第121話(欺)
「着いたんだ…着いたの?」
「そうだ」
「おおっ……おお?」
どんな移動方法をとったのか知らないけど、数秒で目的地につくなんて!
だなんて一瞬感動したけど、周りにあるのは木とか木とか木で。
僕がさっきまでいた、公園のような場所とは、見た目には何も変わってないような気がしたり。
ということは、つまり…
「ここ、そんなに離れた場所じゃない?」
「そうだな。ちなみに、この建物は先代の別荘というもののようだ」
「別荘! そんな物持ってるだなんて、やっぱりお貴族様なのかな?」
ここに連れてきてくれた、狐っぽい紳士な魔物が尻尾で示したのは、大きな木造の建物。
遠くから見た限りじゃあ、門とか無いけど、それなりに年月が経ってるみたいで、小市民お断りな雰囲気が醸し出されてたり。
それにしても、別荘のはずなのに、ナントカ国の城下町にあった建物よりは大きく見える…やっぱり魔物っぽい狐の主って人、お貴族様じゃあ?
……なんだろう、ますます、フリギアに似た空気を感じる。
「生憎、私はヒトの身分には詳しくないので、主がキゾクという存在であるかは、肯定しかねる」
「あ、そうだよね。それはとにかく、道案内? してくれて有難う」
「うむ」
お礼言って、今の今まで跨ってた紳士っぽい魔物から下りる…と、足元がふらつく。
どうやら、無意識の内にやたら緊張してたみたいで、足が上手く動かない。耳とか目とかやられた影響もあるかもしれない。
「あとととと……」
「平気か、青年よ」
「大丈夫、ちょっと目眩がしただけで…」
心配してくれる紳士な魔物に返して、体勢を立て直しかけて。
「誰かと思えばデボアか」
「うわ誰っ? へぶあっ?」
突然乱入した第三者の声に驚いて、何もないところで躓いてすっころぶ。
勢い良く顔面から地面に突っ込んだけど、色とりどりの落ち葉が緩衝材になってくれたお陰で、怪我はない…怪我は無いけど!
「痛い!」
「ふうん……中々面白いモン持ち帰って来たみたいだなあ?」
「お、おどろい…あ、ちょっと待って!」
身体、というか顔を落ち葉の山から引き抜いて立ち上がれば、魔物っぽい狐が別荘に向かってるところで。
慌てて追いかけて、途中で気付いて立ち止まる…近くで見ると手作り感溢れる別荘の前にある、ちょっとした階段。そこに、誰かが座ってる。
もしかして、この別荘の持ち主? なんて思えば、腰を下ろしてた男が、挨拶なのか、狐っぽい魔物に軽く手をあげてたり。それに頷く紳士っぽい魔物。
ということは……ということ?
「フェノ、青年を連れてきたぞ」
「青年? ああ、お前たちが話してた人間のことか。これがそうか」
親しげにデボアって呼ばれた、魔物っぽい狐。その二つの尻尾が、ひょいと僕を指し示す。
その反応に、別荘の玄関口に腰を下ろしていた男は、僕を見回して、青い目を楽しげに細める。
僕ですらお金掛かってるんだろうなあと予想つく服を着てて、薄い緑の長髪を一つに束ねていて、軽薄そうな雰囲気を醸し出して………ってあれ?
おかしい。この人、どっかで見たような気が?
「ど、どうも…こんにちわ」
「ふうん…おたくがサファレの阿呆の、名前も知らずに殺そうとしてた人間?」
「へっ?」
でもって、挨拶もなしに、一言目にそんなこと言い放ってくる男。
「サファ…? 阿呆? 誰の話?」
「誰って、サファレの阿呆の話よ」
「ええと…」
当然のように、知らない人っぽい名前を繰り返されても、心当りあるわけない。
そもそも、この男の名前とか素性とか、僕もそうだけど、向こうもお互い何も知らないっていうのに、そんなこと聞かれても…
でもって、殺そうだなんて、なんて物騒な。ナントカ国来てから、僕そんなこと考えてないから…多分。
というわけで、一方的に話されても理解できない僕を見て、その男は口角を持ち上げる。
「おたく、本当にサファレの名前知らねえんだな」
「だから、それ誰…」
「俺と同じ顔したヤツだよ」
「同じ……あ? あああああああっ!」
思い出した! 息子の所有者! 緑!
「あの時すれ違った緑だ! 緑! そっか緑ってこれだったのか!」
「思い出してくれて結構。だが、緑、緑、とは酷い言われようだな、ははっ」
道理で見覚えがあると思った! すんごいすっきりした!
見た目が軽そうで、髪が長いからちょっと分かりづらいけど、顔の造作がほとんど同じ、のような気がする!
これで、真面目な顔したら…そうそう、そんな感じだ! 多分!
驚きと興奮と感動のあまり、固まる僕。
他方、男は納得した様子で楽しそうに頷いて、目の前で身体を震わせていた魔物っぽい…デボアに向けて手を持ち上げる。
「どうやら、おたくが見た男はサファレで間違いないらしいな。デボア、助かった」
「礼には及ばない」
「うわっ!」
言うと同時、辺りに雷鳴が轟く。突然の轟音に目を閉じ、肩をすくめ…
「ったく、相変わらず冷たいこった」
「あ、あれ……魔物っぽい紳士な魔物……?」
音に驚いて目を瞑ってた一瞬の間で、狐っぽい紳士な魔物がいなくなってる。
近くにいるのかと、見回してみても、影も形もない。
「どういうこと?」
雷鳴に驚いた僕とは対照的に、未だに階段に腰を下ろしたままの、泰然としている男。
何か知っているのかと、訊ねてみれば、笑みが深くなる。
「デボアと、もう一体、アスピドってのがいるんだけどよ、あいつら、雷鳴と共に移動する魔物さ」
「雷鳴と一緒に? 移動?」
「色々疎そうな顔したおたくでも、聞いたことあるだろ? 最近、国で天候に関係なく雷鳴が聞こえてくるって噂」
「うん」
同意求められた気がするから、頷いておく。ついでに貶されたような気がするけど、それは気にしない。
確かに、何回か天気良いのに雷鳴が聞こえてきたことはあったけど…
「あ、あれって、もしかし…なくても、君たちのせいなの?」
「俺のせいじゃねえっての。あいつらの長距離移動の方法がソレなせい」
「へえ! じゃあ、あの紳士な魔物は雷操れたりするの?」
「そうらしいぜ?」
つまり、音がするたび彼らが移動してたってことか、うんうん。
ちょっとした疑問が解決してすっきりした僕。男は空を見上げて立ち上がると、背後にあった別荘入口の扉を開く。
「おっと、降りそうだな。おたく、なんか事情があるんだろ? 話は中で聞いてやるさ」
「へっ? いいの?」
意外な言葉に思わず聞き返せば、ものすんごい見覚えのある笑顔が…
「ああ。帰り道分かるってんなら、帰ってくれてもいいが…どうするよ?」
「……かえりみち…」
別に帰りたいわけじゃないけど、言われて、ぐるりと身体を回せば、木、木、木………
人が悪い笑みを浮かべた男に、勢い良く頭を下げる。
「スイマセンオネガイシマス」
「よしこい。歓迎するぞ」
この人、どこの誰なのかは結局分からないままだけど、息子の所有者のことを知っているなら、話は聞いておきたい。
……決して、帰り道分からないから、じゃあない。
「おじゃまします…」
というわけで、お屋敷っぽい別荘へ足を踏み入れた僕なのであったとさ。