? ああ、うんうんそうそう」

「即答か! 面白いヤツだ」


 半分ぐらい聞いてなかったから適当な返事だったけど、怒ってないから、いっか…

 にしても、この自信だ。自分でここまで言うぐらいだから、フェノって有名なのかな? もしかすると、お貴族様なのかもしれない。

 …どちらにしろ、僕そういうのさっぱりだから、分からないけど。


「僕、つい最近、この国に来たばかりだから君の事知らないんだけど…知ってないとおかしいのかな?」

「いんや別に。知らずとも生きてはいけるぜ? ただまあ、一時期は騒ぎになったからなあ」

「ふうん、そうなんだ」

「そうかそうか、俺のことを知らねえと…そりゃあ、残念だ……くくく…」


 所々、僕に聞こえない程度の声量でなにやら呟きつつ、口元を歪めるフェノ。

 誰かさんみたいに、人を小馬鹿にするような笑い方がクセっぽいけど、それがまた似合ってて、不穏な空気が漂ってくる。

 たださすがに、今回は話を聞くだけだから面倒ごとに巻き込まれるわけないし、でも今までの流れからして、さすがに少しぐらい警戒しといた方が……だなんて色々複雑な僕の前で、フェノの笑みが外に向けられる。


「おっと、降ってきたな」

「あ、本当だ。結構強いね」


 言われて気付けば、音も聞こえてくる。見れば、大粒の雨が、窓を叩いてたり。

 かなりの勢いで、きっと帰り道探してたら、ずぶ濡れどころの騒ぎじゃなかったかもしれない…ふう、危ない危ない。


「茶も出せねえが、ゆっくりしてけ」

「うん、そうさせてもらうよ」


 荒れた天気を確認したフェノは、軽い調子で振り返ると、右手にあった扉を無造作に開く。

 続けて、顔を顰めると、まあいいか、だなんて呟いて中へ入っていく。

 はて、何かマズいことでもあったのかなと、思いつつ、けど遠慮なく続けば、途端、目に痛い色が飛び込んできて、思わず後ずさる。


「な、なにこの部屋? お、驚いた…」

「ジジイのクセに、服だけあってな。どの部屋もこんな状態よ」

「うわあ、凄いや! ここにあるの、全部、服?」

「さてなあ。一体、何に使う予定だったのやら」

「うわあ…」


 フェノが案内してくれた部屋は、お貴族様の衣裳部屋じゃないかってぐらい、沢山の服で溢れてたり。

 そこら中に服が吊り下げられてて、それもまた男性用、女性用、子供用、誰が着るのかちょっと分からない服まで、ちらとみただけでも様々な服が並んでる。


 でもって、そんな色とりどり過ぎる服たちに囲まれるようにして、ぽつりと置かれてたのは、机と長椅子。

 部屋に机と椅子があるのは当たり前の光景なのに、違和感しか感じられないのはなんでだろ。


「悪いが使える部屋がそうないんでな、我慢して適当に座ってくれ」

「う、うん…」


 言われて、本当に適当な場所に座ると、フェノは僕と向かいように腰を下ろす。

 どうしても服に目が行く僕を笑い、フェノは口を開く。


「さっきも言ったが、茶も出せねえからな。早速で悪いが、おたくの話、聞こうか」

「うん分かった。僕も、君に教えて欲しいことあるし。それで…」

「まあ待て」

「っと…?」


 背もたれに身体を預けた尊大な態度で、身を乗り出した僕を止めると、フェノは裏がありありと感じられる笑みを浮かべてみせる。


「残念だが、俺が先だ。俺も、おたくに聞いておきたいことが二、三あるんでな」

「僕に? 君が? 何を?」

「そりゃあ、どうして俺の弟を殺したい、とかよ」

「それなんだけど…」


 聞かれることに心辺りがないと思えば、またこれだ。


「…さっきから何度も言ってるけど、僕、君の弟を殺したい………って! お、おとうとっ? 君のっ? えっ? え?」


 言いかけた言葉を飲み込み、思わず目の前にいるフェノを凝視する…僕、今流れに任せて凄まじいこと言いかけたよね?


「剣の持ち主って、君の弟だったのっ?」

「おいおい、俺と似た顔なら、兄弟かなにかだって馬鹿でも分かるだろう?」

「馬鹿は余計だよ! それよりフェノ! その剣の持ち主って、本当に君の弟なんだね?」

「ああそうよ、剣の持ち主はサファレ君。で、そのサファレ君は俺の弟。つまり、俺の弟は剣の持ち主。分かったかね、馬鹿ではないシアム君?」

「十分分かったよ! 分かり易い説明有難う!」

「いやいやどういたしまして」


 僕、馬鹿じゃないけど、フェノに言われるまで全然そのことを考えつかなかった。馬鹿じゃないけど、気付かなかったよ。

 そりゃあ似た顔をしてるなら、当然、血縁か何か、兄弟か何かだと思わないほうがおかしい……うん! 僕も今、そう思ったから大丈夫!


