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第120話(欺)

「黄色の、大きな、狐っぽい……魔物?」

「その通り。私は人が言うところの『魔物』であるな」


 狐かどうかは知らないが、だなんて余裕のお答えが、ソレから返ってくる。

 鋭い牙が覗く口から、さっきまで会話してた渋い男の声が聞こえてくるのは、気のせいじゃない。


「魔物が喋ってる、んだよね?」

「そうだが、魔物の私が人間の言葉を解してはならないのかね?」

「う、ううん! そんなこと全然思ってないから! ちょっと驚いただけだし!」

「ふむ。ならば、話を続けても構わないかね」

「も、もちろん! どうぞどうぞ!」


 慌てて何度も頷くけど、実際の所、ちょっとじゃなく驚いてる。とてつもなく驚いてる。

 なにせ、ただの空耳だと思ってたのが、そうじゃなくて、しかも、相手が人じゃあないって…普通は想像もしないし。


「君が魔物だったのは意外だったけど、本当に、剣の所有者の仲間とか、手下とかじゃあ、ないんだよね?」

「ああ。むしろ逆の立場だと思っているが」

「逆って…敵?」

「その可能性もあるだろう」

「あるだろう?」

「どう受け取るかは、青年の心次第だ」

「難しいこと言うなあ…」


 僕の問いかけに、楽しそうにその…魔物っぽい紳士な存在は答えて、瞳孔が見えづらい茶色の目を向けてくる。

 取り合えず、自己申告もあることだし、目の前にいる、喋る大きな狐っぽい何かは魔物としよう、うん。


 でも、魔物って普通、人間見たら見境なく襲ってくるし、そもそも喋ったりしないと…思うんだけど。

 でもでも、見た目にはただの大きな狐っぽいし、毛並みもしっかりしてて、いきなり襲い掛かることもなかったから、害はなさそうで。


「できるなら、その…剣の持ち主に用があるから、話したいんだけど、駄目かな?」

「話し合い…私には、殺したいほどの用事があるように見えたが」

「こ、殺すだなんて物騒な! 僕、ちょっと聞きたいことがあるだけで」

「ふむ。それが事実ならば青年よ、協力できるかもしれないな」

「えっ? 本当に?」


 意外な返答に、思わず身を乗り出して魔物に近づけば、そう難しいことではない、となんだか頼もしいお言葉が返ってくる。

 ふうむ…息子の持ち主が、どこの誰なのかも分からない僕にとっては、とっても有難い申し出だけど…初対面の魔物っぽい狐にそんなこと言われても、信用できるような、できないような。


 嘘ついてないなら嬉しいけど、でもやっぱりなあ、でもでもなあ…という僕の悩みに気づいたようで、紳士っぽい魔物は首を傾ける。


「こうして姿を見せたというのに、未だ疑っているのか。困ったものだ」

「ううむ…」

「しかし、それもまあ理解できなくはない。つまり私が魔物であるから信用ならない、ということであろう」

「それは……まあ、実はそうなんだけどさ…って」


 言ってから、失礼すぎじゃないか、だなんて気付くも遅い。

 一瞬、ひやっとしたけど、魔物は特に気にした様子もなく、したり顔…で頷く。


「正直で結構。魔物の私が信用できないというならば…」

「できないなら?」

「我が主に会えばよかろう」

「ある…あるじ…? 君、誰かの手下だったのっ?」


 主って平然と言うけど…魔物の主って、それ、一体何者?


「手下、か。私はそう考えてはいないが、主はそう確信しているだろう」

「…話が急すぎて、理解が追いつかないというかなんというか」


 主とか言うから、主従関係あるのかと思えば、ないような感じで。むしろ、あったら嫌だっぽい雰囲気なんだけども。

 でもまあ、まずは、こんがらがってきた頭をすっきりさせたい。

 というわけで。


「君は、精霊石の剣の持ち主に僕が無断で接触するのが、嫌なんだよね?」

「ああ」

「でも、君に、君たちに協力してもらって接触するのは、構わない?」

「その通りで間違いない」


 んで、僕はこの、魔物っぽい魔物の言うことがちょっと信じられない。

 だから、魔物は主に会って話をすればいい…って言ってるんだよね? 大体、こんな感じで合ってる、よね?


「ちなみにさ、君が言う主って、魔物?」

「いや、青年と同じ人間だ」

「に、人間っ? 君の主って、人間のなのっ?」

「その通り。驚いたかね」


 驚いた。魔物が、人間を主だとか言うだなんて。従って…はないようだけど、認めてはいるってこと? へえ! そういうのあるんだ!

 興味を示す僕へ、長い尾っぽを揺らしながら、魔物は主についてざっくり説明してくれる。


「それなりの身分ではあるらしいが、その位に対して多少、いや、大分性格と根性が捻くれた、だが人間の範疇に入る男ではある」

「うん……? うん?」

「加えて、魔物使いが荒い男で、困るものだ」

「人使い、じゃなくて、魔物使い、ね、なるほどなるほど」


 分かるような、分からないような説明有難う。

 ふうむ…それなりの身分ってことは、それなりの身分なわけで、性格と根性が捻くれてるってことは、僕を備品か何かみたいに扱う、フリギアみたいな感じってこと?