「そっかあ、弟だったんだね」


 ただ、衝撃の事実を聞かされても、剣の持ち主は緑緑しいってことと、剣呑な雰囲気醸し出してた気がするっていう程度の記憶しかないけど。

 とりあえず頷いて、分かったフリしとこうそうしよう。


「そういうことよ。似てるだろう?」

「ごめん、そこまで覚えてないや」

「少しは誤魔化せばいいってモンだろうに。馬鹿正直なヤツなこった」

「嘘つく必要ないからね……て、あれ? そうなると、君たち…」


 紳士っぽい狐な魔物、というかデボアって呼ばれてた魔物は、その弟を墓穴に落とすだとか、物騒なコト言ってたような?

 なのに、事情を話してもいいのかな…なんか、ロクな目に遭わないような気がしてきたぞ。

 さてさてどうしよう悩む悩む、と唸る僕を前にして、フェノは楽しそうに促してくる。


「安心しろ、俺はアイツを地獄へ叩き込む側だ。正直に、心赴くままに、サファレ君を殺そうと思った理由を述べたまえ」

「だからさ、僕、殺すだとか考えてないから。ただ、ちょっと…ちょっとさ…」


 どう説明すれば良いのか迷ってると、何を勘違いしたのか、フェノは、したり顔で頷きつつ手を上げて、僕の言葉を遮ってくる。


「そうかそうか。仕方ない、言い辛いってなら、俺が当ててやろう」

「…本当に?」

「ああ。そうだな……親類がアイツに殺されたか?」

「へっ?」

「それとも、恋人でも取られたか? いや、おたくなら職を追われたっていうのもアリだなあ?」

「ちょ、ちょっと待って! なんでそうなるのさ!」


 さあどれだ、だなんて聞かれても、まるで見当違いな選択肢を用意してくれたフェノを前に、答えられるわけもない。


 だって全部違うし。


 という僕の顔から不正解だと分かったようで、フェノは大笑いしながら僕を見てくる。

 ただ、その笑い方、負の方向の、人を嘲笑うような感じなんだけど。誰かさんみたいに、人を馬鹿にした感じなんだけど。


「遠慮せず言えって。ただまあ、サファレ君に家族殺されたとしても、どいつもこいつも口開かねえからなあ?」

「……それ、本当の話?」

「ああそうさ。サファレ君に正面から楯突いたヤツらは、誰もが沈黙っつう選択肢を選ぶワケよ。さてはて、一体何が起きてるのやら」

「なんか怖いんだけどさ…」


 軽い調子で言う内容じゃないと思うんだけど、ソレ。


「そうだな、怖い怖い」

「…フェノのことだからね、怖いっていうの」


 兎に角、今聞いた話からすると、どうもフェノの弟は結構酷いことをして、更に口封じのために何かしてるっぽい、と。

 確かに、見た目…はよく覚えてないけど、怖そうな雰囲気が漂ってたような気がしないでもない…ということは?


「遠慮しないから言うけど、僕、別に誰も殺されてないし、職も追われては……ないからね?」

「若干詰まったようだが、まあ、そういうことにしておくか。となれば、おたくがサファレ君を狙う理由はなんだ?」

「それは…」

「それは?」


 僕がサファレって人と会いたい理由は一つ。

 その腰に吊り下げられていた、金色の剣。雷の精霊石を使った剣。


 僕の、大事な大事な、大事な息子!