 ああ、分かる、分かるよ、そりゃあ、きっと苦労してるんだろうなあ……僕がこれだけ色々酷い目にあってるぐらいだし。


 あ、なんか紳士っぽい魔物に親近感を覚えてきた。そうだ、この狐っぽい魔物は嘘を言ってない。うん、間違いない。


「とりあえず人間の形はしてる、んだよね?」

「そうだな、人間ではある」


 よしよし。


「青年よ、君が悩むのは理解できなくもない。が、先にも言ったが、アレに予定外の行動を起こされては、我らの計画に支障が出るのだ」

「うん」

「私は、青年に害をなさないと約束しよう。だから、まずは主に会ってくれまいか」

「……うん、分かった! それじゃあ、まずは君の主様に会わせてもらってもいい?」

「よろしい。こちらとしても、助かる」


 色々と悩んだけど、魔物が害をなさないと『約束』するのなら、大丈夫。でもって、フリギアっぽい主が誰なのか、知りたくなってきたり。

 そう考えて頷けば、魔物は人間っぽく首肯してから、顎で自分の背を示して……ん?


「では青年よ、私の背に乗りたまえ」

「の、乗るの?」


 魔物っぽい狐の…背中に? 僕が?


「そうだ。主の元まで案内しよう」

「案内? 君に乗って移動するの?」

「乗り心地を心配しているのか? それは保障しよう」

「え、あ、確かに乗り心地良さそうだけど、そうじゃなくて。一緒に歩いて行けばいいんじゃないかって」


 ふさふさな狐っぽい魔物の背中は、多分気持ちいいんだろうなあって分かる。なにせ、今も湿った風にあおられて、つやつや、ふっさふさしてるし。

 けど、渋りたくなるのは…つい先日の、お披露目会での空中飛行を、ふと連想したからで。


「少し距離があるものでな。私が移動した方が早い」

「そ、そう…」


 ドラゴンに首根っこ引っつかまれて、命綱とかない状態で、凄まじい速度で空を飛んだ、というか振り回された、あの思い出。

 目の前の魔物はドラゴンじゃないから、そういうことは起きないだろうけど、またあの時みたいに酷い目に合わないとも……


「どうしたのだ?」

「ご、ごめん! 大丈夫大丈夫! 平気平気! 今乗るから!」

「そうか。青年よ、遠慮することはない。人間の二、三人支えるぐらい、なんてことはない」

「よ、よし! じゃあ、おじゃま…しまっす」


 害意とか敵意ないっぽいから、あんなことにはならない、ハズ。

 だから大丈夫、だから平気……と、自分自身に言い聞かせ、どっこいしょ、と、ふかふかした毛の上に跨って…


「お、おおっ! こ、これは…っ」

「乗り心地の方はどうだね?」

「凄くいい! 思ったより柔らかい! しかもなんか暖かい!」


 なんてことだ! 思わず感嘆の声あげるほど、気持ちがいい!

 意外と安定してて、それでいて予想通りふかふかしていて、とにかく気持ち良い! 前、どっかで座った高級な椅子っぽい! いや、それ以上かも!


「喜んでもらえて何より。行くとしよう」

「うん! よろしくね!」

「では青年よ、まずは耳と目を閉じたまえ」

「うん! 目と耳を閉じればいいんだね! って、え?」


 勢いに任せて返事しちゃったけど、目はまだしも、耳はどうやって閉じればいいのさ?

 落っこちないように、僕、今、両手で魔物っぽい狐の背に抱きついてるのに? どうやって?


「では、いくぞ。しっかりと掴まっていたまえ」

「ちょ、ちょっとまって! 耳と目を閉じてその上君に掴まれってそれ人間にはちょっと不可能というかまだ心の準備がわわわわわわわっ!」


 僕の返事を思い切り間違った方向に受け取った、魔物っぽい魔物は、突然身体を低くして公園っぽい広場を駆け出す…って、目を閉じて、耳を閉じて、それでいて振り落とされないように両手で魔物の身体に抱きついてってどう考えなくても無理だから!

 一度止まろうそうしてクダサイとお願いしようとした瞬間、突然視界が白に染まり、轟音以上の音が鳴り響いて一切の音が遮断される。


「わわわわわわ!」


 そして急激に身体が引っ張られる感覚……な、なにっ? 僕の身に一体何が起きてるのさっ?


「…思い出したが、人間は耳を閉じることが出来ない生き物だったか」


 数秒? 数十秒? して、音が戻ってくる。視界は、どっからか放たれた白い光にやられて、ちかちかして仕方ない。


「腕も二本しかない、不便な存在であることを失念していた」

「そ、そんなこと今更いわれても…うう、眩暈が…」

「すまないな。だが、無事着いたぞ、青年よ」


 うっかり紳士っぽい魔物の、少しばかり申し訳なさそうな謝罪と前後して、視界が戻ってくる。

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