「君の弟が持ってた金色の剣を、返して欲しいだけだよ」

「…は? なんだって?」

「だから、剣だよ剣! 殺すとかそういう物騒な話じゃなくて、僕はただ、君の弟が持ってる剣について聞きたいんだって」

「剣? 剣だと?」

「そうだよ、剣! 剣だよ!」


 いい加減面倒になって、勢いのまま正直に伝えれば、フェノは、今までの不敵さを捨てた、呆気に取られた表情を浮かべたり。


「君にとってはどうでもいい話かもしれないけど、僕にとっては大事で、だから君の弟と会いたいって言ってたわけ」

「おいおい、用件があの剣だと……」

「あのさフェノ、僕の話聞いてる?」

「ああ聞いてるぜ。ああ、聞いてる」

「………聞いてないよね」


 そんな変なこと言ったつもりはないのに、なんか上の空だし。

 なんでか、突然一人の世界に入ってたフェノを前に、僕は待つしかない。


「そうか……なるほどねえ…」


 ようやく戻ってきて浮かべた笑みは、今まで以上に深くて邪悪で…あこれもう嫌な予感しかしない。


「剣か! そりゃあ面白い! 面白いこった!」

「僕、面白くないんだけど…」


 ともあれ、ようやく僕が誰かを殺しに来たわけじゃないって理解してくれたようだし、どんな感想持ってくれても構わないけど。

 とっても邪悪な笑みが、ちょっと邪悪な笑みに落ち着いたフェノは、不貞腐れる僕を前に、軽い謝罪をしてくる。


「悪い悪い。だがシアム君、ありゃあ元々ジジイの持ち物で、将来的には俺の物になる予定の剣だ。残念だが、その話はいただけねえなあ」

「君の物に? なんでさ?」

「そりゃもう、色々あるからよ。まあ、事情を知らんおたくには理解できないわな」


 僕の事情を聞いたフェノは、なんだか楽しそうな様子だけど、剣を返してはくれないらしい。

 まあ、サファレって人が僕の大事な息子を手放してくれるなら、話が出来なくても別に構わないけど…けど……


「君が使いこなしてくれるようには、見えないんだけどなあ」

「初対面の俺に対して、なかなか失敬なこと言ってくれるじゃあねえか、シアム君」


 それ聞いた瞬間、失敬なこと言ってるのはどっちなのさ、という疑問が口から出掛かったけど、それは置いといて。


「だって君、剣あまり持ったことないじゃん」

「言ってくれるねえ。しかも自信あるようだが、おたく、一体何者よ」

「僕? 僕、ただの鍛冶だよ」

「鍛冶? 鍛冶ねえ…」


 指摘すると、軽く笑い飛ばすわ、僕が鍛冶だって言うと、疑ってますって感じの顔してくるわ、性格の悪さが滲み出てるフェノ。

 でもって、剣を使えるのか使えないのか、答えてくれないし。


「ところでフェノさ、聞きたいことあるんだけど…いい?」

「どうぞ、シアム君」


 どうせ答えてくれないんだろうさ、と諦めて話を変えれば、尊大な態度で促される。


「有難うフェノ。で、剣の話だけど、元々ジジイの持ち物って君、言ったよね」

「ああ、言ったな」

「そこまで知ってるってことはさ、そのジジイと君って、知り合いだったりするの?」


 僕にとっては結構重要な質問だけど、フェノは軽く頷いて皮肉めいた笑みを浮かべる。


「ジジイとはそれなりに親しい間柄よ。俺がこんな状況になった一因でもあるな」

「なるほどなるほど」

「それだけか? 他に聞きたいことはないのかね?」

「剣自体は、君の弟が、そのジジイから奪ったわけじゃあ、ないんだね?」

「残念ながら違うぞシアム君。穏便に譲渡された、ってところかねえ」

「ふうん…」


 ふんふん、剣は元々の所有者であるジジイから、穏便な手段で、フェノの弟に譲られた、と。

 頷きつつ、ちょっと前のことを思い出して問いかける。


「君が言うジジイってさ、タソガレさんのことで合ってる?」

「ぶっ? な、なんでおたくが、その名前知ってんのよ」


 なぜか慌てるフェノだけど、僕としては、その答えが聞ければ十分。


「あ、良かった! フェノってタソガレさんと知り合いだったんだ! じゃあ殺して奪った、とかじゃないね!」

「そりゃ見当違いだ。第一、どうしてサファレ君があのジジイを殺す、っつう発想になるのかねえ」

「ごめん、ただの確認だから気にしないで。そもそもタソガレさんって正攻法じゃ殺せなさそうだし、聞く必要もなかったや」


 良かった良かった。タソガレさんとフェノの弟、知り合い同士で、剣のやりとりがあったみたいだ。

 満足な僕とは対照的に、フェノは顔しかめてるんだけど、何かあったのかな?


「…ジジイがサファレ君より強いっつうのは事実だが、おたく、中々ぶっ飛んだ思考してるねえ」

「普通だと思うよ。あ、じゃあ僕の事情、話しても大丈夫だね!」

「シアム君の事情、なあ」


 でもって、フェノはあのお爺さんのことを中々良く知ってる、と。

 とくれば、フェノを信用しても大丈夫。ここは思い切って打ち明けて見よう。


「実はあの剣さ、僕がタソガレさんのために作った物なんだ。だから、相応しくないって言ってる人に、息子を、あの剣を所持して欲しくなくてさ」

「なんだと? あの剣を、おたくが作っただと?」

「うんそう! 大分、ちょっと前の話でさ…」

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